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40:チルトン領の朔月花祭り8



 磨崖仏を観光し終わると、私の道案内でギルが馬を走らせ、朔月花の群生地に到着した。


 群生地の入り口の方では、神父様や地形学のおじいちゃんを始めとした領民達がお祭りの準備をしていた。

 当日に楽器の演奏や歌が披露されるので、そのための野外ステージを建てているのだ。

 そのわきではダンススペースを作るために、子供達がせっせと草むしりをしていた。


 けれど、例年のお祭りの準備の時より人が少なく感じる。

 磨崖仏人気のおかげで観光客が多くて忙しいから、お祭りの準備に来られない領民が多いのだろうか?


 神父様達にお父様や弟妹達の居場所を尋ねると、群生地の中の方にいらっしゃるとのこと。

 私とギルは馬を預け、手を繋いでそちらに向かうことにした。


「あれ……?」


 私はまだ花が咲いていな朔月花の茎や葉っぱを眺めながら、首を傾げる。


「どうかしましたか、オーレリア」

〈何事じゃ?〉


 周囲の風景を楽しんでいたギルとクリュスタルムが、私の声に反応してくれた。


「なんだか、朔月花の蕾がちっとも見当たらないみたい」


 朔月花は真夏の新月の夜にだけ咲く、ロマンチックな植物だ。

 リドギア王国ではそこまで珍しい植物ではないけれど、チルトン領の群生地は国内でも十番目くらいには大きい。———つまり、上には上がいるので観光資源にはならなかったけれど、領民達にはとても大事にされている、という規模だ。


 大事にされてきただけあって、朔月花は毎年お祭りの夜に盛大に咲いてくれていた。

 けれど今年は花の蕾が見当たらない。たまに葉っぱの裏に隠れている蕾を見つけても、すごく小さい。

 例年ならすでにたくさんの蕾をつけている時期なのに。

 不安が過る。


「メアリー達も組紐を編みながら、お祭りを心待ちにしているんだけどな。大丈夫かな……」

「先程、果汁水店の側で話していた子供達のことですね。組紐は何かお祭りに関係があるのですか?」

「朔月花祭りは、チルトン領の若者達の一大告白イベントみたいな扱いなんだよね。それで男性から告白された女性は、返事の代わりに組紐を贈るという風習があるの」


 私がさらっと説明すると、ギルは手を繋いでいない方の手を顎に当てて、ちょっと思案気な表情になった。


「あっ。お父様達がいる! 朔月花について、お父様に聞いてみよう! 行くよ、ギル」

「え、ええ。分かりました」


 ぼんやりしていたギルの手を引いて、私はお父様のオリーブグリーンの髪を目印に群生地の中を歩いていった。





「ヤマタノオオガメが、川の上流にずっといた?」

「ああ。そのせいで川の流れがかなり塞き止められてしまってな。生活用水や農業用水を確保するのに少々難儀しておったのだ。だが先週になってようやく、ヤマタノオオガメがチルトン領から移動したので、川の流れが元通りになったのだ。だが朔月花の群生地はこの有り様というわけだ……」


 お父様が眉間にシワを寄せながら、周囲に視線を向けた。


 ヤマタノオオガメは首が八つに分かれて頭も八個ある、巨大な亀だ。

 一ツ目羆のように人を襲ったり、農作物を荒らす生き物ではないので、討伐対象外になっている。

 地域によってはヤマタノオオガメを長寿や子孫繁栄を司る聖獣として崇めているので、そういった理由からも手が出せない生き物だ。

 だからお父様も、ヤマタノオオガメが自ら移動するのを待つしかなかったのだろう。


「新月までになんとか蕾の数を増やそうと、人の手で朔月花に水を与えているのだがなぁ。ヤマタノオオガメが滞在した場所が荒らされて、そこにも人を遣っている関係で人手が足りんのだ」

「だからお祭りの会場準備に、いつもより人が少なかったのですか?」

「うむ」


 ヤマタノオオガメが滞在していたという川の上流には、天然のダム湖がある。たぶんそこが荒らされてしまったのだろう。

 ヤマタノオオガメは人家並みに巨大だ。少し移動するだけで木々を薙ぎ倒し、岩を粉砕してしまう。オオガメはダム湖でちょっと泳いでいただけのつもりだったのかもしれないが、色々破壊されてしまったのだろう。

