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【コミック3巻6/14発売】前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第2章

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41:チルトン領の朔月花祭り9



 ギルはヤマタノオオガメが破壊してしまった箇所を、土魔術でちゃちゃっと直してきたらしい。

 一緒に付いていったお父様や、自力で復旧作業をしようとしていた領民達から、ギルは称賛の嵐を受けた。

 私もとても誇らしい気持ちになり、いっぱいギルの頭を撫でてあげた。


 それから数日、私はギルをチルトン領の色んな場所を案内した。

 漁港から船に乗り、沖でクラーケンを釣り上げて食べたり。一ツ目羆と闘った森でピクニックをしたり。教会を案内して子供達と遊んだり。

 クリュスタルムが私達に同行したのは最初の一日だけで、あとは弟妹達と遊んでいてくれたので、ギルとイチャイチャ出来て満足だ。


 ギルはいつのまにか私のお母様とも仲良くなり、


「いいですか、ギル殿。まずは全裸になり、ケモミミを装着して、獲物が来るのをひたすらベッドで待つのです。これが夜這いの秘訣です」

「その場合どのような種類のケモミミがいいのでしょうか、お義母様?」

「やはり麒麟(キリン)でしょう。その神々しさに、聖人のような心を持つ子が生まれてきてくれそうですから」

「さすがお義母様、目の付け所が違いますね。実に勉強になります」


 などとコソコソ話し合っていた。


 ギルよ、お母様の夜這い方法は全戦全敗の必敗法だから、聞いても意味がないぞ。

 ちなみに麒麟の耳って、どんなやつだったっけ?


