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45:クリュスタルムの返還4

三人称です。



 クラウスは十歳を超えた頃からトルスマン皇国大神殿で暮らし、十七歳の現在は祭司として生活をしている小柄な少年だ。

 彼の主な業務は、豊穣の宝玉台座部分である『国宝アウリュム』のお世話係である。ある日クラウスを見かけたアウリュムが直々に声を掛けて、その地位に納まることになったのだ。

 祭司としての地位の高さや、ふわふわのプラチナブロンドと神話に登場する天の使いのように甘く整った容姿のせいで、クラウスは様々な年齢の女性から好意を寄せられる。

 だがクラウスは内気な性格をしているため、女性からの好意に尻込みばかりしている。

 彼はそんな気弱な十七歳の少年祭司であった。


 そんな気弱なクラウスに苦難をもたらしたのは、トルスマン皇国大神殿で最も上の位に就く大祭司・アドリアンであった。


「はわわわわわ……っ! お、俺がロストロイ夫人を篭絡、ですか……!?」

「そうだ。やってくれるな、クラウス?」

「むむむむ無理です……! 俺が、じょ、女性を篭絡するだなんてっ! そもそもどうして、ロストロイ夫人を篭絡しようなどという話になったんですか、アドリアン様……!?」


 クラウスの指摘は尤もだった。

 オーレリア・バーベナ・ロストロイ夫人は、クリュスタルムを竜王の宝物殿から保護してくれた恩人のひとりだ。

 彼女に恩こそあれ、篭絡などという不穏な行いをしていい相手ではない。恩を仇で返すような行為である。

 そして自分たちは敗戦国の人間で、戦勝国であるリドギア王国の貴族の不興を買うわけにはいかなかった。


 クラウスがそんな真っ当なことをしどろもどろに伝えれば、アドリアン大祭司は「そのようなこと、お前に言われずとも分かっておる」と、面倒くさそうに言った。


 この部屋に居るのはアドリアン大祭司やその補佐の祭司たちだったが、皆一様に怖い表情をしてクラウスを見つめる。


「私たちだって、憎きリドギア王国の女など欲しくはない。奴隷として扱うならまだしも、巫女姫として崇めるなど身の毛がよだつ。……だがこのままでは、クリュスタルム様が気に入ってくださる巫女姫が、一人も見つからぬかもしれんのだ」


 七十歳をとうに超えたアドリアン大祭司が、ため息混じりにそう言った。


 アドリアン大祭司は戦時中も「リドギア王国の地にトルスマン大神殿の経典を広め、邪教徒を征服するべきだ」と発言し続けた戦争推進派の一人だった。

 彼が未だ大祭司の地位に就いていられるのは、終戦直後に大祭司を処刑すればトルスマン皇国民の荒れた人心を抑えることが出来ない、という判断をリドギア国王陛下が下したためであった。

 その後アドリアン大祭司は表では滅多な発言はせず、リドギア王国に対しても従順な態度を見せていたので、見逃され続けてきたのだ。


 クラウスはアドリアン大祭司の差別発言に一瞬眉をひそめたが、結局勇気がなくて口をつぐんだ。

 代わりに口に出来たのは別のことだ。


「どうしてですか!? 本国に帰ってから、巫女姫選定の呼びかけを国中の女性にすれば、きっと……!」

「戦後十六年経った今も賠償金支払いのために民には多くの税が課せられ、貧しい暮らしをしている。男児ならば労働力として育てる家も多いが、女児は口減らしに売りに出されているのが実情だ。そしてクリュスタルム様が望まれるような美しい少女は、そのほとんどが十四、五歳になる前に嫁に出されてしまっている。巫女姫選定を呼び掛けて集まる女性の数は、昔よりもずっと少ないのだ」


