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【コミック3巻6/14発売】前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第3章

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46:クリュスタルムの返還5

後半に三人称があります。



「貴女なんてロストロイ様に相応しくないわ! 例えロストロイ様ご本人が貴女を認め、世界中が貴女を祝福しようとも、この世界であたしだけは貴女がロストロイ様の結婚相手であることを受け入れないんだからぁぁぁ!!」


 固く閉ざされた扉の向こうから、若い女性の、魂の籠った叫び声が聞こえてくる。

 私は鍵をかけられた部屋の中で佇み、しくじったなぁと思った。


 ここまでの簡単な経緯を説明しよう。

 今日も今日とてクリュスタルムの保護者として登城し、巫女姫選定をしているクリュスタルムとトルスマン皇国大神殿の人たちの様子を眺めながらお茶をしていたら、お手洗いに行きたくなった。

 なので、いつもの三つ編みの侍女に案内を頼んだら———お手洗いとはまったく関係ない部屋に案内されて閉じ込められたのである。


 そして現在三つ編みの侍女は、廊下の方から犯行理由を叫んでいるというわけだ。


「……貴女がギル推しなのは分かったから、取り合えずお手洗いの場所だけ教えてくれないかな?」

「教えるわけないでしょ! 貴女なんて淑女としてそこで終わればいいんだわ!」


 どうしてギルに恋する女性というのは色々と癖が強いのだろう。ナタリージェ様もそうだったし。

 ナタリージェ様は今でも嫌がらせで、ノンアル飲料を私宛に送りつけてくるんだよなぁ。仕方がないから使用人に『ご自由にどうぞ』ってあげてるけど。

 どうせ送ってくれるなら、ラジヴィウ公爵領の銘酒とかくれないかなぁ、ナタリージェ様。


 あれ? もしかすると私も『ギルに恋する癖の強い女性』の内訳に入っているんだろうか?


「こんなことはやめるんだ。貴女が犯罪を犯せば、田舎のお母さんが泣いちゃうよ。今ならまだ、私の胸のうちだけに留めておけるから」

「あたしの実家、王都だけど!? あとうちの母親、毒親だから大っっっ嫌いなの!!」

「人情に訴える作戦は失敗かぁ。うーん、じゃあ、せっかく王城で働いてるのにこんなことをしたら首になっちゃうよ~。すごく勿体無いと思うな~」

「お生憎さまっ! そんなことは承知の上よ。もうすでに城には退職願を出していて引継ぎも終わって、あたし、今日付で辞めるの。そして北の大地へ行って、ジャガイモ農家に住み込みで働くことになってるの!」


 変な方向で用意周到な女性だなぁ。


「私にこんなことをしても、ギルは貴女のものにはならないよ」

「それこそ百も承知よ! 毎朝毎朝イチャイチャと廊下で別れのあいさつをして! 遠距離恋愛かっつうーの!!」

「え? そんなにイチャイチャしてたかなぁ? 他人から指摘されるとちょっと照れるね……」

「ムカツク!! マジでムカツク!! ずるい! ねたましい! うらやましい!」

「いや、でもそれ、ただの逆恨みじゃん?」

「そうよ、逆恨みよ! 逆恨みのサラとはあたしのことよ!!」


 サラちゃんっていうんだ、この侍女。

 あまりにきっぱりと自らの逆恨みを認めるので、なんだか気が抜けてきた。


 さて、こうしてダラダラ喋っているわけにもいかない。お手洗いに行きたい。

 あんまり城内で爆破はしたくなかったけど、今回は私は被害者だから、扉を破壊するくらいなら陛下も許してくれるだろう。

 許してくれなかったら、まぁ、ギルからたくさんお小遣い貰ってるから弁償出来るし。


 ……あれ、今月いくらお小遣い残ってるっけ?

 チルトン領で色々お土産買っちゃったし、王都に帰ってからも魔術書大量に買っちゃったから、えーっと……。

 うん! ギルにお小遣い前借すれば大丈夫っ! うちの旦那様太っ腹だから!


