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【コミック3巻6/14発売】前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第3章

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62:クリュスタルムの返還21



 その後、私は魔力暴走の後遺症がないか調べるために医務室へと運ばれた。なぜかお姫様抱っこで。


「いや、ギル、私、別に重症じゃないよ? ちゃんと歩けるから」

「僕が不安で仕方がないので、諦めて運ばれていてください」

「でも、ギルは私より貧弱だし……」

「一体いくつの頃の話ですか。僕はもう、オーレリア一人くらいなら十分は頑張って持ち上げられます」

「あと八分しかないぞ、ギル!?」

「近道を通ります!」


 ギルをお姫様抱っこしてあげたことは前世現世合わせて多々あったが、逆は初めてでハラハラする。

 だけど私の背中と膝裏に回されたギルの腕は、しっかりと筋肉のついた男性の腕だった。

 少年の頃のギルなんて、栄養不足でガリガリに細かったのになぁ。ちゃんと頼もしいじゃないか。

 十分しかもたないみたいなことを言っていたギルだけど、医務室までふらつくこともなく私を運んだ。


 ギルは私をとても心配し、診察も最後まで付き添おうとしてくれた。

 まぁ、ボロボロになったドレスから検診衣へ着替える時はササッと離れて行ったけれど。それでも逃走しなくなっただけマシかな。


 爆破によるちょっとした火傷以外は目立つ損傷なし、という判断を王宮医師から受け、火傷を冷やして塗り薬を塗ってもらい、疲労回復用に蜂蜜を入れたホットワインを貰った。


 ホットワインが熱いのでゆっくりと飲んでいると、ギルが「オーレリア」と私の名前を呼ぶ。


「世界最強の爆破魔術師になってしまいましたね……」

「そうだねー。でも使い道ないよね? 今の私が爆破魔術を一発放てば、リドギア王国が焦土だもん。この腕輪が外れるまでは魔術は使えないなぁ」


 実に厄介なことになってしまった。

 これでは今までのように気軽に爆破魔術を使えない。

 剣術だろうと魔術だろうと学術だろうと、鍛錬を怠れば、空いてしまったブランクを取り戻すのは容易ではない。毎日爆破訓練をしている今まででさえ、上手くコントロール出来ない日はあったのだから。

 まいったなー。


「オーレリアが魔術を使えないのは、僕としても本当に不安です」


 私以上に暗い表情をしたギルが言う。


「貴女が危険な目に遭った時、どうすれば良いのか……。僕だって四六時中オーレリアから目を離さずに居られるわけではないですし……」

「命の危険レベルなら、またばーちゃん達が来てくれると思うけど」


 怨霊化したジェンキンズは、あと二か月は再試験が受けられないらしいけどな。


「そんなに何度も命の危険に遭わないで欲しいのですが……」

「じゃあ丸太でも持ち歩くよ。いい感じに危険をボコボコに出来るように」

「丸太は少々かさばりますね。外出の際も馬車に乗せるのに難儀しますし。早いところ、その腕輪を外すしかありませんね」

「そう言うからには、この腕輪を外す方法に何か心当たりがあるの、ギル?」


 そう問いかければ、ギルは銀縁眼鏡の縁に指を添えながら答える。


「魔術師団所属のペイジ・モデシット副団長。少し面倒な男ですが、現リドギア王国の魔道具分野で右に出るものはいない存在です」


 ほほぅ。そのペイジ君とやらに、この腕輪について聞きに行くということか。

 魔術師団に人が足りないのに仕事を増やして申し訳ない気もするが、この腕輪も研究材料としては結構面白いと思うので、ぜひ相談に乗って欲しいものだ。


「じゃあギルからペイジ副団長に事情を話して、面会予定を取り付けて貰えないかな? 手土産は何がいいと思う?」

「それが実はペイジ副団長、現在行方不明でして」

「おい」


 魔術師団がブラック過ぎて、ついに失踪しちゃったの?


