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6:チルトン領③~情熱の流儀~



 私が十二歳のある日。

 領主館で開かれた有識者会議に、商店街のリーダーが出席してこう訴えた。


「チルトン領は他の領地に比べて、旅行客や観光客が少ないんです……! 領民だけが細々と買い物をしても、商店街は冷え込む一方です。なにか観光の目玉や町おこしをすべきだと思います……!」


 有識者会議に出席しているのはお父様や財務の役人(領地経営の専門家)、私(爆破の専門家)、趣味が農業のおじいちゃん(地形学の専門家)や教会の神父様(宗教の専門家)など、総勢二十人くらいだ。

 お父様は全員の顔を見ながら、「何か案のある者はおるか?」と尋ねたが、皆一様に頭を抱えるだけだった。


 チルトン領は貧乏ながらも元気いっぱいの領民が魅力的だが、観光する場所はないし、暮らすならやはり王都とかの方が刺激がいっぱいで楽しいんじゃないかな。

 海の幸も山の幸も取れるし、農業も畜産も頑張っているけど、他の領地より秀でているわけではない。すごく平凡な領地なのである。


「チルトン領にも突如、古代遺跡が出土したりすれば良いのだがな……」


 お父様の溜め息混じりの言葉に、私は少し前の記憶を思い出す。


「ああ。ラジヴィウ公爵領に古代遺跡が見つかった話ですか? 先月お父様が王都へ行ったときに、ラジヴィウ閣下からマウントされたとおっしゃっていた」


 三ヶ月ほど前にラジヴィウ公爵領で新たな古代遺跡が発見され、領地では専門家や旅行客で大賑わいになっているらしい。

 私もバーベナだった頃はあちこちの古代遺跡を調べて、未知の魔術式の痕跡を発掘し、解析したりしていた。

 ……まぁ、私はどんな面白い魔術式もすべて爆破魔術に変換してしまうので、ギルに実験を任せていたが。


「うむ。その話だ。あの方はいつも私にマウントを取りたがるから、話が長くて大変だったのだ……」

「ラジヴィウ閣下はなぜ、お父様にマウントなんか取るのですか?」

「……ラジヴィウ閣下の奥方が昔、私を慕ってくださっていた時期があってだな……」


 ああ。ラジヴィウ閣下と言えば愛妻家という話だから、夫人のかつての憧れの君であったお父様に敵愾心を抱いているということか。すごくどうでもいいやつだ。


 話を切り替え、チルトン領に観光客が押し寄せるような観光の目玉について、有識者達から意見を聞いていく。


「地形に関する資料館はどうですかい、領主様。過去と現在のパノラマ模型なんかを展示するんですよ」

「予算が無いな……」

「教会を建て替えてみてはどうでしょう? ヴァルハラの世界を大胆に外壁に彫り込めば、王都の大教会よりも人気になること間違いなしです」

「予算が……」


 予算の壁が大き過ぎるよ、チルトン領。


 予算が少なく済んで、でも古代遺跡並みに観光の目玉になりそうなものなんて……。


「……お父様、隣国で有名な磨崖仏(まがいぶつ)をご存知ですか?」

「磨崖仏というと、確か岩壁や石窟の中に彫った神仏のことだったか?」

「はい。それです」


 バーベナだった頃、戦時中に隣国へ向かった際に立派な磨崖仏を見かけた。

 あんな大きな神仏を崖に彫り込むなんてすごいなぁ、と感心したものだ。


「神父様がデザインして、地形学のおじいちゃんが指揮を執って、私が爆破で崖を彫れば、チルトン領まで見に来たくなるような磨崖仏が作れそうじゃないですか? それで『最近発見した未知の古代遺跡!』とか歴史を改竄してしまえば、箔が付きますよ!」


 DIY磨崖仏なので、予算も人件費や瓦礫の処理くらいで結構抑えられるのでは?