 私は両手を前にかざし、魔術式を展開しようとして——……。


「はわわわわ!? そこの侍女、ロストロイ夫人に何をしてるの!?」


 廊下側から、どこかで聞いたような気がする少年の声がした。





 ロストロイ夫人が侍女と共に退室した後、クラウスはアドリアン大祭司より指示を与えられた。

 すなわち、「ロストロイ夫人のあとを追いかけて、篭絡して来い」と。


 トルスマン皇国の未来がかかった任務だ。

 クラウスの覚悟はすでに出来ていた。

 「ひゃいっ!」と舌を噛みつつ答えると、クラウスは静かに部屋を退室した。

 扉を閉める前にクリュスタルムが〈やはりこの肖像画はチェンジじゃ!〉と言い、アウリュムが〈我が妹の望むとおりにしろ〉と祭司に指示を出しているのが聞こえた。


(えーっと、ロストロイ夫人はお手洗いの方角だったよね……)


 まずは夫人に挨拶をして、共通の話題であるクリュスタルムのことを話して、それから中庭に出て一緒に散歩が出来れば完璧だが。初めて会話するのだから散歩までは無理かもしれない。

 相手は警戒心の高い貴族女性だから、身内以外の男性とはそんな親し気な真似はしないだろう。しかもロストロイ夫人は十六歳とはいえ、既婚者だ。

 そして自分には女性の警戒心を乗り越えられるだけの話術はない。あるのは『天使のようだ』と可愛がられる甘い美貌だけだ。

 この顔だけでロストロイ夫人の警戒心がほぐれればいいのだが。


(今日はまず、ロストロイ夫人に俺の顔と名前を覚えてもらうこと。それを目標にしよう)


 とりあえす小さな目標を立てたクラウスは、廊下をどんどん進んで行った。


「貴女なんてロストロイ様に相応しくないわ! 例えロストロイ様ご本人が貴女を認め、世界中が貴女を祝福しようとも、この世界であたしだけは貴女がロストロイ様の結婚相手であることを受け入れないんだからぁぁぁ!!」


 そんな激しい女の主張が、突然クラウスの耳に聞こえてきた。


 慌てて声のする場所まで駆けていくと、ロストロイ夫人をお手洗いまで案内しているはずの侍女が空き部屋の扉の前に居た。

 大人しい雰囲気だったはずの侍女は鬼のような形相をし、部屋の鍵と思われるものを振り回しながら叫んでいる。


 侍女の主張は聞くに堪えないような身勝手なもので、クラウスはとても驚いた。


(つまりあの侍女はロストロイ夫人を逆恨みして、彼女をあの部屋へ閉じ込めたってこと!? えええ!? なんてひどいことをするんだろう!?)


 愛の無い結婚を強いられ、伯爵からは妻として扱われていないあの十六歳の少女に、逆恨みでそんなことをするなんて……。

 クラウスの勘違いによる同情は、さらに深まって行った。


 クラウスは侍女の前へと飛び出した。


「はわわわわ!? そこの侍女、ロストロイ夫人に何をしてるの!?」


 侍女は驚いたようにクラウスを見上げる。


「きみは平民でしょう!? ロストロイ夫人にこんなことをしたら、ただでは済まないんだよ!?」

「それは百も承知なの!! あたしの残りの人生をすべて棒に振って、ジャガイモ畑に日々を費やして毎日三食ふかしイモでもいいから、あの女に嫌がらせをしてやりたいの!! ぎゃふんと言わせないと気が済まないの!! 勝ち組ムカツク!!」

「はわわわわ!? 何言ってるの、きみ!?」


 クラウスは侍女の言葉にただ困惑するだけである。

 彼は実にまっとうな感性を持つ祭司なので、嫌がらせのためならどこまでもアグレッシブになれる侍女の気持ちがまったく分からなかった。


「個人的にサラちゃん面白い子だなって思うけど、ごめんね。私、お手洗いに行きたいから大人しく監禁されていられないんだ」


 扉の向こうから、閉じ込められているロストロイ夫人の声がした。


「ちょっと危ないから、扉の前から離れてね~」


 閉じ込められた貴婦人とは思えないような呑気な声が聞こえたかと思うと———……。


 ドッカーン!!!!


 吹っ飛んできた扉の破片で頭を打ち、クラウスは気絶した。


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