60:クリュスタルムの返還19
アドリアン大祭司はボロボロだった。
瓦礫で周囲を囲まれた天然の檻の中、逃げる場所もないというのに仲間割れが始まり、格下だと思っていた祭司たちにボコスカと殴られた。
もちろんアドリアンはジジィなりに抵抗したし、やり返しもしたので、檻の中に居る全員がボロボロだった。あと日頃の運動不足とか、単純に加齢の問題で、祭司全員地面にひっくり返って荒い息を吐いていた。
「あと二十も若ければ貴様らなんぞ、私の拳で殴り倒してやったのに……ゼェゼェ……」
「うるせぇ……くそジジィ……ゼェゼェ……」
「僕だってあと十年若ければ、ここに居る全員を瞬殺していたはず……ゼェゼェ……」
「わたしだって……ゼェゼェ……昔は剣術を習っていたんだぞ……ゼェゼェ……」
永遠に終わらないインターバルの最中に、アドリアンたちの頭上へと影が差した。
一体何事かと、アドリアンたちは頭上を見上げる。
天然の檻には天井はなく、くっきりと夜空が見えている。そして大きく黄色い月を背景に、瓦礫の上に立つ人影が見えた。
「どうしてくれるんですか、貴方たち」
逆光でその人物の表情は分からなかったが、聞き覚えのある声だった。
相手が誰かすぐに分かったアドリアンは、口元を引きつらせた。
「ロストロイ魔術伯爵」と相手の名前を呼ぶ暇もなく、彼が杖を振るい、魔術式を展開するのが見えた。
「貴方たちのせいで、僕のオーレリアが世界最強になってしまったじゃないですか……。あの人が誰を爆殺しても心を痛めないような倫理観のぶっ飛んだ方だったら、世界最強の力を持っていても問題はなかったのですが。そうではないのですよ。僕のオーレリアは愉快でお気楽で脆くて大雑把で優しい、殺傷能力なんて本当は欠片も必要としていない女性なんです。
どうしてくれるんだ、貴様らっ!!」
バチバチバチッと青白い火花が散った光景を最後に、アドリアン大祭司の視界は真っ白に染まった。
▽
「トルスマン大神殿の者達を捕縛してきました」
「ギル、お疲れ~」
ギルが、半分くらい焦げているアドリアン大祭司たちを捕まえてきた。植物魔術で出した薔薇のツタでぐるぐる巻きにされていて、トゲが痛そうだね。
クラウス君が言っていた通り、大祭司たちは瓦礫の中に閉じ込められていたらしい。……瓦礫って、どう考えても私が最初に吹っ飛ばしたやつだろうなぁ。
ま、大祭司たちに逃げられなくて良かった良かった。
そんなことを考えていると、中庭の別の方角からぞろぞろと歩いてくる集団が現れた。
「おぉ~、派手にやっちまったじゃん」
「あっ、陛下!」
近衛兵と宰相様に守られて、国王陛下のお出ましである。
私の頭上で守護霊三人が『陛下、威厳がなさそうなところがまったくお変わりありませんですの』『この、おつむが足りなそうな雰囲気が懐かしいな』『昔は勉強が嫌いですぐに城から逃げ出そうとしていたあの小さな殿下が、今はこうして立派に国王となられたのですね』などと感慨深そうに頷き合っている。実に不敬だ。
ギルが陛下のもとに進み出て、事の経緯と大祭司たちの捕縛を報告した。
陛下が私に視線を向け、「大丈夫か、オーレリア? 怪我はねーの? 医務室で診てもらった方がいいぜ」とおっしゃる。
「私に怪我はないです、大丈夫です。それより陛下、王城と中庭を爆破してしまい、申し訳ありませんでした!」
私よりも満身創痍な王城のために謝罪すれば、陛下はひらひらと片手を振る。
「しょうがねぇよ。形あるもんはいずれ壊れちまうんだし」
「賠償しますんで! ギルからお小遣い前借りして!」
「お前の小遣いがいくらか知らねぇけど、何年かかるんだよ、それ。賠償金はオーレリアじゃなくて、そこに居るジジィどもからふんだくるから気にすんな。こういうがめつい奴らは絶対不正な金を隠してるし、それで足りなきゃ、大神殿の黄金製の蠟燭立てから盃まで押収してきてやるからよ」