 と思ったら、最近現れた『霧の森』という地帯で行方不明者が出て、ペイジ副団長が捜査に出かけたら彼も行方不明になってしまった、というミイラ取りのような話を聞かされた。

 どうやら自主的な失踪ではなかったらしい。


「もともとクリュスタルムの返還が済んだらすぐに『霧の森』へ、行方不明者を探しに行こうと考えていたんです。目的が増えようと、やることに変わりはありません。彼らを見つけに行きましょう」

「うん!」


 ペイジ副団長にこの腕輪を解決して貰えるかは、一度見てもらわないと分からないけど。行方不明者はふつうに放っておけないからね。見つけてあげないと。


 ホットワインを飲み終わったころに伝令の衛兵が来る。陛下がギルをお呼びだそうだ。アドリアン大祭司たちの件だろう。


「今夜は帰宅出来ないと思います。陛下から護衛の兵士を借りてきますので、オーレリアは護衛と共に先に帰宅してください」

「はーい」


 ついでにクリュスタルムに一緒にロストロイ家へ帰宅するのか、確認して欲しいと伝えておく。大神殿の人間があんなにたくさん捕まってしまったら、それどころじゃないと思うんだけど。


 ギルが医務室から退室してしばらくすると護衛の兵士が迎えに来てくれたのだが、総勢二十人も居た。こんなに必要か?

 陛下からも『夜道は危険だからいっぱい護衛をつけてやるぜ! ゆっくり休めよ!』と、ねぎらいの言付けをもらった。

 クリュスタルムからも『クラウスだけだと頼りないから妾も一緒についておるのじゃ』と伝言が届いた。


 というわけで二十人もの護衛に守られ、馬車でロストロイ家に帰宅する。

 特に危険はなく無事に帰りつき、護衛の兵士たちにお礼を伝えて解散した。





 クリュスタルムとの別れの日は快晴だった。


 私が魔道具によって魔力暴走を起こした夜会から、王城は連日てんてこ舞いの忙しさだったようだ。

 アドリアン大祭司たちの尋問や、連日開かれた貴族会議、トルスマン大神殿へ人を派遣したりと慌ただしく、ギルも何度も呼び出しを食らっていた。

 本日私がクリュスタルムとのお別れのために登城すれば、お偉い大臣が王城の廊下を駆けまわっている姿まで見かけた。

 もちろん下っ端も忙しく、役人たちの悲鳴がそこかしこの部屋から聞こえ、中庭からは庭師集団の激しい怒号が聞こえてくる。

「この瓦礫の山を一体どうやって撤去しろっていうんだ!?」

「さっき廊下で陛下にお会いしたから『撤去作業員をお早くお寄越しやがりくだせぇ!』って陳述したら、とりあえず午後から衛兵集団を回してくれるってよ!」

「衛兵なんか使いものになんのかよ!?」

 そちらの件につきましては誠に申し訳ありません。平に平にご容赦を……!


 そういうわけで、クリュスタルムがトルスマン皇国へ帰国する予定が早まった。

 クラウス君が大神殿のトップになる準備のためにさっさと帰国しなければならなくなったので、それに付いていくらしい。


「寂しくなっちゃうねぇ」

〈妾もじゃ〉


 王城の門の前にはすでに出立の準備が整えられた馬車があり、私とギル、そしてクリュスタルムとアウリュム、クラウス君が向き合っていた。

 アドリアン大祭司の配下ではなかった祭司は数人だけで、彼らはすでに馬車に乗っているようだ。


 クラウス君に抱きかかえられたクリュスタルムは、太陽の日差しを浴びてキラキラと輝いている。けれど水晶玉の中央の靄がいつもより輝きが少なかったので、きっとこの別れを寂しがっているのだろう。

