56:クリュスタルムの返還15
私の目の前に現れたのは、ヴァルハラで楽しく暮らしているはずの昔の仲間だ。
青銀色の縦ロールを靡かせた〝水龍の姫〟こと、おひぃ先輩がツンと澄ました表情で私を見下ろしている。
肩までの長さがある金色の髪をハーフアップに結った、同期のジェンキンズが両腕を組んでいる。
そしてリドギア王国歴代最強の魔術師団長と呼ばれたリザばーちゃんが、相変わらず十二センチもヒールがある艶々の革のブーツを履いて仁王立ちしている。
三人とも、半透明の姿で。
「ええぇぇ……! どういうことぉぉ……!?」
魔力暴走で体調最悪、よぼよぼのぐるんぐるん状態の私だが、今の自分に出せる一番大きな声で驚愕を表した。
だけど滅茶苦茶気持ち悪い。うぇぇぇ。
二日酔いは一度も経験したことないけど、こんな感じなんだろうか。おぇっ。
瀕死の私に対し、おひぃ先輩はニッコニコの笑みを浮かべた。
おひぃ先輩って床から見上げても美人だよなぁ。
『オーレリア、よくお聞きなさいですの! わたくしたち三人、守護霊検定試験に受かりましたの! ちなみに、わたくしは二級なんですのっ!』
「おひぃ先輩、私ほんとにまじめに真剣に瀕死なんで……、おえっ、……手短にぃ、説明は手短におねがいしますぅ……!」
『まったく。その程度で瀕死だなんて、貴女は本当にわたくしたちの中で最弱ですの』
「私より先に死んだ人には言われたくないんですよぉぉぉ……! おぇぇぇぇっ」
吐き気に苦しんでいる私を見下ろし、おひぃ先輩はやれやれと言うように肩をすくめると、守護霊検定について説明し始めた。
『リザ元団長がとても悩んでおられましたの。何の対策もせずに貴女へ会いに行くと、貴女の脆い魂を生より死の方へ招いてしまうと。それで、貴女に害の無いように枕元に立つにはどうすればよいのか、皆でヴァルハラの大神様のもとへ相談に行ったのですの。
大神様は快く方法を教えてくださったんですの。〝ヴァルハラの館認定・守護霊検定〟の資格を取れば良いと!』
「それで二級まで受かったんですか? ……うっぷ」
『私は特級だけどね。フンッ』
『おばあちゃんは準一級ですよ』
「ほかの皆はどうしたんですか? ボブ先輩とか、おぇっ」
『ボブはまだ四級で、地上に降りることはまだ許可されていませんの』
『おじいちゃん先輩は試験を五回受けて、五回とも落ちたよ』
『グランはまだ試験勉強の最中で、試験は一度も受けておりません』
へぇー。
皆めっちゃヴァルハラ生活を楽しんでいるんだね。
羨まし……、じゃなくって!
「あのですね、皆さん。私オーレリアはですね、みんなのことが大好きすぎて思い出にも出来ないから、もうヴァルハラへ行くまでは一旦お別れするって一世一代の大決心をして、英霊の廟所まで墓参りに行ったんですよぉ……! おぇぇぇ……」
あのままだとギルと一緒に現世を楽しく生きられないと思って。本当に胸を痛めながら決めたんですよ。
それなのにどうしてそっちから来ちゃうんですかね?
『貴女の一世一代の大決心など、わたくし達にはどうでもいいんですの!』
ビシッと決めポーズを取るおひぃ先輩に、私は頭を抱えた。
そっかー!! 私の決心など先輩方には何も響かないんですねぇー!!!!
つらい。下っ端は実につらいよ。
『バーベナごときに、わたくし達との別れを決める権利などありませんの! だって貴女はわたくしの後輩! 爆破魔術しか使えないすっとこどっこいで、わたくし達の中で最弱、みそっかす、面汚しですの!』
「わぁ……。おひぃ先輩、それ、戦後の今だとパワハラで訴えられちゃうから止めたほうがいいですよ」
『勝手に別れを決めた貴女が悪いのですの! バーベナのくせに生意気ですの!』
「今はオーレリアです~」
『先輩命令ですの、オーレリア! 貴女から別れを切り出すのは許しませんの!』
「先にそっちが死んだんじゃないですか……! うぅっ、今度は頭痛の大波が……」
相変わらず上下関係に厳しくて、下っ端の意見なんてまともに聞いてくれない。私だって悩んで苦しんで出した結論だというのに、先輩たちはそれを嘲笑うように吹っ飛ばして地上まで手を差し伸べてくる。まったく酷い。まったくかなわない。
……私がヴァルハラへ行くまではみんなに会えないと思っていた。また会えるのは何十年も先だと思っていた。
みんなが守護霊になってまで、私に会いに来てくれたことが嬉しい。
口ではみんな適当なことを言っているけど、私とあと何十年も会えないことが寂しくて行動してくれたことが伝わってくる。
会いたいと願ったことが私の片一方ではなくて、みんなも同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくてたまたない。
『オーレリア、よくお聞きなさい。私たちが守護霊として出来ることには限りがあります。決して万能ではありません』
ばーちゃんが厳かな声で話し始める。
『私たち守護霊は守護する者を危険から守り、命の危機の際には奇跡を起こすことが可能です』
「えぇ~と、それはつまり……?」
床で瀕死のまま首を傾げる私に、三人がそれぞれ楽し気な笑みを浮かべた。
『オーレリアが王都を火の海にしようとも、わたくしたちが奇跡を起こして止められるということですの!』
『つまり、きみはいつも通りドカンドカンとやればいい。きみの爆破ごとき、私の風魔術で吹き消してあげるよ』
『おばあちゃんは国民を守るために結界を張りましょう』
わ、私の守護霊ズ、とてつもなく頼もしい……!!




