4:チルトン領①~川を爆破せよ!~
さて、ヴァルハラから入場拒否されて生まれ変わってしまった私、オーレリア・バーベナ・チルトンは、赤ん坊として生まれてから二時間くらいはめちゃくちゃ悲しかったけど、『もう、どうしようもないなぁ』と諦めることにした。
悩んだって無駄なことは、考えないのが一番である。
むしろ考えるべきは、ヴァルハラ入り口前でばーちゃん達が言っていたことだ。
正しく生きろとか、幸せな最期とか、バーベナ超絶可愛いとか。あとなんだっけ? 自爆するな、とかだったかなぁ。
とにかく皆のアドバイスを胸に、現世を懸命に生きるしか道はない。
そう決意した私は、両親や周囲の人々からたっぷりと愛されて育ち、すくすくと大きくなった。
ある程度大きくなってから気付いたのだが、私が生まれ変わったのは前世と同じリドギア王国だった。
前世の私……面倒くさいからバーベナでいいや。バーベナが死んだ後、戦争はすぐに終わったらしい。
私の後を引き継いで団長になったギルの奮闘により、敵国の司令部を撃破、指揮系統が機能しなくなってしまった敵兵を一網打尽にやっつけて、あちら側の戦闘維持力を失わせたらしい。やっぱりすごいな、ギルは。
ちなみにバーベナも自爆で敵の魔術師団を壊滅状態に陥らせた為、偉人になっていた。
父なんぞ、バーベナを偉大な女性だと思い込み、「バーベナ魔術師団長のように弱き者を守る人間になりなさい」と私に言い聞かせる始末だ。
「お父様、私がバーベナの生まれ変わりなんですよ! 私、爆破魔術も使えます!」
「オーレリア。そういうことばかり言うておると、友達が出来なくなるから止めなさい」
せっかく教えてあげたというのに、ひどいお父様である。
これらの歴史は家庭教師から習った。
なんと私、現世では貴族令嬢なのである。
我がチルトン家は先代まで伯爵家だったのだが、父オズウェルの代で侯爵家になった。
その理由は戦争の報奨である。
戦時中、王家はすべての貴族に一家から一人は戦争へ参加するようにと、勅命を出した。
その結果、出兵しなかった家は取り潰されたり、たった一人の跡取りを出兵させなければならない家などもあって、結構な数の家が断絶する結果となった。
つまり、国中にたくさんの領地が余ったのである。
我がチルトン家はもともと軍部と関わりの深い家柄で、お父様も以前は王国軍少将として活躍していたらしい。私が戦っていた場所とは別の地域で軍を率いていたそうで、生前に面識はないが。
そんなわけでお父様は戦争の報奨として、余った領地を四つも押し付けられてしまったのだ。
正直、とんだ貧乏クジである。
どこの領地も人不足、資金不足、物資不足、戦争のせいで治安も悪くなっちゃって、統治をするのは大変だ。
おまけに隣国からの戦争賠償金の支払いも滞っていると聞く。
隣国はそもそも人間が暮らすには不毛の土地なので、長年我がリドギア王国の領土を狙っていたという背景がある。だから戦争賠償金を支払うだけの国力が無いのだ。
かといって不毛な土地など譲渡されても困るので、最近隣国の巫女姫が側妃として嫁いで来たらしい。つまり人質である。お上も色々大変なようだ。
唯一の救いは、戦勝国としての誇りと愛国心が、領民達に忍耐強さを与えていることだろう。
我々は苦難を乗り越えて王国を守り抜いたのだから、再び平和な時代を作っていけるはずだ、と。
そんな領民達の明るさに救われて、チルトン領は今日も貧乏ながら元気である。
▽
八歳のある日、私は夢の中でばーちゃんの御告げを受けた。
『バーベナ、いいですか、よくお聞きなさい』
『わぁ、ばーちゃんだ! 久しぶり、ばーちゃん! えっ、もしかして私、寝ている間に死んだの? ついにヴァルハラで宴会? 飲んだくれますぜ!』
『いいえ、死んでいません。これは貴女の夢の中での出来事です、バーベナ』
『な~んだ』
『三日後にチルトン領では大雨が降り、いくつかの川が決壊して大洪水が起こってしまいます』
『ええっ、マジですか』
『猶予は三日しかありません。急いで起きて、大洪水を防ぐのですよ』
『私、生まれ変わっても何故か魔力持ちだけど、天候を操るなんて高度な魔術は出来ませんけど? いつだって爆破ですけど?』
『頭をお使いなさい、バーベナ。ここで頑張らねば、貴女はまたヴァルハラへの道が閉ざされてしまいますよ』
『そんなぁ』
無茶を言うばーちゃんだな、と思いつつ目を覚ました私は、すぐさま領地に住まう地形学研究家のもとに向かった。
研究家といってもほとんど農家で生計を立てているおじいちゃんなのだが、領地視察で出会ったときに「昔はここに大きな沼があった」とか「百年前に大きな土砂災害があったという文献が残っている」とか、チルトン領のことをよく知っているおじいちゃんなのである。
「地形学のおじいちゃーんっ! 大至急、大雨が降ったとき決壊しそうな川の場所を特定してくださーい!」
突然家にやって来た領主の娘の無茶振りに、おじいちゃんはニヤリと笑った。
「そんなもん、とっくの昔に計算済みだ! オーレリアお嬢様、刮目せよ!! 毎年調整を加えて完成した最新のハザードマップがこれだっっっ!!!!」
「さすが兼業地形学研究家!!!!」
私は三日後に来る大雨までというタイムリミットの中、地形学のおじいちゃんと一緒に領地中を駆け回った。
川の決壊しやすい場所を爆破して川幅を広げたり。
「ここは本流と支流の流れの速さが違ってな。支流の水が本流に流れ込めず、バックウォーター現象が起きて洪水になりやすい箇所だ」と言われて、なんと川の合流地点をさらに下流に作り直す作業を敢行した。
爆破でなんとか新しい川が作れるものなんだなぁ。私、現世でも爆破魔術特化型で良かった。
最後に念のため、お父様に避難勧告を出してもらおうと執務室へ訪れたら、めっちゃ怒られた。
「オーレリア、『ここ数日、お宅のお嬢様が領地中の川や土地を爆破している。どんな子育てをすればあんな子に育つんだ』と領民からクレームが上がってきておるぞ! いったいどういうことなのだ!?」
「夢の中でおばーちゃんの御告げを受けまして。あと半日でチルトン領に大雨が降ります! 地形学研究家のおじいちゃんと一緒に川の危険な箇所を、魔術でドカンドカンと工事しておきました!」
「な、なんと、曾祖母オーレリア様が、この子に本当に加護を与えてくださったのか……!」
いや、チルトン家のひいおばーちゃんではなく、バーベナのばーちゃんの方ですね。
「予算や人材の都合でまだ河川工事まで出来ずにおったが、大雨で大災害が起きれば、より大変なことになっておったな……」
「お父様、念のため、川の近くに住む領民達に避難勧告を出してください」
「そうだな。よし、急いで避難勧告を出し、領主館の大ホールを領民達に解放しよう。兵達にも指令を出さねば。よくやったぞ、オーレリア。しかしせめて事前報告せいっ!!」
「はーい、お父様」
こうしてチルトン領は大洪水を免れたのである。
ちなみに地形学研究家のおじいちゃんはお父様から表彰され、領主館の有識者会議などに専門家として参加するようになり、地形学研究家の方が本業となった。今は趣味で農家をやっている。