「……歴史は常に勝者や権力者が作ってきたもの。つまり領主である私が古代遺跡だと言い張れば、まかり通るわけだな」

「そのまま百年も経てば本物の歴史です」

「よし。オーレリアの発案により、『チルトン領町おこし~古代の磨崖仏大作戦~』を始動する!! 他の領地に秘密がバレないよう全領民に箝口令を敷き、大規模工事だ!」

「「「おお~!!!」」」


 こうして磨崖仏製作工事が始まった。





 チルトン領の西側に広がる山間部。

 普段は人気の無いこの場所に、今はとある職業のプロフェッショナル達が終結している。

 我々チルトン領広報課『チルトン領のおたより』取材班は、このプロフェッショナル達の中でも一際異彩を放つ少女に、密着した。


 朝の八時。朝礼が終わった作業着の集団の中に、領主の娘オーレリア・バーベナ・チルトンの姿があった。



 ———作業服も似合いますね。


「そうですか? ありがとう」



 オリーブグリーンの髪をひっつめにするオーレリアの姿は美しいが、貴族の令嬢にはとても見えない。

 だが彼女は作業服を褒められると、アッシュグレーの瞳を柔らかく細めて笑った。


 オーレリアはそのままサクサクと現場の崖へと向かう。

 我々もプロの仕事に同行すべく移動した。


 彼女は神学の専門家である神父と、地形学の専門家である老人と話し合いながら、図面のチェックを始める。



 ———準備に余念がないですね。


「ええ、まぁ。自然相手の仕事ですから。どこの地層をどの規模の爆破で吹っ飛ばすか。なかなか難しいですよ。だけどだからこそ、面白い」



 この日、彼女は磨崖仏製作を控えていた。崖を爆破魔術で彫り、神の館ヴァルハラを描き出すのだという。



 ———貴女にとって、磨崖仏製作とは何なのか。


「そうですね……。誤解を恐れずに言えば、金儲けです」



 我々の訝しげな表情に気付いたのだろう。彼女は続けて答えた。



「私は領主の娘として、このチルトン領を愛しています。領民も良い人達ばかりで、最近は『爆破音がうるさい』とかのクレームもだいぶん減ってきましたし。まぁ、皆諦めたんでしょうね。そんな皆の為に私が出来る唯一が、磨崖仏製作かなって。それで領地に観光客を集めて、領民を食べさせていくぞ! って感じです」


 ———つまり領地への恩返しということですか。


「そうなりますね。皆いつもありがとう、みたいな」



 オーレリアは我々の質問にそう答えると、照れくさそうに笑った。


 八時二十分、オーレリアが崖の側へと移動する。

 我々も同行しようとすれば、彼女に止められた。



「ここから先は危険になるので、立ち入らないでください」


 ———どうしてもNG?


「爆破した破片に当たっちゃったら、取材班の皆さんも嫌でしょう?」



 なるほど。プロフェッショナルな仕事に危険は付き物のようだ。

 我々は彼女から指定された範囲から出ないよう、気を付けながら取材を続ける。


 彼女は広い崖の前に立つと、両手をかざした。

 緑色に輝く魔術式が空中に展開される。それも複数同時だ。我々取材班は息を呑む。

 並みの魔術師ではこうはいかない。オーレリア・バーベナ・チルトンはその性格からは想像もつかないような天才であった。


 ドカーン! ドカーンッ! ドゴーンッ!!


 苛烈にして繊細。大胆にして全てが計算通り。

 プロの手にかかれば、どんな崖もただの白いキャンパスに変わる。彼女の爆破魔術は神の絵筆だ。

 オーレリアの手から次々と生み出されるヴァルハラの世界に、我々は感嘆の溜め息が漏れた。


 午前十時。プロにようやく一度目の休憩が訪れた。


 崖から戻ってきたオーレリアは粉塵にまみれている。

 チルトン家の侍女が現れ、彼女の顔を濡れタオルで拭き始めた。されるがままのオーレリアの表情には貫禄さえあった。



 ———大丈夫ですか。


「ん? 大丈夫です。作業はまだまだ続きますよ~」


 ———そのスタミナの秘訣は?


「やっぱり日頃の鍛練ですかね。私、毎日爆破を欠かしませんから。一日でもサボっちゃうと、勘が鈍るんです。意外と繊細なんですよ、魔術って」


 ———では最後に、貴女にとってプロフェッショナルとは。


「……気付いたら後ろにくっついていた物、ですかね。私はただやりたいようにやっていただけなんですけど、そのうち『歩く火薬庫』とか『爆弾魔』とか呼ばれるようになって。なんでも本気で取り組んで、五年くらい経つと、周りからプロみたいに扱われるようになるから。あ。これ、評価と言い換えてもいいです」



 そう言って笑うオーレリア・バーベナ・チルトンに、今日も情熱は尽きない。





 約三ヶ月かけて磨崖仏完成ー!


 最初は神の館ヴァルハラだけを作る予定が、神父様がノリに乗っちゃって、神話の場面とかも製作することになっちゃって、最終的に崖1kmにも及ぶ大作になってしまった。

 まぁ、見応えあるから、いっか。


 商店街のリーダーからも喜んでもらえた。

 商店街では磨崖仏を目当てに来る観光客用のお土産をたくさん開発し、お父様も「古代遺跡が見つかりました!」と国王陛下に報告した。

 王城から派遣されてきた役人達も磨崖仏を確認し、「これほど素晴らしい遺跡が見つかるとは奇跡のようだ!」と大絶賛してくれた。

 おかげで半年経つ頃には、観光客も随分増えた。

 チルトン領の未来は実に明るい!


ブクマ評価など本当にありがとうございます! とても嬉しいです!

短編部分の内容は11話まで続き、12話から二人の白い結婚生活が幕を開けます。

こんなバーベナが本当にギルに恋なんてするのか、ぜひ見守ってやってください(私は最初諦めの気持ちで書いていました)

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