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37:チルトン領の朔月花祭り5



 朝の放置事件で、クリュスタルムは御冠だった。

 昨日は弟妹達にチヤホヤされて光り輝いていた水晶玉の中央に、モヤモヤと黒い煙のようなものが渦巻いている。

 竜王の宝物殿で見た暗黒の靄よりは量も少ないし、色も薄いが。危険度がアップしたのは確かである。


〈妾を置き去りにした罰として オーレリアとギルの外出に妾も付いていくぞ!〉

「クリュスタルム、今日はオーレリアが僕にチルトン領を案内してくださる日だということを承知での発言なのか!?」


 額の青筋をピクピクと浮き上がらせながらギルが睨み付けるが、クリュスタルムは〈ふんっ!〉と拗ねた声を上げるだけだ。


「今日は私の弟妹達にチヤホヤされなくてもいいの、クリュスタルム?」


 宥めるように尋ねてみると、水晶玉の中央の靄が揺れ動く。

 弟妹達にチヤホヤされたいのは山々だが、私達に放置されたのも腹が立つ、という心境なのだろう。


 基本的にクリュスタルムは寂しがり屋で注目を浴びたがり屋で、一時でも忘れられるのは我慢がならないという性質らしい。

 竜王の宝物殿で長年孤独だったこともあり、その性質に拍車がかかっているのかもしれない。


「朝はクリュスタルムのことを忘れたままで、本当にごめん。悪かったよ。私達の外出に同行したいのなら、連れて行ってあげる。弟妹達とは明日からも遊べるんだし」


 私がそうクリュスタルムに語りかければ、ギルは驚いた表情をして「オーレリア!?」と声を上げる。

 クリュスタルムは嬉しそうに水晶玉の中央に光をちらつかせて、


〈うむ! 妾も外出するのじゃ!〉


 と答えた。


「オーレリア! 今日は夫婦水入らずで観光ではなかったのですか!?」

「え? 夫婦水入らず?」


 私の両肩を掴み、捨てられた子犬のような表情をする三十二歳児の言葉を、つい繰り返してしまう。


「ギルと二人で外出する予定ではあったけれど、チルトン領で夫婦水入らずの状態は、無理だと思う」

「は……?」


 不思議そうに目をしばたたかせるギルに、私はこう答えるしかなかった。


「まぁ、屋敷の外に出ればわかるよ」





「オーレリアお嬢様がチルトン領に帰っていらっしゃいやがったぞー!!」

「え!? オーレリアお嬢様じゃなくて、オーレリア夫人じゃないのかい、あんた?」

「なんだって!? もう離婚して出戻って来ちゃったんですか、オーレリア様!? やっぱり嫁ぎ先を爆破して追い出されちゃったんですか!?」

「オーレリア様が未亡人になったって!? ずいぶん年上の旦那と結婚したって聞いていたけれど、つまり旦那の遺産が目当てだったってわけか!」

「オーレリアお嬢様が夫を爆殺しちまったらしいぞー!!」


 クリュスタルムをしっかりと斜めかけバッグに入れ、領地で一番賑やかな町の大通りに向かった。

 かつては領民向けのお店ばかりが並ぶ大通りだったが、今では磨崖仏目当てにやってくる観光客向けのお店もたくさん立ち並ぶようになっている。

 クリュスタルムは物珍しそうに通りを眺め、〈なんと活気のある町なのじゃ!〉と呟いていた。


 そんな賑やかな大通りに一歩足を踏み入れれば、途端に店先や奥の民家から領民達がわらわらと集まってきて、目の前でとんでもない伝言ゲームを始めたのだが。


 なんなんですか、旦那を爆殺して遺産相続して出戻って来たって。

 どんな悪女なんだ、私。


 領民達の騒ぎように、隣に立っているギルは目を白黒させている。


「……オーレリア、貴女は本当にチルトン侯爵家の令嬢として、十六年間この領地で過ごされていたのですよね……?」

「私もそのつもりだったんだけどさぁ。気付いたらこの有り様で。誰も私のことをお父様のように敬ってはくれないんだよね。なんでだろ」

「比較対象をお義父様にするのは、さすがに止めておいた方がいいですよ」


 磨崖仏を作ったり、海賊を追っ払ったり。領地のために結構頑張ったつもりなのだが、領民達の態度はこれである。

 前世庶民なのでそこまで『ご令嬢として敬意を払われたい欲』はないが、かつてのギルがバーベナのことを師匠呼びしてくれなくなった事を思い出してしまう不可解さだ。


 とりあえず目の前の伝言ゲームを止めさせようと、私は片腕を上げて花火を一発打ち上げた。

 ドーンッ!!!!

 明るい青空を背景に打ち上がる大輪の花火はあまり目立たず、けれど音の激しさに領民の伝言ゲームが中断された。

 この隙を狙って、私は大声を出す。


「みんな~! 私の横に居るこの黒髪眼鏡の男性に注目~っ!! この人が私の愛しの旦那様、ギル・ロストロイ魔術伯爵様でーす!!!!」


 私の発言に、領民達が一気に騒ぎ出した。


「朗報だぁぁぁ!! オーレリアお嬢様の旦那様が生きていらっしゃいやがったぞー!!」

「まだ嫁ぎ先を爆破してなかったんですね! もうっ、お嬢様ったら、心配させないでくださいよー!」

「オーレリア夫人の旦那様、すっごい格好良いわ!」


 嘘八百の伝言ゲームが終了し、私はホッと胸を撫で下ろす。

 ギルと離婚なんて縁起でもないからな。


「ロストロイ魔術伯爵様と言えば、先の戦争を終結に導いた英雄だぞ!! 皆、オーレリア様に対するような気安い態度を取るんじゃない! オズウェル様に接するように礼儀正しくしなきゃダメだぞ!」

「ま、まぁ……! オーレリア様の旦那様って、そんなすごい御方だったのね!?」

「おお、ロストロイ様……!」

「ロストロイ様ばんざーい!」

「ばんざーい!!」


 ギルは領民達からの突然の大歓迎に困惑しているが。かつての部下を戦争の英雄として崇められて、私は鼻高々である。

 ギル、戦時中も戦後の今もすごく頑張ってるからな。納得の評価だ。


 ……ただちょっとだけ、結構長い間チルトン領の守護神として戦ってきた私のことも、英雄として敬ってくれて構わなかったのだけどなぁ、という気持ちになったが。


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