59:クリュスタルムの返還18
「うひゃぁぁ~、ここら辺まで瓦礫が飛んできてますね。地面がえぐれてる……さすがオーレリアさん……」
〈クラウスよ! あの瓦礫の横はまだ歩きやすそうなのじゃ!〉
〈流石は我が妹だ よく発見したね〉
「あ、本当ですね! 行き止まりじゃないといいんですけど」
ロストロイ魔術伯爵のように瓦礫をよじ登ることが出来なかったクラウスは、国宝クリュスタルムとアウリュムを抱えていたこともあり、迂回路を探していた。
王城に滞在中、何度も訪れた美しい中庭は(オーレリアが噴水を破壊したので、その美しさが完璧だったとは言えなかったが)、瓦礫の雨に降られて見るも無残な姿だった。
すでに退勤したはずの王城庭師がどこからともなく中庭に現れ、「これ、衛兵集団が城内に潜り込もうとしてきたテロ集団を捕まえようとした時より大惨事だぞ!?」「料理人集団が巨大フライヤーでクラーケンを揚げようとして、大爆発を起こした時より被害がデカいぞ!?」「侍女どもが万能洗剤を作るとか言って、いろんな洗剤を混ぜて合わせて最終的に引火させた事件よりヤベェぞ!?」と頭を抱えているのが見えた。王城で働くのもいろいろ大変なんだなぁ、とクラウスは思った。
クラウスが瓦礫の隙間をぬうように進んでいくと、これまた大きな瓦礫が一か所に集まっている箇所が見える。
瓦礫と瓦礫の間には大人の腕が一本通るくらいの隙間があり、中から騒ぐ声が聞こえてきた。
「そもそもアドリアン大祭司様があの女に変な魔道具を渡したのが……!」
「最初から反対だったのですよ、リドギアの女を巫女姫にしようなどと……!」
「五月蠅い五月蠅い!! 黙れ、黙らんかっ!! 私を誰だと思っておるのだ!!」
「こんなところで捕まってしまえば、大神殿内の階級などもはや意味もないだろうがくそジジィ!!」
どれもこれも聞き覚えのある声である。
クラウスがそ~っと瓦礫の山の中を覗き込むと、アドリアン大祭司とその配下の祭司たちの姿が月明かりに照らし出されて見えた。
醜く言い争っているようである。
(うわぁぁ……、アドリアン様たちが瓦礫の中に閉じ込められちゃってる……。ど、どうしよう。お世話になった方たちだけど、俺もアドリアン様達も、オーレリアさんやロストロイ伯爵様に悪いことをしちゃった罪人だし。助けるわけにはいかないよねぇ)
クラウスはすでに罰を受ける覚悟をしている。ロストロイ夫婦の気が済むまで地下牢にだって入るし、強制労働だって喜んでするつもりだ。だって己はそれだけの非道を行ったのだから。
そして同じように悪いことをしたアドリアン大祭司たちも、罰を受けるべきだとクラウスは考える。
だから大祭司たちを助け出してはいけない、と。
(そもそも俺には助けられないしね。こんなに巨大な瓦礫、一ミリだって動かせる気がしないです!)
そう結論付けたクラウスは、クリュスタルムたちを抱えたまま、そろりそろりと後ずさる。
すると、靴のかかとで小さな瓦礫を蹴とばしてしまった。
カツン……ッ! と硬質な音が辺りに響く。
「そこに誰かいるのか!?」
「クラウス! クラウスじゃないか!」
「我々をここから出してくれ、クラウス!! 助けてくれ!!」
物音に気付いたアドリアン大祭司たちが騒ぎはじめ、瓦礫の隙間からぐいぐいと腕を伸ばしてくる。
彼らのその必死の形相にクラウスは慄いた。
「うひゃぁぁぁ!! ごめんなさいっ! 俺、皆さんのことは助けられないです!」
「なんだとクラウス、我々を裏切る気か!?」
「自分だけ逃げるつもりだな、クラウス!! 卑怯者! 恥を知れ!」
「ひぇぇぇぇ!! ち、違います!! ロストロイ夫妻にご迷惑をお掛けしたこと、俺もちゃんと罪を償うつもりです! 逃げたりしません! み、皆さんもそこでちゃんと反省してくださぁぁぁい!」
「この裏切り者ぉぉぉ!!」
背中から追いかけてくるようなアドリアン大祭司たちからの罵声に、クラウスは泣きながら逃げ出した。
そして逃げて逃げて逃げて———……気が付くとクラウスは、ロストロイ夫妻が向かい合っている場面に遭遇した。
ロストロイ夫妻の周囲には魔術式が大小百個ほども展開され、青に赤に白に緑に金色にと光り輝いている。
その様子が、まるで大神殿の最奥に位置する壁に描かれた巨大曼荼羅のように見えた。緻密で神々しく、その美しさにクラウスは息をのんだ。
(魔術式の一つ一つが、編まれたレースみたいに綺麗だ……)
展開された魔術式は、オーレリア夫人の腕に嵌まった魔道具へ何らかの魔術を発動する。魔術を受けた魔道具は光り輝き、硬いミスリル製の表面が何故か小石を投げ込まれた湖面のように柔らかく波立った。
クラウスがその作業の美しさに目を奪われている間に、次の魔術式が発動され、波紋が何度も繰り返される。思わずじっと見入ってしまった。
〈無事なのかオーレリア!? もう体調は大丈夫なのか!?〉
クリュスタルムがそう発言したことにより、ようやくクラウスは夢見心地から目が覚めた。
オーレリア夫人がこちらに顔を向け、にへらっと気の抜けた笑みを浮かべる。
「あ、クリュスタルム。ギルを呼んでくれてありがとー。さっき爆破魔術使いまくったから、魔力暴走は今は小休止状態だよ。体調も随分マシになったかな」