 私が水晶玉にぺたりと触れると、〈オーレリア〉と幼い女の子の声が水晶玉から響いてくる。


〈妾がいない間に あんな失礼な男を大神殿のトップにしてしまって申し訳なかったのじゃ これからは妾がしっかり見張るのじゃ〉

「それは実に心強いよ、クリュスタルム。よろしく頼むね」

〈……せめてもの詫びと言うか これまでの礼を二人のために用意したのじゃ 受け取ってくれ〉


 クリュスタルムがそう言うと、クラウス君が小さな箱を取り出し、中身を見せてくれた。

 天鵞絨張りの箱の中に鎮座するのは、水晶の単結晶だ。

 研磨されていないそのままの水晶で、拳ほどの大きさがある。氷のように透き通った水晶の中に、オーロラのように輝く靄が見えた。まるでクリュスタルムのようだ。

 こんなにそっくりの水晶を、よく見つけることが出来たなぁ。


「クリュスタルムの代わりを用意してくれたの?」


 私とギルが寂しがるから、代わりの水晶を用意してくれたのだと思って尋ねれば。

 クリュスタルムは少々予想外の返答をした。


〈うむ これは妾の分身じゃ 妾自ら作り出した『豊穣の宝玉』の原石じゃ これを妾だと思って大切にすると 数百年くらいで自我を持ち 話し始めるのじゃ〉


 まさかの分身だった。 

 私の隣で一緒に分身を覗いていたギルが絶句している。


 どうやって分裂したんだろう? クリュスタルムの大きさに変化は見られないんだけど?

 宝玉って最後まで謎だらけだな。


「まさかこの分身まで、貴様のように純潔好きなどとは言わないだろうな!?」

〈まだ自我を持っておらぬから 好みなどあるはずがないのじゃ〉


 クリュスタルムの言葉に、目に見えてギルがホッとした様子を見せる。

 もう邪魔されないみたいで良かったね、ギル。


〈……住まう国も違い 寿命の長さも違う妾たちは これが今生の別れやもしれぬ〉


 ぽつりぽつりと、クリュスタルムの幼い声が静かに続く。


〈じゃが二人と過ごした時間は忘れぬ 決して忘れぬのじゃ 妾は執念深いから オーレリアとギルのことをずっとずっと覚えておるのじゃ〉


 もう二度と会えない可能性ばかりが見えている別れを、胸を痛め、名残惜しみながら噛み締める。

 そうやって、出会えた奇跡を、過ごした時間を愛おしんで大切にする。自分の人生の糧にする。

 そして一度別れたとしても、繋がっている縁ならばそう簡単に切れはしない。そのことをヴァルハラの皆が証明してくれた。守護霊検定とか訳分かんない方法だったけども。


 別れを覆すような奇跡って、きっと私が思っているより簡単に起こるんだろう。


「また会おうね、クリュスタルム」


 私はきっぱりと言った。


「奇跡って割とよく起きるみたいだから、お互いに会いたいって手を伸ばし合っていたら、繋がっている縁はそう簡単には切れないみたいだよ。だから今日を今生の別れにしないように、ずっときみを忘れず、きみに会いたいって願ってるね」

〈……オーレリア〉


 別れを悲しみながら、再会への希望を胸に抱きしめることが出来る。

 たったそれだけのことが、平和で愛おしい。


〈分かったのじゃ! 妾もオーレリアとギルにまた会いたいと願うのじゃ 執念深く願って この縁を終わらせぬのじゃ!〉


 クリュスタルムはそう言って、よりいっそうキラキラと輝いた。


 「またね」〈二人とも達者で暮らすのじゃぞ〉「元気でね。帰り道に気を付けて」〈魔道具が外れるまではあまり爆破はせぬようにな〉「もし近くに寄ることがあったら連絡するよ」と、別れの言葉を私たちは何度も言い合う。

 アウリュムとクラウス君にも声をかけ、最後にはお互いが知っている別れの言葉も尽き果ててしまった。

 言葉が尽きたことを合図にするように彼らは馬車に乗り込み、窓からこちらに向かって手を振りながら出立していく。ゴトゴトと車輪の音だけを残しながら。


 こうしてクリュスタルムは無事に、自分の居場所へと帰って行ったのである。


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