67:旧クァントレル領
現在は王家の管理下に置かれている旧クァントレル領は、その壊れたままの旧領門を一目見れば、この地がかつての戦争で戦場の一つだったことがよくわかる。
壊れた旧領門はすでに使われておらず、近年作り直された新領門をこの地の人々は使っているらしい。
新領門には材木や煉瓦などを運ぶ荷馬車の列がひっきりなしに通り、街の中にはたくさんの建設途中の建物が並んでいた。
「かつてこの地は、工房の街として栄えていました」
ギルは新領門に駐在する衛兵に、街への滞在許可を取りつけた。そのついでに捕らえた山賊たちのことを報告した。
そして移動し始めた馬車の窓から街中の様子を眺め、旧クァントレル領の歴史を話し始めた。
「剣や鎧などの武具工房から、装飾品や銀食器など貴族向けの商品を扱う工房、有名な魔道具の工房まで。多くの職人たちが旧クァントレル領に住まい、お互いの腕を競って暮らしていたそうです」
「それだけたくさんの職人が居たってことは、つまりこの街は、戦時中は王国軍の武器供給の要になっていたってことだね、ギル」
「ええ、そうです。そういうわけでトルスマン皇国の軍に早々に目をつけられ、この街は陥落しました。その際にこの領地を治めていたクァントレル男爵家が殺害され、いまもこの領地を治める者は居ません。ガイルズ国王陛下の指揮で復旧活動に力を入れていますが、街が陥落するまでの防衛戦で多くの領民が戦死したので、人手不足が長く続いています」
「そっか……」
じつに胸が痛い話だ。
ギルの話を聞いてから街をよく見渡せば、真新しい建物のほかは瓦礫の山が多い。魔術兵団にやられたらしい破壊の跡が、十六年経ったいまでもまだハッキリと残っていた。まだ先は長そうだ。
「ですが、陥落した旧クァントレル領を、王国軍が終戦の三か月ほど前に奪還したんですよ」
「そうなんだ! 奪われっぱなしじゃ、旧クァントレル領の人たちが浮かばれないもんね」
「そのとき軍を率いていたのが、貴女の父オズウェル閣下です」
「そうなんだ!? お父様、すごいね!?」
「ええ。旧クァントレル領の英雄です」
衝撃の事実である。
お父様の口から少将時代の話をあんまり聞いたことがなかったので、本当にびっくりした。
奪還したとはいえ領主一家が殺害された後では、お父様もあまり家族に話したくなかったのかもしれないなぁ……。
▽
行方不明者が出ている『霧の森』の探索にあたる前に、この地の役人たちに挨拶をするため、私とギルは新庁舎に向かった。
数少ない生き残りである旧クァントレル領の役人や、王都から派遣されている役人たちが働いている新庁舎は、街の中心部にあった。
かつて庁舎として使われていたクァントレル男爵家の屋敷は、きっと使える状態ではないのだろう。
たとえ使える状態だったとしても、悲劇が色濃く残る建物を使い続けることは、この地の領民の人心を考えると難しいと思うが。
新庁舎は華美な建物ではないが、真新しい木材や新品の煉瓦のお陰でスッキリと美しく見えた。
「いやはや、よくぞ旧クァントレル領までおいでくださいました、ロストロイ魔術師団長様。そして、チルトン少将のご息女様……!」
「王都より参りました、ギル・ロストロイです。出迎えありがとうございます」
「妻のオーレリア・バーベナ・ロストロイです。しばらくの間、お世話になります」
新庁舎で出迎えてくれた役人は、旧クァントレル領民なのだろう。私のお父様譲りの顔立ちと、オリーブグリーンの髪、アッシュグレーの瞳を見て、大興奮し始めた。
あまりの興奮にお父様のことを少将と呼んでしまっているが、すでに退役しているのでチルトン侯爵ですよ。
野暮なので口にはしないが。
新庁舎の玄関ホールをよく見ると、ガイルズ国王陛下や旧クァントレル男爵の念写といっしょに、お父様の若かりし頃の念写も並んでいた。
え? 若い頃のお父様、すっごく美形だね? 私が男だったら、こんな感じの美形だったのかもしれない。
「では、こちらの応接間へどうぞ!」
にこにこ笑顔の役人に案内され、私はお父様の念写から視線をはがし、ギルと共に玄関ホールから移動した。
応接間には、一人の中年男性が待機していた。
役人と言う雰囲気ではなく、ラフなシャツや作業ズボンを穿いていて、手には分厚い革のグローブを付けている。どうやら職人のようだ。
中年男性は私たちに会釈する。
「この方は、現在『霧の森』で行方不明になっている子供たちの育ての親なんです」
役人の紹介に、男性は「ジョシュアと申します」と低い声で自己紹介した。
今回『霧の森』で最初に行方不明になったのが、領民二人だったはず。
行方不明になっていたのは子供ふたりだったのか、と私は自分の頭の中の情報を書き換えた。
私たち四人は向かい合うようにソファーに腰掛けると、ギルがすぐさま本題に入る。
「子供二人と、わが魔術師団の団員二人が消えた『霧の森』について、詳しい情報を教えて頂きたい」
「はい。『霧の森』に関して、領民たちも気味悪がっておりましてね。我々の知っていることなら、なんでもお答えしましょう」
役人はそう言うと、『霧の森』について語り始めた。
「もともとあそこらは、昔からあまり人の近寄らない森でした。木々が鬱蒼と茂っていて、一ツ目羆なんかのモンスターが根城にしているんで、狩りや食材の採取をするには割が合わないんです。だから本当に森を理解している人間しか入りませんでした」
「いくら子供とは言え、そんな危険な森に自ら入るものなのでしょうか? 普段から森の危険性について、家庭で話しているものではないのですか?」
ギルはそう言って、ジョシュアさんに視線を向けた。
たしかにそういった危険な森なら、普段から大人たちから森に入るなと忠告されているだろう。
それでも子供たちの好奇心が勝ってしまったのだろうか?