 アドリアン大祭司の言葉に、クラウスは絶句した。

 クラウスは大神殿でアウリュムの世話に追われていて、民の実情をきちんと把握出来ていなかったのだ。


「だからクラウス、ロストロイ夫人を篭絡するのだ」


 アドリアン大祭司が再度クラウスに命じた。


「クリュスタルム様はあの女のことを気に入っていらっしゃる。あの女を巫女姫としてトルスマン皇国へ連れて行こう」

「だけどそんなこと、夫のロストロイ魔術伯爵様が承諾してくださるでしょうか……? 夫人ご本人のお気持ちも分からないですし……」

「だから『篭絡』だと言ったのだ、クラウスよ」


 アドリアン大祭司の説明はこうだった。


「ロストロイ夫人はまだ十六歳の少女だ。魔術伯爵様は三十二歳と年上で、その年の差は十六。そして結婚しているというのに夫人がまだ生娘ということは……、二人の間に男女の愛などない。おおかた、伯爵の方が男色家なのではないか?

 自分の年齢と同じだけ年が離れた男に嫁ぐだけでも普通の十六歳の少女には辛いだろうに、夫から顧みられることはないだなんて、あまりにも可哀そうではないか。お前もそう思うだろう、クラウス?」


 アドリアン大祭司はもちろん本気でそう考え、口にしていた。彼の周囲にいる祭司たちも「うんうん」と深く頷いている。

 一般的な感性でロストロイ夫婦の関係を見ると、そのように邪推してしまうらしい。


 そしてクラウスもロストロイ夫人に同情の念が湧き、心苦しそうな表情を浮かべた。


「……それは確かに、お可哀そうだとは思いますけど」

「そんな哀れな女の心を慰めるのがお前の役目だ、クラウスよ。お前は十七歳と年が近く、そして女性から好かれる明るい容姿をしている。お前が優しくしてやれば、リドギアの女などコロッとお前に惚れるだろう」


 アドリアン大祭司は本気でそう考え、クラウスの肩をポンっと叩いた。


「あの女がお前に惚れれば、自らトルスマン皇国へ来たいと願うだろう。そこからは我々大人の仕事だ。リドギア王国国王陛下に直談判し、お前と夫人の間には『真実の愛』があるのだと訴え、お心を動かそう。あの女をロストロイ魔術伯爵と離縁させるのだ」

「そっ、そんなことが本当に出来るんでしょうか……? 魔術伯爵様から冷遇されていても離縁されていないところを見ると、生家に利のある政略結婚だと思うんですけど……」

「ロストロイ魔術伯爵様と、あの女の生家に、幾らか賠償金を支払わねばならないだろうな……。だが、クリュスタルム様さえトルスマン皇国へ来てくだされば、国はまた栄えるだろう。すぐに損失は取り戻せる。問題は無い」


 本当にそうなんだろうか……、と思いつつ、クラウスは返事をためらった。


 ロストロイ夫人が可哀そうな結婚をしていて、ロストロイ魔術伯爵と夫人を離縁させても何とかなるとして。

 自分は女性に心にもない言葉で口説いたりすることが出来るんだろうか?

 もし夫人が本当に自分のことを好きになってくれて、トルスマン皇国へやって来てくれたとして。自分は責任を取って結婚してあげられるんだろうか?

 自分に彼女への愛が生まれないのなら、きっとロストロイ魔術伯爵様との結婚の時と同じだけ辛い想いを彼女にさせてしまうかもしれない。


 そんなことを考えてしまうと、クラウスはなかなか返事が出せなかった。


「いい加減に覚悟を決めるのだ、クラウスよ!」


 アドリアン大祭司が地を這うような低い声を出した。


「すべてはトルスマン皇国を豊かにし、民を幸福にするためだ! 腹をくくれ!」


 自国を豊かに。そして民を幸福に。

 それはクラウスが大神殿に入ってからずっと、神に祈り続けた願いだった。


 アドリアン大祭司はそのことを理解していたから、あえてその言葉でクラウスを煽った。

 そしてクラウスは見事引っ掛かり、覚悟を決めた表情を浮かべる。


「……はい。分かりました、アドリアン様」


 クラウスは答え、そして決心した。

 ロストロイ夫人を篭絡し、巫女姫としてトルスマン皇国へ来てもらおう。

 そして、いくら冷遇する夫であっても離縁させてしまうのだから、責任を持って彼女と結婚しよう、と。


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