54:クリュスタルムの返還13
後半から三人称になります。
夜会の途中でクラウス君にトルスマン大神殿の人と別室で喋ろうって誘われた時はそんなに乗り気じゃなかったけど、結構楽しい飲み会で良かったなぁ。
『サラマンダーの息吹』っていうトルスマン皇国のお酒を知ることが出来ただけでも、参加した価値が十分にあった。
これ、以前ギルと一緒に行ったお酒の卸問屋でも手に入るのかな? 調べたいから、空きボトルを持って帰ってもいいかなぁ?
私がそんなことを考えていると、大祭司が「……ロストロイ夫人」と私の名前を呼びながら近づいてきた。
実は私、最初の頃、この大祭司の笑顔が胡散臭いな~って思っていたのだけど。
こんなに美味しいお酒を飲ませてくれたおじいちゃんに、私はなんて失礼なことを思ってしまったんだろう。ごめんよ。
でもやっぱりどこか胡散臭い笑みを浮かべた大祭司が、何かを手に運んで来る。
「クラウスから、ロストロイ夫人は魔術を扱えるとお聞きいたしました。実に素晴らしい才能ですねぇ」
「いえいえ、そんな」
大なり小なり爆破して吹っ飛ばすくらいしか能は無いのですが、『超・大天才世界最強の魔術師オーレリア』とか、たくさん褒めてくださっても全然大丈夫ですよ。
「お近づきの印に、こちらの魔道具を差し上げましょう」
「へ?」
「ああ、もちろん、下心は決してありませんよ? ミスリル製の腕輪で世界に一つしかない、非常に貴重な品ですが。製作した魔術師たちはすで亡くなっているのでね。そんな貴重な魔道具ですが、クリュスタルム様を宝物殿から回収してくださったロストロイ夫人になら、涙を呑んでお譲りしても構いません!」
えぇぇー……。
そんなに貴重な魔道具なら自分で保管してる方がいいんじゃない? 貰った方が気後れしちゃうよ。
「いえ、そんなにすごい物は頂けませんよ」
「いいんですいいんです! ロストロイ夫人の為ならば! どうぞ貰ってください! 我々大神殿に気兼ねなく!」
「いや、めちゃくちゃ気兼ねしますから」
首を横に振る私に、大祭司は銀色の腕輪を近づけてくる。
確かにこの金属の光り方はミスリルだ。そして真ん中に輝いているのは、たぶん、大粒の虹神秘石だ。
虹神秘石は一つの石の中に七つの色が混ざり合っている鉱石で、不思議なエネルギーを帯びる性質がある。私も実物を見るのは初めてだ。
その二つの材料だけでも貴重だけど、そこにさらに魔術式が繊細なレースのように彫り込まれていた。
……あれ。
だけどこの腕輪、なんだか変だ。
ただでさえ複雑な魔術式をこれでもかという程に多重に彫り込み、魔術式同士が打ち消されて効果が消滅したり、逆に増幅したり、相反発してぐちゃぐちゃになっている箇所まである。
これは魔道具としては欠陥品だ。使い物にならない。
「アドリアン大祭司様、この魔道具を一体どこで……」
「さぁ! 一度嵌めてみてください、ロストロイ夫人! 装飾具としても美しい魔道具ですよ!」
大祭司は私の話を聞かず、商店街の押し売りの強い八百屋のおじさんのような勢いで、私の腕にスポッと魔道具を嵌めた。
そして、私の魔力が暴走を始めた。
▽
アドリアンの計画はこうだった。
一点物の貴重な魔道具をロストロイ夫人に贈り、
「こんなに素晴らしい品をただで頂くなんて申し訳ないですわ♡ お礼に大神殿の方々のお役に立つようなことをしたいですわ♡」
と、夫人の良心を動かすつもりだった。
貴族夫人など優しくしてやればチョロいものなのだ。
そこですかさず、
「では、クリュスタルム様の巫女姫になっていただきたい!」
と、アドリアンは要求する気満々だった。
だが目の前の現実はどうだろう。
魔道具を嵌めたロストロイ夫人はソファーから崩れ落ち、真っ青な顔をして床に倒れている。
そして夫人の全身から、体内に留めておくことが出来なくなった魔力が、バチバチと火花を散らしながら漏れ出ていた。
漏れ出た火花はマッチの火よりも小さいのに、触れた絨毯や床、テーブルやソファーなどを『バンッ!』と爆破していく。見た目以上に凶悪な力だった。
(一体なんなのだ、この状況は……!? あの男、この魔道具は唯一の成功品だと言っておったくせに、危険な魔力暴走を引き起こしているではないか!? こんなもの、ただの粗悪品だ……)
