47:クリュスタルムの返還6
扉を爆破して廊下に出ると、木っ端の中から這い出して来る侍女サラちゃんの姿が見えた。
そしてもう一人、トルスマン皇国の祭司服に包まれた足が、上半分になった扉の下に隠れていた。
やばい、祭司をひとり、完全に巻き込んでしまったようだ。
私は急いで扉の残骸をどかし、祭司の様子を確認する。
このひとは確か、アウリュムの世話係でクリュスタルムもお気に入り判定を出した少年だ。額にタンコブが出来て目を瞑っている。
……大丈夫かなぁ。頭を打つのって、どう考えてもやばいよね?
プラチナブロンドの髪に包まれた少年の頭を揺らさないように様子を確認すると、彼の口から「うぅ……」と唸り声がしてきた。
意識はある。良かった。
少年を医務室まで運んでやらなくては、と考えていると。
木っ端の中から出てきたサラちゃんが大きな声をあげた。
「キィィィ! あたしの自慢の三つ編みがやられたわ!」
「あ、ごめんね。でもショートもさっぱりして素敵だと思う。似合うよ」
「あたしは三つ編みが大好きなのよ!」
爆破の影響で三つ編みが吹っ飛ばされたサラちゃんは、短くなった髪をバサバサ掻き回して燃えカスを落としてから、私に向き直った。
「覚えていなさい、この爆発女! 北の大地で貴女を呪い続けてやるから! 一生妬んで羨んで逆恨みし続けるからね!!」
「うん、わかった。新天地では他人が羨ましくても八つ当たりしないように、頑張ってね」
正論も説教も同情さえも求めていなさそうなサラちゃんに私から言えることなど、新生活のエールくらいだ。
あと私、恋敵に『好きな人を奪われた!』ってひがまれてもダメージとかまったく感じないタイプだしな。
「貴女から応援されてもちっとも嬉しくないのよ! あたしだけは絶対に、貴女がロストロイ様の妻だなんて認めないんだからぁぁぁ……!!」
サラちゃんはそう叫びながら、扉の破片を乗り越えて走り去っていった。どうぞお達者で。
「さて、この子を医務室まで運ばないと」
爆破音を聞いてやって来たらしい衛兵の姿が見えてきた。
医務室と、それからお手洗いの場所を聞こう。
……扉を爆破したこと、あんまり怒られないといいんだけど。
▽
衛兵が「うら若き女性に男性を運ばせるわけにはまいりません」と言うので、それもそうかと思い、少年祭司を医務室へ運んでもらうことにする。
私、一応伯爵夫人だもんなぁ。あんまり誰彼構わず運ぶのは体裁が悪いから、お姫様抱っこするのはギルだけにしておこうっと。
あと、ついでにお手洗いの場所も衛兵に聞いておく。
お手洗いを済ませると、医務室へ向かう。
ノックをすればすぐに医師の補佐をしている女性が出てきて、少年祭司のもとまで案内してくれた。
少年祭司はベッドに横たわっていたが、すでに目を覚ましていた。
医者からすでにタンコブの手当を受けており、額に包帯を巻いている。
「体の具合はどうですか?」
少年祭司にそう話し掛けると、彼はハッとしたように私を見上げた。アクアマリンのような透き通った水色の瞳がまるくなっている。
「はわわわ!? ロストロイ夫人、貴女こそお体の具合は大丈夫なんですか!? さっきの爆破に巻き込まれて……!! あの爆破は室内からだったよね!? もしかして、あの侍女が貴女を監禁した挙句、爆破物を仕掛けたの!? あのひとは!? ちゃんと衛兵に捕まえてもらった? あのひとはしかるべき罰を受けるべき……」
「あの、説明するんで落ち着いてください。えーっと、お名前は何でしたっけ?」
「あ! はわわわわ! 自己紹介もまだだったのに、ごめんなさい! 俺、クラウスと申します」
というわけでクラウス君に、ざっくりと事の経緯を説明する。
あの爆破はサラちゃんではなく私の魔術だと言ったら、大層驚かれた。
「ロストロイ夫人は、魔術をお使いになるんですね。すごいなぁ」
「まぁ、それほどでも」
爆破魔術オンリーですし。
「爆破に巻き込んでしまって本当にすみませんでした。それで、痛い所とか吐き気とかってありますか?」
「今のところは、額のタンコブが痛む程度で問題はないですよ。お医者さんからは、念のため一晩医務室に泊まるように言われちゃいましたけど。被害者のロストロイ夫人が気に病むことはないです。
それより、犯人の侍女はどうなったのですか?」
「彼女はすでに罪人として断髪され、北の大地で終身労働になりました」
「そっかぁ。それなら安心です」
クラウス君はそう言ってホッと息を吐く。
サラちゃんは罪人として捕まっていないけど、まぁ結果はあんまり変わらないだろう。裁判にかけても強制労働行きだろうし。
クラウス君も話しているうちに段々と顔色が良くなってきた。
頭を打っているからまだ気は抜けないけれど、これ以上私が傍に居ても仕方がない。あとは医者が見ていてくれるし。
「じゃあ、また明日様子を見に来ますね。クラウス君、お大事に」
「はっ、はい。ロストロイ夫人もお気を付けて」
医務室を退室し、クリュスタルムの居る部屋へ戻ろうとすると。
「オーレリア……!」
「え、ギル!? どうしたの?」
慌てた様子でこちらに向かって走ってくるギルとかち合った。
ギルは額に滲んだ汗を拭う間もなく、私の両肩を掴み、腕や腹部や背中を確認してくる。
なんだこれ。
「どうしたのって、爆破で怪我をして医務室に行ったんじゃないんですか!?」
「へ?」
「貴女の焔玉のピアスには『居場所探知の魔術』が……、あっ!!」
どうやら『居場所探知の魔術』で私が医務室に居ることに気が付き、何かあったのかと走って来てくれたらしい。
最初からバレていたストーカー行為ではあったのだが、焦り過ぎて自ら暴露してしまったギルである。
銀縁眼鏡の奥の黒い瞳がものすごい勢いで泳いでいた。
「あの、その、えっと……」
「あのね、ギル。師匠が弟子の魔術の痕跡を見落とすわけないでしょ?」
「つまりオーレリアは……」
「最初から知っていたよ。知っていてギルの重い愛をぶら下げてるんだよ、ほら」
そう言って、私は耳元の真っ赤なハートのピアス見せてやる。
「私は女性にしては結構力持ちだから。ギルの体重や愛情くらいなら余裕で抱えられるから、安心して身を委ねていいよ」
「お、オーレリア……! 嬉しいです! ありがとうございますっ!! 貴女に引かれたらどうしようかと思っていたのですが……!」
「引いたところで追いかけてきそうな奴が何を言ってるんだ」
「それはそうなのですが。貴女に引かれたらやっぱりショックは受けますし。あと、オーレリアが逃げたら、捕まえるのは本気で大変そうですし」
「そっか」
まったく、可愛い旦那様なんだから。
こうしてギルを受け入れちゃうくらい、私はギルが大好きなんだろう。
クリュスタルムの居る部屋へ戻る道すがらに、医務室へ行くことになった経緯をギルに話しておく。
ギルは「では、北の大地へ向かった元侍女に扉の修理費を請求しておきましょう」と、真っ黒な微笑みを浮かべた。
それから爆破に巻き込んでしまったクラウス君については、「帰りに見舞いの品を選びに行きましょうか」と言ってくれた。
私の旦那様、優しい。




