57:クリュスタルムの返還16
チュッッドォォォォーーーッッン!!!!
なんか、いつもとは違う感じの爆発音が魔術式から放たれていく。
自分の魔術ながら、正直すごく恐ろしい。こんな音、初めて聞いたよ……。
なんとか具合の悪い体で窓際に辿り着き、人への被害を出さないように空中に向かって爆破魔術を放ったけれど、ばーちゃんの結界魔術が一歩遅くて、私が居た部屋が吹き飛んだ。周辺も瓦礫まみれだ。
これがトルスマン皇国魔術兵団が戦時中に開発した遺物の威力か……。クリュスタルムたちを避難させておいて本当に良かった。
私が放った爆破は空を駆け上り、月へと向かって行く。
このままでは月が爆破し、月見酒を楽しむ時間が永遠に失われてしまう……というタイミングで、暴風雨という言葉もまだ生易しい強大な力が、爆破魔術にぶつかった。
『さぁジェンキンズ、わたくしの水龍にぴったりと合わせるのですの!!』
『おひぃ先輩こそ、私の暴風の槍に振り落とされないでよね。この馬鹿の爆破魔術、威力だけは本当に厄介だ』
『地上には私が結界を張りましたから、お二人とも存分に暴れなさい』
『さすがはリザ元団長ですの!』
『ねぇ、きみって本当にリザ元団長の孫娘だったわけ? どこでこんなに馬鹿に育ったの?』
「実に遺憾だ、ジェンキンズ。この私こそが入団試験の筆記問題でトップだったことを忘れたんですかね?」
おひぃ先輩の水魔術とジェンキンズの風魔術の合体技が、私の凶悪な爆破魔術を打ち消していく。
その衝撃波がドォン……! と周囲に広がったが、ばーちゃんがようやく展開できた広範囲結界魔術がリドギア王国全土を守ってくれた。
「じゃあ次、放ちまーす!」
『どんとこいですの!』
『フン、瞬殺してあげるよ』
『あまり他人様の迷惑にならない方向に打ち上げるのですよ』
私は三人の力に安心して、次々と爆破魔術を上空へ打ち上げた。
爆破すればするほど、体の中で行き場を失って暴れていた魔力が落ち着いていく。頭痛や吐き気が弱まってきて、ずいぶん体調が良くなってきた。
けれど、体内で魔力は暴れなくなったが、一向に魔力が減る気配がない。
魔道具の影響か、魔力が無尽蔵に生産されている感じだ。
連続する大規模爆破魔術を抑えることに、おひぃ先輩やジェンキンズの方がだんだん疲れた表情を浮かべるようになってきた。
『しかし、これはいつ終わるのですの?』
『この馬鹿は魔力体力気力が無駄に底なしだからね』
『このままでは私たちの奇跡の力の方が、先に枯渇するかもしれませんね』
「すいません、あの、これ、もしかすると私が死ぬまで爆破魔術を使い続けないと、魔力が止まらないかもしれない気がするんですけどぉ~」
『まったく!! なんて世話の焼ける後輩ですの!? わたくし達、現状の魔術式の展開で手一杯ですのよ!? 貴女の魔力が底をつけば、その魔道具の効果も停止すると思っておりましたのに!!』
『もういいよ。きみはこのまま魔力暴走で死んで、私と一緒にヴァルハラへ来ればいい。そうすればクソガキとの結婚も無かったことになる』
『おばあちゃんはひ孫の顔が見たいので、ジェンキンズの意見には反対です!』
「ごめんね、ばーちゃん。ギルがもうちょっと大人にならないと、ひ孫は無理ですね」
『まぁ、オーレリア。三十二歳のおっさん相手に何を言ってるんですの?』
『ハハハッ!! ギル・ロストロイ、ザマァァァァッ!!』
うちの三十二歳児の話はさておき。
これ、本当に厄介な魔道具だなぁ。
どうしよう……。
▽
時間を少しさかのぼる。
アドリアン大祭司は自分の配下の者を連れて、トルスマン皇国から乗って来た大神殿の馬車に乗るために王城の庭を進んでいた。
馬車は客人用の馬車止めに置いてあるはずだが、連れてきた馬の方は、王城の馬房で休んでいるはずだ。御者はたぶん馬の世話をしているだろう。
そう考えたアドリアンは中庭を横切り、外れにある馬房へと急いでいた。
「まさか、こんなことになるとは……! クラウスのやつ、裏切りおって。クリュスタルム様があそこまでリドギアの女に肩入れするとは想定外だ!」
アドリアンが悪態を吐くと、ほかの祭司たちが詰め寄ってくる。
「アドリアン大祭司様、我々はこれからどうするのですか!?」
「クリュスタルム様にそっぽを向かれては、我々の大神殿での地位はなくなってしまいますぞ!?」
「リドギア王にこの件がバレるのは時間の問題です!! このままでは我々は、あの野蛮な王に大神殿を蹂躙されてしまうのでは……!」
「ええいっ、五月蠅い! だから今から急いで本国へ帰国するのだ!! そして大神殿の隠し財宝を持ち、一度隠れ家へと身を潜める!」
「それでは大神殿はどうなるのです!?」
「そのようなこと、私が知ったことでは……」
アドリアンの配下に就く者たちの思想は様々だった。
アドリアンを大祭司としてただ崇拝している者から、大神殿の権力に味を占めている者、異教徒を憎む過激な者など。
それゆえ中心のアドリアンが揺らげば統率は取れず、その場で足を止めて、醜い詰り合いに発展してしまう。
互いを詰り合う言葉が飛び交い、誰かがアドリアンの胸倉を掴もうとした———その時。
チュッッドォォォォーーーッッン!!!!
この世のものとは思えない轟音が、王城の中庭、いや、王都やその周辺の町や村にまで轟いた。
あまりの音量に耳の奥がキーンとして、周囲の音が聞こえなくなる。
そして耳を押さえるアドリアンたちの元へ、城の壁の一部と思われる瓦礫がどんどん降って来た。
「なんだ、これは!?」
「この瓦礫、先程まで我々が居た部屋の一部じゃないか!?」
「ロストロイ夫人が爆破して、その影響で吹っ飛んできたのか!?」
次々と吹き飛んで来る瓦礫から身を守るため、アドリアンたちは懸命に避けた。避けに避けた。
そして気が付いた時には、瓦礫がアドリアンたちの四方を壁のように覆い、天然の檻が完成していた。
これでは出るに出られない。
天井は開いていて夜空が見えているが、高さのある瓦礫をよじ登って脱出するだけの身体能力など、この場に居る誰も持ってはいなかった。
「なんということだ……!」
アドリアンはその場に膝をつき、
「化け物か、あの女は!? だから邪教徒など大嫌いなんだ!!」
と叫ぶと。
……がっくりと項垂れた。




