49:クリュスタルムの返還8
「はい、クラウス君。竹ぼうき。古くなったやつを庭師集団からもらってきました」
「ふぇっ!?」
私が竹ぼうきを渡すと、クラウス君は困惑した表情をした。
「え? え? 竹ぼうきで庭をお掃除するんですか……?」
こてりと首を傾げるクラウス君に、私は言った。
「カラス撃退訓練です」
先日王城の中庭で、クリュスタルムとアウリュムがカラスに襲われた時に思ったのだ。
この子達、キラキラしてるからこれからも野生生物に狙われるだろうな、と。
さすがにドラゴンを追い払うのは無理だろうが、カラスくらいはクラウス君が退治しなければならないだろう。お付きの人間なのだから。
「それで、竹ぼうきなんですか?」
「クラウス君が剣や銃や爆弾が扱えるなら、そういうのでもいいけど」
「いえ、俺、武器の類はなんにも心得がなくて……あの、その、ごめんなさい……」
「謝んなくていいよ! さぁ、竹ぼうきで素振りしよう! カラスを追い払うイメージで!」
シュッシュッと竹ぼうきを振り上げ、カラスを追い払うイメージでスイングする。
クラウス君も私を真似て竹ぼうきを振り回し始めたが、すぐに「これ、結構腕や肩の筋肉を使いますね……」と息が上がっていた。
本日もクリュスタルムを連れて登城したけれど、肖像画が隣国から届いていないので巫女姫選定が中断している。
代わりにトルスマン皇国の大祭司たちは、我が国と交流を深めるためにあちらこちらの催しや施設に顔を出しているらしい。
クリュスタルムに会いたいアウリュムに付き添うために、クラウス君はお留守番とのこと。だからこうして中庭で彼にカラス撃退法を伝授することにしたのだ。
「カラスが一羽の時は一点集中の振り下ろしが有効だと思うけど、群れとの戦いになったら、こう、竹ぼうきをビュンビュン振り回すのがいいと思う」
「わぁぁ! すごい! 早すぎてもはや竹ぼうきが見えないよ、オーレリアさん……!!」
「こうすると残像が見えるよ~」
「竹ぼうきから聞こえる音が、嵐の時の轟音みたい……!」
「さぁ、クラウス君も挑戦しようか」
「ひぇぇぇぇっ!? が、がんば、俺、がんばりますっ……!!」
クラウス君は覚悟を決めて、再び竹ぼうきを構え出した。
「てやー!」「あちょー!」と、頑張って竹ぼうきを振り回すクラウス君を見ていると。
芝生の上に用意されたテーブルでアウリュムとのんびりしていたクリュスタルムが、ぽつりと言った。
〈オーレリアがおれば カラスやトカゲなんぞいつでも爆破で追い払ってくれるのじゃがなぁ……〉
そして自分の発言にハッとしたような声で、クリュスタルムは続けた。
〈そうじゃ! オーレリアも妾の国に来れば良いのじゃ! ギルも連れて来て良いし チルトン家のチビ達も一緒に来れば良いのじゃ! そうすれば……〉
「それは無理だよ、クリュスタルム」
〈なっ なぜじゃ!? 皆で妾の国に来れば 寂しいことは何もないのじゃ!〉
「クリュスタルムが自国を愛するように、私もギルも弟妹達も、このリドギア王国を愛しているし……」
生まれ育ち愛した土地を自分の意志で離れること自体は、そんなに難しいことじゃない。
もっと良い仕事に就きたくて賑やかな都市に引っ越す人もいれば、愛する人と幸せになりたくて辺境の町へ移り住む人だっている。
私だって貴族令嬢として生まれた役目を考えて、ちゃんと自分の意志でチルトン領を離れたのだ。
だからクリュスタルムと一緒にトルスマン皇国へ引っ越すという選択が、この世にないわけじゃない。
だけどその選択を私は選ぶ気はなかった。
「それにね、クリュスタルム。別れが寂しいからと言って一緒に居ようとしても、絶対にお別れが来ないわけじゃないんだよ」
クリュスタルムは、以前の私にちょっとだけ似ている。
大好きな仲間たちと離れることが辛くて、楽しかった過去を思い出にさえ出来なくて、仲間たちの笑顔が脳裏に浮かぶ度に悲しくて。
どうしたらまた皆と一緒に居られるのだろう、と考えた結果が自爆だった。
そして結局ヴァルハラを追い返されるというオチだった。
オーレリアになってからもそのことをずっと引きずっていたし、今でもヴァルハラの皆を恋しく思う気持ちは変わらない。
だけどそれでは駄目だと分かったから、現世を大切にするために寂しい気持ちを封印している。
「クリュスタルムはめちゃくちゃ長生きでしょ。私とギルがクリュスタルム達にくっついて行っても、きみが望むよりも早くお別れが来るよ」
〈それはそうなのじゃが……〉
「歴代の巫女姫たちとだって、別れて来たんでしょう?」
〈あやつらは妾の許可なく 寿退職していくのじゃ〉
「それはおめでたい話だねぇ」
私はクリュスタルムを撫でた。ツルツルでひんやりしてる。
「このお別れを丁寧に扱おうよ。出会えた奇跡に感謝して、一緒に過ごした時間を愛したまま、寂しいねってこの胸を痛めながら別れよう。これが今生の別れかもしれないし、繋がる縁ならきっとまたどこかで繋がる時もあるはずだから。友達として礼儀に則って、お別れしよう」
私は本当はそんなふうに、ヴァルハラの皆とお別れがしたかった。
それを戦争が許してはくれなかった。
けれど今は正しいお別れが許される時代になったのだ。だから私はクリュスタルムときちんとお別れがしたい。
クリュスタルムはしばし沈黙した後、〈……そうじゃな〉と頷いた。
〈オーレリアもギルも妾の友人じゃからな 正しくお別れをすべきじゃな〉