 まぁ、オオガメがチルトン領に棲み着かなかっただけ良かったと考えるべきか。


「私の爆破魔術では、今回はお父様のお役に立てそうにないですね……」

「オーレリアが気にすることではない。お前は嫁に行った身であるし、何事にも向き不向きというものがある」


 破壊の限りを尽くすことなら得意なんだけどなぁ、本当に。


 そんな暗黒の帝王みたいなことを私が考えている横で、ギルが声を上げた。


「川の上流の修復でしたら、僕が手伝いましょうか? 実際に現場を見てみなければ分かりませんが、土魔術で直せると思います」


 バーベナの頃、爆破の限りを尽くした場所を、まだ少年だったギルがよく修復してくれたっけ……。

 私の旦那様、頼もしいなぁ。


「本当かね、ギル君!?」


 『助かった』という表情でお父様はギルに視線を向けた。

 ギルは私でもあまり見たことのないような爽やかな笑みを、お父様に向けた。


「はい。ここは僕の妻の大事な故郷ですから、僕も皆さんのお役に立ちたいのです」

「かたじけない、ギル君! とても助かる」

「有り難きお言葉です、お義父様。オーレリアとの縁を結んでくださったお義父様には、一生をかけても返しきれないご恩がありますから。僕の力が必要でしたら、なんでもおっしゃってくださいっ!!」

「……いや、そこまで重く考えなくていいのだが」


 ギルの勢いにお父様は若干引きぎみだったが、再度感謝の言葉を伝えた。


〈朔月花に蕾をつけさせたいのなら簡単じゃぞ! 妾を使えばよいのじゃ オーレリア!〉


 さらに斜めかけバッグの中からクリュスタルムが言った。

 バッグから取り出すと、水晶玉の中がキラキラ光っている。


〈妾は豊穣の宝玉なのじゃ!! 妾ならこの程度の育成は朝飯前じゃ!!〉

「有り難い申し出なんだけど、クリュスタルムを勝手に使ったら、国際問題に発展したりしない? きみ、隣国トルスマン皇国の宝玉でしょ」

〈ハンッ! 妾がいいと言うておるのじゃ!〉


 悩む私より早く、お父様が許可を出した。


「チルトン領領主として、オズウェル・チルトンが正式に豊穣の宝玉クリュスタルムへ依頼しよう。そなたの望む報奨を差し上げるし、トルスマン皇国へも金品をお渡しすると約束する。だから、そなたの力でこの地の朔月花の育成を促してはくれんか?」