アドリアンはガタガタと震えた。
これではロストロイ夫人を巫女姫として本国へ連れて行くことなど出来ない。
それどころか戦勝国の貴族に危害を与えたことを理由に、リドギア王国の国王から大祭司の位を剥奪されてしまう。
もしかすると剥奪だけでは済まず、処刑もあり得るかもしれない。リドギア王は戦争推進派だったアドリアンを昔から排除したがっていた。
「うわぁ、何この腕輪、外れないじゃん……」
ロストロイ夫人は魔力暴走によって体調不良を引き起こされている体をなんとか動かし、腕からミスリルの腕輪を抜こうとするが、腕輪はまるで呪いが掛かったように外れない。
クリュスタルムが〈大丈夫なのか!? オーレリア!?〉と叫び、アドリアンの配下の者たちが予想外の事態に右往左往している。
アドリアンはただあんぐりと口を開けて、目の前の悪夢を見つめていた。
〈アドリアン!! これは一体どういうことなのじゃ!? おぬしがオーレリアに嵌めたあの腕輪はなんなのじゃ!? 答えよアドリアン!!〉
「い、いえ、あの、クリュスタルム様、私は……、まさかあのような粗悪品だとは……」
クリュスタルムから問い詰められ、アドリアンは言葉を濁す。
あの魔道具の入手経路を聞かれたら非常にまずいことは分かっている。魔術兵団が戦時中に開発した魔道具の存在を、隠し続けていたというだけで大問題だった。
しどろもどろになるアドリアンに追い打ちをかけたのは、べそべそ泣いているクラウスだった。
「うわぁーん、オーレリアさん大丈夫ですか!?
クリュスタルム様ぁ、アドリアン様が、『終戦の頃に魔術兵団幹部だった者が私に渡して来た魔道具なのだが』って、おっしゃってました!」
「こ、この、クラウスよ……!」
「あと、あとっ、『魔術師の能力を増強させる効果がある』っておっしゃってました! それがこんなに酷い物だったなんて! アドリアン様、あんまりですよぅっ……!!」
〈この大馬鹿者! 貴様! 妾の友を傷付けおったな! 赦さぬ! 赦さぬのじゃ!〉
〈アドリアンを我が妹の敵と認定した 貴様に大祭司の位に立つ資格はない 用済みだ〉
「そんな、クリュスタルム様、アウリュム様! 私はこの魔道具が粗悪品だとは知らなかったのですぞ!?」
〈そもそもオーレリアの爆破魔術を強化したら この大陸は火の海じゃ!!〉
「爆破魔術とは!?」
〈オーレリアは魔術師といえども 爆破魔術しか使えぬ!〉
「はぁぁぁっ!?」
ロストロイ夫人は「あー、もう……」と遠い目をした後、部屋の中に居る人々に声を掛けた。
「クリュスタルムとアウリュムを連れて、全員部屋から退避っ!! あとクラウス君、ギルを呼んできて!! 私の旦那!」
「え、えぇっ!? オーレリアさん、一人で大丈夫なんですか!?」
「どうにか持ちこたえてやるから、早くギルを呼んできて!!」
「ひゃっ、ひゃいっ!! わかりましたっ!!」
クラウスがクリュスタルムとアウリュムを抱え、廊下へと飛び出していく。
その姿を見たほかの祭司たちも、慌てて部屋から退室し始めた。
(に、逃げなければ……! この部屋から逃げるだけでは駄目だ。本国の大神殿まで逃げなければ。それもクリュスタルム様より先に戻り、大神殿の隠し財宝を運び出さなければならん。リドギア王国軍もきっと追って来るだろうから、大神殿の兵士に命じて戦わせよう。信者たちを人間の盾にして時間を稼ごう。その隙に財産を運び出し、少数の配下と共に隠れ家へと……)
配下の者に促され、アドリアンもなんとか足を動かし始める。
「大祭司」
逃げる算段をしながら退室しようとしたアドリアンに、ロストロイ夫人が床から声を掛けてきた。
夫人は大量の脂汗を流し、ぜぇぜぇと息を荒くする。
彼女からまた魔力がほとばしり、散った火花が壁を爆破して巨大な穴を開けた。
「大祭司、この魔道具のことはあとでリドギア王国が尋問するから覚悟しておいて。でも、今はさっさと退避。私は『守る』こと以外の理由では、人殺しなんてしたくないんだ」
ロストロイ夫人のアッシュグレーの瞳は、なぜか歴戦の兵士のように厳しく苛烈だった。思わずアドリアンの背筋を凍らせるほどに。
(ただの貴族夫人のくせに、なんなのだ、この女は!)
恐怖と焦燥と苛立ちを抱え、アドリアンは部屋から逃げ出した。