〈そうか! それは良かったのじゃ! 一安心なのじゃ!〉
「クリュスタルムたちも怪我はない?」
〈うむ 妾も兄上もクラウスも無事なのじゃ〉
「そう。なら良かった~」
「あのぉ、それで、オーレリアさんとロストロイ魔術伯爵様は今、何をなさっているところなんですか……?」
「気が散るので黙っていてください、間男にもなれない若造が」
「ひぃぃっ、しゅみませんんんん……!!」
「え? ギルったらなんでそんなにクラウス君に辛辣なの?」
「オーレリア。この若造は貴女を誑かし、僕たちの永遠の愛を引き裂き、貴女を巫女姫としてトルスマン皇国へ連れ去ろうとした極悪人なのですよ」
「え? ほんとにっ!?」
オーレリアは驚いたように目を見開き、クラウスをまじまじと見つめる。
クラウスは彼女の視線に居た堪れなくなり、しおしおと項垂れ、「ごっ、極悪人でごめんなさいっ!!」と涙ながらに謝罪した。
「うははははっ! 無謀な作戦過ぎてウケるね。ごめんね、クラウス君。私、ギルが大好きで仕方がないから離縁する気はないし。クリュスタルムの一生の友達だから、巫女姫にはならないよ」
「そうですよね、オーレリア!! 僕は貴女から熱烈に愛されていますからね!! ええ、離縁など決してあり得ぬことです!! どのような邪魔者が現れようと、僕たちの愛の前には無力!! オーレリアの爆破に巻き込まれ、灰となって散ればいいっ!!」
〈その通り 妾たちは一生の友なのじゃ!! 対等な仲間なのじゃ!!〉
〈クリュスタルムの良き友になってくれたことを 兄として感謝する〉
「本当にっ、本当にごめんなさい、皆さん……!!」
オーレリアはひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を片手で拭った。
「まぁ、クラウス君も反省してるし、篭絡しようとしてきた間も楽しかったから、不問にしておいてあげる」
「オーレリアさん……」
「さて、そろそろ静かにしていただけますか? 仕上げに取り掛かりますので」
「あ、はいっ、すみません!」
クラウスには魔術のことはよく分からないが、ロストロイ魔術伯爵が魔道具に何らかの魔術を組み込んで、オーレリアの魔力暴走を根本的に止めようとしているのは何となく分かった。
だから二人の側に静かに佇み、作業を見守る。
また一つ新しい魔術が組み込まれては、ミスリルの表面がちゃぽんと揺れる。
よく見ていると腕輪の表面に彫り込まれた魔術式がチカチカと点滅し、その紋様を少しずつ変化させていた。
また一つ魔術が組み込まれ、また紋様の一部が変化する。
そんな繊細な作業を、ロストロイ魔術伯爵は集中力を途切れさせず延々と繰り返し、オーレリアもまた我慢強く耐えていた。
そして最後の魔術が組み込まれ、腕輪が一際強い光を放つ。
あまりの眩しさにクラウスが「わわっ!」と目をつむるのと同時に、ロストロイ魔術伯爵が言った。
「……これで、魔力暴走自体は止まったと思います。腕輪を外す方法は追々考えるとして。これでオーレリアが爆破魔術を放っても、先程のような凶悪な爆破ではなく、普段通りの爆破になったと思います。魔力の状態はどうですか?」
「ありがとう、ギル。おかげで頭痛も吐き気も完全に引いてきたよ」
オーレリアは神妙な顔で腕輪を見つめた。(あそこに刻まれた魔術式が読めるのかな。オーレリアさんって、やっぱりすごい人だなぁ)とクラウスは思う。
オーレリアは眉間にしわを寄せ、腕輪をくるくる回して確認する。
「うーん……、これは……」
突然彼女はウンウンと唸り、それから夜空に向けて両手を伸ばした。
「行きまーす!」
誰かに合図を出すように大声を出すと、オーレリア夫人はチュッッドォォォォーーーッッン!!!! っと爆破魔術を放った。
そしてどこからともなく現れた風と水の魔術の合体技がオーレリア夫人の爆破を相殺し、結界魔術が衝撃波を防ぐ。
「ひょええええ!?」
「……嘘でしょう……?」
クラウスは間近で見た恐ろしい光景に度肝を抜かれた。
ロストロイ魔術伯爵の表情は真っ青になった。
「ギルのお陰で魔力暴走自体は止まったんだけど、爆破魔術はパワーアップされたままみたいだね」
「使用される魔力量が元に戻れば、爆破の威力も元に戻るのが普通でしょうっ!?」
「これも虹神秘石の効力なのかな……。でもこの魔道具、凄くない? 使用する魔力は通常通りの量なのに大規模魔術が使えるとか、魔術師の夢じゃん」
「爆破魔術特化型の貴女が持てば、世界を滅ぼす悪夢の魔道具ですよ!!」
ロストロイ魔術伯爵は慌てて夫人の腕を取り、無理やり引き抜こうとした。
だが腕輪は彼女の細い手首の周囲でくるくると回るだけで、抜けることはなかった。
「えっと、つまりどういうことなんですか……?」
目の前の事態が良く呑み込めないクラウスが首を傾げて尋ねれば、ロストロイ魔術伯爵は頭を抱える。そしてオーレリアは達観した表情を浮かべた。
「つまり私、世界最強の爆破魔術師になっちゃったみたい☆」
「本当に本当にどうすればいいんだ……!」
その後、ロストロイ魔術伯爵が色々試してみたが、オーレリア夫人に嵌まった魔道具は結局外れなかった。