〈お主はオーレリアやその弟妹達の良き父親じゃ 報奨などいらぬのじゃ そして我が国にも金品など要求させぬ〉


 クリュスタルムはそう言うと、私に水晶玉を掲げ持つようにと注文した。


〈たまには力を使って 皆からさらにチヤホヤされねばな!〉

「それがクリュスタルムの本音かぁ」


 クリュスタルムは〈ふはははは!!〉と高笑いを上げながら、その本体を激しい閃光を放った。


 目を開けていられないほどの白い光が、一瞬で朔月花の群生地に広がる。

 周囲からお父様や弟妹達の驚きの声が聞こえてきたが、目がチカチカして確認出来ない。

 思わず足元がふらついてしまった私の体を、ギルが「大丈夫ですか、オーレリア!?」と支えてくれた。

 私の近くにいたギルも、たぶん目がチカチカして大変だろうに。優しい。


 視界が正常に戻ってから周囲を見回せば、先程まで蕾が全然見当たらなかった朔月花に、大きな蕾がたくさんついていた。

 これだけあるならば、お祭りの夜に一斉に咲く姿は見ごたえのあるものになるだろう。


「おおっ! さすがは豊穣の宝玉だ。朔月花に例年以上の蕾がついておるぞ!」

「クーちゃん、凄いですね!」

「クーちゃん、ありがとう!!」

〈童達よ もっと妾を崇め奉るのじゃ~!〉


 お父様や弟妹達が喜び、祭りの準備をしていた領民達も朔月花の蕾を見て歓声をあげている。

 クリュスタルムは私の弟妹達の手に移り、たくさんチヤホヤされて満足げだ。


「僕もクリュスタルムに負けてはいられませんね。役に立つ夫であることを、チルトン家や領民の皆さんに示さなくては!」


 私はギルに「勝ち負けなんかないから気にしなくていいよ」と言ったのだけれど。

 ギルはそのままお父様に連れられて、ヤマタノオオガメが壊してしまったという川の上流へ向かっていった。





 ギルはお父様と一緒に修復作業に行ってしまったし、クリュスタルムは弟妹達と遊んでいる。突然ぼっちになってしまった私。


 ならばお祭りの設営でも手伝うか~と思って、会場作りの方へ近付いていくと。


「あれ? またオーレリア様だ!」

「さっきぶりだね、メアリー」


 二時間ほど前に果汁水屋さんの前で会ったメアリーに、また会った。

 どうやらお友達とはあそこで別れたらしく、一人の様子だ。


 メアリーは私の周囲をきょろきょろ見回し、

「あのイケメンの旦那様は?」

 と尋ねてくる。


「ギルはヤマタノオオガメが破壊したところを直す手伝いに出掛けたよ」

「ああ、上流のところね。結構荒らされたって聞いたけれど、直しに出掛けただなんて、格好良い上に働き者の素敵な旦那様だね! メアリーもそういう旦那様が欲しいなぁ。素敵な男性を掴まえる秘訣を教えてくださいよ、オーレリア様」

「まず、屋敷を爆破します。すると心優しいお父様が『こんな娘を嫁に出せる家はどこだ!?』と必死になって嫁入り先を探してくれます」

「微塵も参考にならないんですけどぉ」


 私もそんな気はしたよ。


「それじゃあオーレリア様は今、一人で何してるんですか?」

「暇だからステージ設営でも手伝えないかなぁと思って」

「オーレリア様は全部爆破しちゃいそうだから、誰も設営は手伝わせてくれないと思う」

「えぇー。じゃあ何をしようかなぁ。ちなみにメアリーは何をしにここに来たの?」

「メアリーは神父様に子供達のことで連絡があって来たの。それもさっき終わったけれど」


 孤児院育ちのメアリーは、今は大通りにあるお店で住み込みで働いているらしい。けれど今でも孤児院へ顔を出すらしく、子供達の世話を手伝っているとのこと。

 メアリーはいい子だねぇ。きっと素敵な人と結婚すると思うよ。


「そうだ、オーレリア様! 暇ならメアリーと一緒に組紐を編みましょうよ!」

「組紐って、さっきメアリーがお友達と作っていたやつ?」

「うん。こういうのは皆で恋バナしながらやらないと、メアリーは頑張れないから。オーレリア様に材料あげるから、一緒に作りましょ!」

「ふーん。まぁいいか」


 メアリーに促されて、設営の道具や材料が入っていた空の木箱をテーブルと椅子代わりにして、組紐編みを始める。

 メアリーは様々な色の糸を持っていて、「好きな糸を使って、オーレリア様」と私に勧めてくれた。


「最近の流行りの組紐はねぇ、自分と相手の瞳の色の二色で糸を編んだやつですよ」

「私とギルの瞳の色だと、アッシュグレーと黒で暗い気がするんだけど平気かな?」

「男性が使う組紐としては使いやすいと思う。メアリーなんて、オレンジとピンクという摩訶不思議カラーだし」

「メアリーの瞳はオレンジだから、狙っている男の子、ピンクの瞳なんだ。珍し……。あーっ!! 私、メアリーの相手が誰か分かったっ!!」

「言わないでぇ! 口に出さないでぇ! 心にそっと秘めておいてぇぇぇ!」

「なんだよメアリーったら、素敵な旦那が欲しいとか言っておいて。すでに素敵な人を見つけてるんじゃん。ぴゅ~っ、ぴゅ~っ」

「オーレリア様、口笛下手過ぎ」


 そんなふうに恋バナをしつつ、組紐を編んでいく。

 メアリーは私の手元を見ながら、「オーレリア様って爆破魔術以外のことも出来るんだね~」と無邪気に言った。

 前世は庶民暮らしだったから、料理も掃除も一通り出来るよ。他人からあんまり信じてもらえないんだけどさ。


 組紐を半分ほど編んだところで、ギルがお父様と共にこちらへ戻ってくるのが見えた。


「あ、オーレリア様の旦那様だ。ほらオーレリア様、早く旦那様のところへ戻った方がいいよ」

「うん。組紐作りに誘ってくれてありがとう、メアリー。材料も貰っちゃって、悪いね」

「いいよ、そんなこと気にしなくて。オーレリア様は昔、白い貝殻のイヤリングを一ツ目羆から取り返してくれた、メアリーのヒーローだもん」


 そう言って愛らしく笑うメアリーに手を振り、私は作り途中の組紐をポケットに仕舞う。


 そして、お父様や領民達に囲まれてお礼を言われているギルの元へと向かった。


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