 観光以外では、チルトン領広報課の『チルトン領のおたより』から、「『今月の新婚さん』コーナーに載せたい」と言われ、取材を受けたりもした。


 実にのんびりとチルトン領を満喫した。





 そして、朔月花祭りの当日の夕暮れがやって来た。

 私とギルはチルトン家の皆と一緒に馬車に乗って、お祭り会場に向かう。


 会場にはたくさんのランプが吊るされ、橙色の炎が夏の夜を彩っていた。今夜は新月だから余計にランプの明かりと星の輝きが目立って綺麗だ。

 設営されたステージには、この日のために呼ばれた楽団と歌姫が準備をしている。

 端の方にあるテーブルには飲食が用意され、ジュースやお酒、串焼きなどの軽食が並んでいる。係りの人が配っているそれらを、子供も大人も嬉しそうに受け取っていた。


 多くの領民が会場に集まった頃には、先程まで夕暮れの色だった空もすっかり夜の色に染まっていた。

 一番星が輝き、夏の星座が姿を表していく。

 どんどん新月の夜になっていく空を見上げながら、皆口々に「もうそろそろ時間だね」「今年も綺麗に咲くと良いな」と言い合っていた。


 そんなお祭り前のひと時に、「キャア!」と叫び声が聞こえてきた。


「キャァァァ! ヤマタノオオガメが山から下りて来たわ!」

「せっかくの祭りの晩だというのに、このままでは群生地が荒らされてしまう!!」

「朔月花が駄目になってしまうぞっ!」


 山の方から木々が薙ぎ倒される音が聞こえ、朔月花の群生地にヤマタノオオガメの巨大な姿が現れた。


 八つの首から伸びるオオガメの頭には、どこか眠たげで穏やかそうな瞳がついていた。

 領民達が混乱し、大声をあげながら逃げまどっているのを、オオガメは不思議そうに眺めている。


「運悪く迷い込んじゃったみたいだねぇ」

「敵意はまったくないようです」


 人間を襲う気はまったくないようだが、このままお祭り会場を横断して破壊されても困る。

 せっかくお父様や領民達が頑張って開催させようとしたイベントなんだから。


「さ~てと! じゃあ久しぶりに、私がチルトン領を救っちゃいますか!」


 私は腰に両手を当て、胸を張ってそう言うと。


「止めるのだ、オーレリア!! ヤマタノオオガメは討伐対象外生物だ!! やつを爆破すれば生物愛護団体がしゃしゃり出てくるぞ!!」

「お父様のおっしゃる通りです、オーレリアお姉様! ヤマタノオオガメ信仰のある地域からもクレームの手紙がわんさかと来てしまいますよ!」

「過激派希少生物保護組織の連中に目をつけられたら、マジのマジのマジで俺達の生活がヤベェです、オーレリア様ぁぁぁ!!」


 お父様と十一歳の弟、そして領民から駄目出しを食らった。

 ヤマタノオオガメって、扱いが大変だなぁ。


 私が遠い目をしていると。

 ギルが私の肩を支えてくれた。


「では僕が」


 ギルはそう言って、素早く片手で魔術式を空中に展開し始める。


「ヤマタノオオガメを眠らせましょう。———睡眠魔術」


 展開された魔術式から虹色の靄が現れ、ヤマタノオオガメを包み込む。

 虹色の靄が晴れた時には、すでにヤマタノオオガメが眠った後だった。


「睡眠の効果は二十四時間です。明日の午前中にでも、ヤマタノオオガメを人家のない場所へ運べば大丈夫でしょう」

「さすがはギル君。実に鮮やかな手腕だったぞ!」

「すごいです、ギルお義兄様! これで生物愛護団体からも過激派保護組織からも、目を付けられずに済みましたね!!」

「ロストロイ様のお陰で、俺達の生活が守られたぞぉぉぉ!!!!」


 チルトン領、もはやギルのファンクラブみたいになってきちゃったぞ。


 私が笑ってギルのことを見ていると、ギルは嬉しそうに顔を近づけてきた。


「僕は貴女の代わりに、貴女が守りたかったチルトン領を救えたでしょうか?」

「もちろん! 完璧ですよ、私の旦那様」





「オーレリア、見てください。開花が始まりますよ」

「うん」


 ようやく朔月花の開花が始まった。


 クリュスタルムの力で実った蕾が、一斉に花開いていく。

 開花した朔月花の花びらはまるでガラスのように薄く透明で、その花脈は銀色だ。花の中心にある雄しべと雌しべが発光し、白銀に輝いている。

 すべての朔月花が花開くと、群生地はまるで地上に広がった天の川のようになった。

 光り輝く朔月花の群れが夜風に揺れ、光の波がさらさらと広がっている。

 思わずため息が出るような、美しい光景だった。


 いつもはお喋りな領民達も、花開いた朔月花の前では静かになってしまう。

 誰もが息を潜めて、夏の新月にだけ訪れる神秘を見守っていた。


 しばらくすると、お父様がステージに上がった。


「領民達よ。今年の『朔月花祭り』の開催を、私オズウェル・チルトンがここに宣言する。今夜はぜひ楽しんでいってくれ」


 お父様の遠くまでよく通る声が、お祭りの開催を宣言する。

 その途端に、止まっていた時間が動き出したように領民達が歓声をあげた。


 ステージでは演奏が始まり、ダンススペースでは年配の夫婦達が踊り始める。

 小さな子供達が笑い声をあげながら朔月花の群生地に向かって駆けていき、私の弟妹達もクリュスタルムを連れて、「クーちゃんを飾る花冠を、朔月花の花で作りましょう」と乗り込んでいった。

