5:チルトン領②~一ツ目羆をぶっ倒せ!~
貴族と言えば、ノブレスオブリージュ。ノブレスオブリージュと言えば奉仕活動。
というわけで、十歳のある日、私はチルトン領の教会併設孤児院へ慰問にやって来た。
「オーレリアお嬢様って、爆弾魔なの?」
「俺は発破技師だって聞いたぜ。オーレリア様はまだ十歳なのに肉体労働してて、すげぇなぁ」
「僕は花火師だって聞いたよ。ねぇ、本当は花火師なんでしょ?」
「貴族のお嬢様って大変なのねぇ。メアリーは工事現場の親方になるより、お菓子屋さんになりたいわ。だってお菓子って可愛いもの。メアリー、庶民で良かったわ」
「メアリーはお菓子屋さんになりたいんだね。素敵だと思うよ」
子供達に好き勝手言われ適当に相槌を打ちながら、皆で森を越えた先にある野原に向かう。春になったので、野原で野苺を摘む予定だ。私の護衛や侍女も同行しているので、たくさん収穫出来るだろう。
野苺はそのまま食べたり、ジャムに加工してバザーに出したりする。砂糖は安いものではないけれど、チルトン家からたくさん持ってきたので問題ない。
野原に着くと、私は子供達と一緒に「わぁー」とか「きゃー」とか声をあげながら走り回って追いかけっこをする、という儀式に参加する。なぜか野原に着くと子供達が毎回やるので、私も郷に従うのである。
護衛や侍女は諦めたような表情をして私を見ていたが。
それから皆で野原に大の字になって寝転び、春のぼんやりとした水色の空を見上げ、体を休める。
そして子供達のテンションが普段通りになった頃に、「よし、始めようか」と声を掛けて、ようやく野苺詰みが始まるのだ。
皆で黙々と木苺を摘んでいると、メアリーが「あ!」と大きな声を上げた。
「どうしたの、メアリー?」
「今日着けていた白い貝殻のイヤリングを、どこかで落としちゃったみたい! どうしよう、オーレリアお嬢様……」
話を詳しく聞くと、以前チルトン領の漁港で拾った白い貝殻を、シスターに頼んでイヤリングにしてもらったものらしい。ハンドメイドなんだね~。
「すごくお気に入りのイヤリングだったの……」
「もしかしたら、さっき野原で駆け回った時に落としちゃったのかもしれないね。じゃあ全員、木苺を摘みつつ、イヤリングが落ちていないか捜索してみよう」
「「「はーい」」」
しかし野原中を捜索したが、イヤリングは見つからなかった。
「どうしよう。すごく可愛いイヤリングだったのに」
「また貝殻を拾いに漁港に行った方が早いんじゃねーか?」
「次はもっと可愛い貝殻が見つかるわよ、メアリー」
もうバスケットに山盛り木苺を摘んでしまったので、イヤリングの捜索は諦めて、孤児院へ帰ることにした。
「もしかしたら野原じゃなくて、行く途中の道でイヤリングを落としたのかもしれない。皆、帰り道もよく見て帰ろうね」
「「「はーい」」」
皆で森の中の道をゆっくりと歩き、白い貝殻のイヤリングを探しながら帰っていくと。
メアリーが突然声を上げた。
「あった! 白い貝殻のイヤリングがあったわ、オーレリアお嬢様!」
「え。どこ?」
「ほら、道の先に! 大きな熊さんがメアリーのイヤリングを持っているのが見えるわ!」
地面ばかり見ていたので、慌てて顔を上げて森の前方に視線を向ければ。
冬眠明けの一ツ目羆が、白い貝殻のイヤリングを鋭い爪先で持って、道の真ん中に立っていた。
一ツ目羆は、顔の半分近くもある巨大な目が特徴の羆である。
体長は一八〇㎝近くもあり、強力な鉤爪や太い四肢を持つ、人間の天敵だ。
普段は人間の暮らす場所までは下りてこないが、野原の野苺に誘われて来てしまったのかもしれない。
仕方がない。爆破するか。
私は両手を翳し、魔力を込めて空中に魔術式を描き出そうとすると。
メアリーが横から言った。
「オーレリアお嬢様、メアリーのイヤリングは壊さないよね?」
「……んっん~~。壊しちゃうかも……」
「絶対いや。イヤリングは壊さないでね!」
イヤリングを壊さないように爆破するのはちょっと難しいなぁ。
何か他に方法がないか、私は周囲に視線を走らせる。
「あっ! オーレリアお嬢様、熊さんがこっちに走ってきたよ!」
「熊さん、足すっごく速いねぇ」
子供達ののんびりとした実況に私は慌て、護衛から銃を引ったくる。
「ごめん、コレ借りるから!」
銃に即席の魔術式を組み込み、一ツ目羆に銃口を向ける。
即席魔銃なので打てるのは一発限り。さくっと仕留めないといけない。
一発で狙うのなら、やはり急所だ。眉間から脳へ魔弾を貫通させれば、爆破魔術が脳内で発動するはず。
私はこちらに向かって走ってくる一ツ目羆の眉間を狙……、あれ? 目玉が一つだけだと眉間はどこになるんだ?
悩んでいる内にどんどん一ツ目羆との距離が縮まってくる。
えーい、ままよ!
もし一発で仕留められなかったら、爆破しちゃおう。イヤリングが壊れたらメアリーに謝って、また漁港で貝殻を探せばいいだろう。
ということで、私は適当に魔銃をぶっぱなす。
ドォォォォン……ッ!!
魔銃から放たれた銃弾が、上手いこと一ツ目羆の巨大な目を撃ち抜き、そのまま脳へと貫通して、爆破魔術が発動した。
脳を破壊された一ツ目羆は、そのまま後方へと倒れ込み、メアリーのイヤリングは無事に回収された。
ふぅ~、一件落着である。
動いている獲物を撃ち抜くなんてベテラン猟師でも難しいのに、私、頑張った。
「お父様~、結局事後報告になっちゃってごめんなさい~。領地に一ツ目羆が出たので仕留めましたー」
「オーレリアぁぁぁ、怪我はないか!? 領民も無事か!?」
「大丈夫です。私も領民もみんな無事です! 春先なので冬眠明けの一ツ目羆がこれからも民家の方にさ迷ってくるかもしれないので、見回りの回数を増やした方がいいですよ」
「そうだな。兵に話しておこう」