「陛下、優しい……!! ありがとうございます!!」
陛下はそのまま私の横を通り過ぎ、薔薇のツタでぐるぐる巻きにされている大祭司に近付いて彼の頬をぺちぺちと叩く。
半分黒焦げになっている大祭司は、その刺激でようやく目を開けた。
「よぉ、くそジジィ。うちの城を派手にぶっ壊しやがって」
「リ、リドギア王……!? い、いや、城を壊したのは私ではなく、ロストロイ夫人で……」
「テメェらの策とも呼べねぇ無謀のせいだろうが。まったく」
陛下が溜め息を吐く。
「まっ、こっちもいい加減アンタが邪魔だったから、ちょうどいい機会だけどな。アンタは表向きは病気で引退ってことにして、アンタの配下の祭司も全員引きずり下ろすわ。大神殿から一気に祭司が減ることにトルスマン皇国の民が不信感を抱いてリドギア王国へ敵意を燃やさないよう、なんか手を打たねーとなぁ。あ。祭司たちは『実家のおふくろの介護のために自主退職する』とか言っておけば、皇国民も納得するんじゃねぇか?」
陛下から「なぁ宰相、良いアイディアじゃね?」と意見を求められた宰相は、冷たい表情で「そこは我々が考えますので」と陛下のお考えをぶん投げた。
「トルスマン大神殿は皇国民の精神的支えだ! 私が居なくなれば皇国民は暴動を起こすぞ!」
「だから戦後すぐにはテメェを処分しなかっただろうが。けれど今は戦後十六年だ。今なら大祭司が変わったところで、血を流すような暴動は起きねぇよ」
「野蛮なリドギア人を大祭司に置くつもりだな!? 皇国民はすぐに気が付くぞ、野蛮な国家がついに我らの宗教さえ奪ったことに!!」
「大祭司の地位にリドギア王国の人間を置くつもりはねぇ」
「ならば一体……」
陛下はニヤニヤ笑いながら、端の方で縮こまっていたクラウス君の肩に手を置いた。
「こいつ、俺の手駒にすっから」
「はわわわわわわっ!?」
突然の宣言に、クラウス君が両手の中のクリュスタルムとアウリュムを取り落としそうになる。
「なっ何をおっしゃっているんですか、リドギア国王陛下ぁぁぁ!?」
「ギルから聞いたぞ。お前、ギルとオーレリアを別れさせようとしたんだって? マジで最低な奴だな~。正直めっちゃ引く」
「あああ! その件は、本当に申し訳ないと思っています! ごめんなしゃいぃぃぃ!!」
「反省したところでお前が過ちを犯したことは消えねぇよ。お前は罪人だ」
「は、はい! 俺は罪人です……!」
「罪人は裁かれなきゃなんねぇ。だから俺が裁く。お前……、名前は確かクラウスだったな。クラウスは俺に絶対服従の刑だ!」
「リドギア国王陛下に絶対服従の刑……!」
「だからクラウスが次の大祭司な」
「罪を償わなきゃならないのは分かりました……! でも、俺、大祭司に相応しい人格とか能力とか威厳とか、なんにも持ってないです……!」
「大祭司に相応しい人格とか、そういうのはどーでもいいぜ。重要なのはリドギア王国の言うことをほいほい聞く、操りやすい人間かどうかってことだからな」
陛下ったら、トルスマン大神殿を意のままに操って、皇国民を親リドギア派にするつもりだな。
トルスマン皇国は今は戦争賠償金も支払えないくらい疲弊した国家だけど、豊穣の宝玉であるクリュスタルムが国へ戻れば土地が栄えるはずだから、属国状態にしたいのかもしれない。
私と同じことに気付いたらしいアドリアン大祭司が「やめろ! トルスマン皇国は貴様ら野蛮なリドギア人のものになど……!」と喚いたが、すぐに近衛兵に祭司全員まとめて連行されていった。
私を篭絡しようとしたばかりにリドギア王国の手駒になることが決まっちゃったクラウス君を眺め、私は彼に待ち受けている険しい未来を憐れんだ。
頑張って、クラウス君!