 そして今夜の主役である若者達が、一組ずつそっと群生地の中へと消えていく。

 真っ赤な顔をしたメアリーが、一人の少年と群生地に入っていく姿も見かけた。ぴゅ~ぴゅ~。


「ぼっ、僕達も! 花を近くで見に行きましょうか!?」

「うん」


 群生地へ一歩足を踏み入れると、どこまでも白銀に光る花が続いている。

 まるで星の絨毯のようだなと私は思った。


「一夜限りしか咲かないなんて、本当にもったいないよね」

「……」

「毎晩咲いていれば楽しいのに」

「……」

「でもそうすると珍しいものでは無くなるから、お祭りの機会が一つ消えちゃうか。残念だね」

「……」

「ねぇギル、なんでずっと無言なわけ? 花に感動し過ぎて声が出ないとか、そういう感じですか?」

「オーレリア……ッ!!」


 ギルが突然、その場に跪いた。


 無数に咲く朔月花の光に下から照らし出されて、ギルはキラキラと輝いていた。

 まるでおとぎ話に出てくる、お姫様に忠誠を誓う黒騎士のようだ。

 まぁ、ギルは騎士ではなく魔術師なんだけど。


「どうしたの、ギル? 膝が汚れるよ」


 起こしてあげようとギルに片手を差し伸べれば、彼は両手で私の手を握った。


「どうか僕と結婚してください、オーレリア」


 『はぁ?』と言いそうになった口を慌てて閉じる。

 結婚してくださいって言われても、もう私達結婚してるじゃん? そう思った自分を封じ込めておく。

 決して表情にも出してはいけない。


 今はギルに対して、たった一言でも答えを間違えてはいけない瞬間だと、自分の直感が言っていた。


「バーベナとしての貴女と結ばれることは叶いませんでした。なので今度こそ、オーレリアとしての貴女と生きる人生を、僕は何一つ取り零したくありません。

 どうかオーレリアとしてのこれから先の人生を、僕と共にしてください。そして共に命が尽きたあとも、ヴァルハラで夫婦として暮らしましょう。

 僕と結婚してください、オーレリア」


 ギルはやり直そうとしているのだ。私達の始まりを。

 見合いをすることもなく、婚約者として心の距離を縮める時間も作らず、ただ結婚してしまった私達の始まりを、———プロポーズから。


 嬉しいな。

 プロポーズされたいとか別に考えてなかったけど、ギルがこうして一生懸命考えて、このお祭りの夜に伝えようとしてくれたことが、嬉しくてたまらない。


「はい。プロポーズをお受けします!」


 私はそう言うと、ポケットに手を突っ込んだ。

 そして数日前に編み上げていた、黒とアッシュグレーの組紐をギルに渡す。

 まさか用意されているとは思っていなかったのか、銀縁眼鏡の奥のギルの瞳は丸くなっていた。


「メアリーに誘われてね、作っていたんだ」

「そうなのですか……」

「ギル、嬉しい?」

「ええ、もちろん。生涯大事にします」


 受け取った組紐を、ギルはぎゅっと握りしめて自分の胸元に押し当てた。

 そんなに喜んでくれたのなら、作っておいて良かった。


「オーレリア」


 ゆっくりと地べたから立ち上がったギルが、私の名前を呼んだ。

 その声の響き方にハッとして顔を上げる。


 ギルの右手がゆっくりと私の左頬を撫で、彼の顔が近付いてくる。

 目を瞑ると、まだ朔月花の光が瞼の裏にチラチラまたたいているような気がした。


 ギルから伝わる熱が私の肌を撫で、彼の唇のしっとりとした柔らかな感触が私の唇に降ってくる。

 私はすかさずギルの首に両腕を回し、深く唇を重ねた。


 ああ、私、ギルが大好きだ。

 ギルの妻になれたことが、とてもとても嬉しい。

 オーレリアの人生は喜びで溢れているよ。


 嬉しさが爆発したような気持ちで何度も口付けていたら、ギルの体がふらついてきた。


 びっくりして目を開ければ、ギルが真っ赤な顔で目をぐるぐる回している。

 ちょっとはっちゃけ過ぎたらしい。


「ギル、大丈夫~?」

「だいじょうぶです……」


 その後、力が抜けきっているギルをお姫様抱っこし、私は朔月花の群生地を散歩した。


「私達のプロポーズも初チューも、すっごいロマンチックだったねぇ。子供が出来たら一生語り継げそう!」

「最後の締めがこれ(男女逆転お姫様抱っこ)でなければ……」


 ギルの苦悶の表情に、思わず笑ってしまう。


 私は大いに幸せですよ、旦那様。


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