52:クリュスタルムの返還11
前半ギル視点、後半オーレリア視点です。
自分でも、オーレリアに対する今の自分の反応がマズイことは理解している。
僕だって彼女の前では常に格好良い男でありたい。
あと優しくて紳士的で仕事や金銭面でも頼れる男でありたいし、エスコートがスマートだとか、乗馬が上手いとか、魔術方面でも出来る男だと思われたいし、そういう僕を見てドキドキして惚れ直してほしいといつもいつも願っている。
オーレリアからの愛情が足りないとはまったく思っていないが、僕ばかり毎瞬毎瞬オーレリアに惚れ直しているので、このままでは夫婦間の愛情の比率が八対二くらいになってしまいそうで恐ろしい。
ちなみに僕の方が八だ。
せめて六対四くらいまでには……ならなそうだな。どうしても僕の愛が重過ぎる。
たった一度、一糸纏わぬオーレリアの姿をうっかり見てしまっただけなのに、ずっと脳裏に焼き付いて離れない。
今この瞬間も、『女神のようだったな』とか『柔らかそうだったな……』とか、浮ついたことを考えてしまう。
そして急に怖くなってしまった。
オーレリアに触れたい、初夜のやり直しがしたいとずっと思っていたが、僕には彼女を幻滅させることなくそれを遂行出来るのか? と。
きっと無様な姿を見せるだろう。
彼女を感動させるような甘い愛の言葉も思いつかず、情けなく黙り込んでしまうかもしれない(あんなに恋愛指南書を読んだはずなのに……!)。
彼女の肌に触れた瞬間、感極まって号泣するかもしれない。世界一格好悪い男に成り下がるかもしれない。
想像するだけで恐ろしく、それでもオーレリアと白い結婚を続行することだけは本当に嫌だ。無理だ。絶望する。
どうして僕は、オーレリアの前ではどんどん格好悪くなってしまうのだろう。
一番良いところを見せて惚れ直して欲しい人の前でこそ、冷静沈着で頼れる男を装っていたいのに。
彼女の前では感情が揺れて、なにも繕えなくなってしまう。
それこそが恋だというのなら、恋とは何て理不尽なのだ。
「ロストロイ団長、壁に向かって項垂れないでくださいよ~!」
夜会会場である大広間から離れた廊下、その石壁に額を押し当てて項垂れていると。部下であるブラッドリーが叫んだ。
もう少し頭を冷やしていたかったのだが。
「すまない、ブラッドリー」
「団長って、奥様の前じゃマジで雰囲気違いますよね」
ブラッドリーの口から今まさに考えていた相手の話題が飛び出してきて、「うっ」と胸を押さえる。
「ロストロイ団長が結婚するって話を聞いた時は俺もビビったし、ほかの団員達も『団長は魔術が恋人で、生身の人間とは結婚しないと思ってた』とか『ギル団長は絶対童貞だから嫁ちゃんの扱いが悪くて、そのうち逃げられちゃいそうでアタシィ心配よぉ』とか言われてたっスけど、奥様となんか面白そうな関係を築いてるんスね!」
「オーレリアに逃げられそうとか、不吉なことを言うんじゃない……! あの人が本気で僕から逃げようと思ったら、追いかけるのは一苦労なんだ! 基本命がけなんだぞ!」
「あ、すげぇ。団長も奥様に逃げられるのが嫌とか考えるようになったんスね~」
「こんな不吉な話はやめよう。それよりブラッドリー、急ぎの報告があると言っていただろう。報告を」
「えぇ~、せっかく団長をからかえる機会で面白かったのにー」
僕が再度急かせば、ブラッドリーはニヤけた表情をやめて、報告書を取り出した。
「えーっと。『霧の森』付近の村で聞き込み調査をしたところ、ペイジ副団長はやっぱり『霧の森』に行ったきり戻ってこないみたいっス。あそこ、村人が二人消えていて、調査に向かった団員が一人消えていて、ペイジ副団長で四人目っスよ。この案件結構ヤバくないっスか」
「……」
「どうします、ロストロイ団長? ラジヴィウ遺跡調査に出ている団員を何人か呼び戻して、『霧の森』に向かわせますか?」
「いや、あのペイジさんが向かっても駄目だったのなら、ほかの団員を『霧の森』に向かわせても仕方がないだろう」
「じゃあ、団長……!」
「人命が掛かっているんだ。僕が動く」
「さすが戦争の英雄、ギル・ロストロイ団長!」
「そして全部終わったら、働いた分の新婚休暇は絶対に延長する!!!!」
「結婚すると仕事の鬼でもこんなにキャラ変するんスね! すげぇ!」
▽
「それで、用事ってなあに、クラウス君?」
「こちらが俺たちトルスマン大神殿の控室なんです。アドリアン大祭司様がオーレリアさんに、クリュスタルム様のことについてのお礼をお伝えしたいって言ってました」
「ええ~。お礼は旦那の方に伝えてくれたらいいのに。私はあの時死にかけてただけだし~」
「えええ!? そんなに大変だったんですかっ!?」
「ラジヴィウ遺跡の竜王の宝物殿は、死の呪いでいっぱいだったよー」
〈妾が頑張って量産したのじゃ! あのアホトカゲをぶちのめすために!〉
〈流石は我の妹だ お前の勇敢さはこの先千年でも二千年でも語り継がれるだろう クリュスタルムはなんと尊く麗しいのだろうか お前のように素晴らしい妹を持てて 兄はとても誇らしいよ〉
〈もっと褒めてなのじゃ兄上ー!!〉
私がクリュスタルムを運び、クラウス君がアウリュムを運ぶ。夜会会場から移動した私たちは、トルスマン大神殿の方たちのために用意されていた控室へと辿り着いた。
控室の前の廊下には数人の祭司たちが居て、私たちを見かけるとすぐに笑顔を浮かべて扉を開けてくれた。
控室の中には応接セットが用意されており、そこにはアドリアン大祭司とそのお付きの祭司たちが私たちを出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、ロストロイ夫人。夫人とは何度も顔を合わせておきながら、なかなかじっくりお話しする機会がなくて残念に思っておりました。今宵は良い機会です。これを機に、リドギア王国とトルスマン皇国の平和についてお話しいたしませんか? 夫人のために様々なスイーツを揃えたのですよ」
アドリアン大祭司はそう言ってテーブルの上を指し示す。
そこには目にも鮮やかなカットフルーツがたっぷり乗せられたケーキから、高級チョコレートやいかにもバターたっぷりのクッキーなどが用意されていた。
たぶん我が国の貴族街で購入したのだろう。
ふぅん。
国が疲弊し、トルスマン皇国の民が飢えているというのに、宗教団体の上層部にはお金があるんだなぁ。
ちょっと白けた気持ちになったが、すぐに心の中で打ち消す。
もしかしたら余裕の無い中で精一杯おもてなしをしようとしてるのかもしれないのだし。あまり悪い方向に考えちゃ駄目だ。
「ぜひ」と私は答えた。