私が首を傾げていると、ジョシュアさんはうつむきがちに話し始めた。
「……確かにこの地の人間にとって、あの森は脅威です。ですがオレのような魔道具師にとっては、憧れの場所でもありました」
「あ、こちらのジョシュアさんは魔道具工房を営んでいらっしゃるんです。行方不明になった子供たちは元々は孤児で、お弟子さんとして養子にとった子たちでして」
役人がジョシュアさんの事情を補足した。
魔力持ちの人間というのは、血縁関係で生まれてくるものではない。両親がどちらも魔力持ちだとしても、子供は一人も魔力を持たないことなどザラだ。神様からのギフトとしか言いようのない存在である。
だから魔術師や魔道具師がおのれの後継者を望んだ時、よそから魔力持ちの子供を養子にもらうしか方法はない。
「ジョシュアさんやお子さんたちが魔道具師なのは分かりましたけど、それと『霧の森』が魔道具師にとって憧れと言うのは、どういうことなんですか?」
関連性が見えてこないので、私は尋ねた。
「……この旧クァントレル領には、二十年ごとに領地でいちばん優秀な魔道具師を決める行事がありました」
ジョシュアさんが話し続ける。
「魔道具師たちがおのれの腕を競い合い、いちばん優秀な魔道具師に選ばれると、クァントレル男爵様から直々に『銀の鎖』の制作を依頼されたそうです」
「『銀の鎖』とは一体?」
ギルが銀縁眼鏡の位置を直しながら、ジョシュアさんに質問する。
「なにか特殊な魔道具の名前だと思うのですが……。オレは一度もその行事で優勝したことがなかったので、分かりません。すでにクァントレル男爵様も亡くなっちまったし、前回選ばれた魔道具師も、先の戦争に出兵して帰らぬ人となりました……」
「そうですか……。わかりました。ジョシュアさん、話を続けてください」
「はい。……『銀の鎖』を制作した後は、クァントレル男爵様と共にあの森に入り、祭事を行ったと聞いてます」
「祭事には、男爵と魔道具師の二人だけですか? ほかに立会人は?」
「いえ、二人だけだと聞いています。とても神聖な祭事だから、ほかの人間は立ち会えないと」
「つまりクァントレル男爵家が断絶した今、その祭事を継承する者は居ないのですね」
「はい。いちばん優秀な魔道具師を決める行事も、戦争のせいで消滅してしまいました」
ジョシュアさんの説明を横で聞いていた役人も、「そもそもあの森に入りたがる領民など、魔道具師しかおりませんし」と言った。
「オレはずっと、この領地いちばんの魔道具師になりたかった。だからリーナとウィルに……。あ、いまのは弟子の名前です。リーナとウィルに話して聞かせていたんです。あの森は魔道具師にとって憧れの場所だと」
「それで子供たちは危険と分かっていて、『霧の森』に入ったのだと? 失礼ですが、森に入っただけで領地いちばんの魔道具師になれるわけではないですよね?」
ギルの詰問に、ジョシュアさんは慌てて首を横に振った。
「いえ、違うんです。あの子たちはそんな浅はかな考えで森に入ったわけじゃないんです。そもそも森が急に濃霧に覆われるようになったから、自分たち魔道具師の憧れの地に異変が起きたと思って、調べようとしたんじゃないかと思うんです……」
「え? つまり今まではふつうの森で、最近になって『霧の森』と呼ばれるほど霧が出てきたってこと?」
「あ、はい、そうです、奥様」
普段は領民たちも恐れるような危険な森。
だけど魔道具師たちにとっては、いちばん優秀な魔道具師だけがクァントレル男爵と共になぞの祭事が行える、憧れの森。
その森が、なぜか最近になって霧掛かり、行方不明者を多発させている……。
うーむ。この情報だけじゃ、森にどんな異常が起きているのか、まったく分かんないな!
ギルは考え込むように顎に手を当て、ジョシュアさんに尋ねた。
「ちなみに、二十年ごとに行われるはずだった祭事は、戦争がなければ次はいつ開催される予定だったんですか?」
「今年です」
ジョシュアさんはそう寂しそうに答えた。




