34:チルトン領の朔月花祭り2
敷地は広いけれど質素な佇まいであるチルトン侯爵家の屋敷に、ロストロイ家の馬車は無事に到着した。
チルトン家の庭は向日葵や野バラがたくましく花開き、樹木の葉も濃い緑色にわさわさと繁っている。
地面には木漏れ日が落ち、蟻や蜘蛛、蛙の姿などがすぐに見つかった。相変わらずの大自然だ。
「おかえりなさい、オーレリアお姉様!」
「お待ちしておりました、おねえさま!」
「おねえさま、会いたかったです!」
「わたしと遊んでくださいっ!」
「僕もっ!」
チルトン家の変わらぬ夏の様子を味わっていると、玄関扉がいきなり開いた。そして幼い弟妹達がわらわらと外へ飛び出してくる。
きっと馬車の止まった音を聞きつけて、屋敷の廊下を走ってきたのだろう。息を切らした侍女達(子守り担当)が、へとへとな様子で後ろから現れた。
上は十一歳の長男、十歳の次女と八歳の三女、そして五歳の双子の弟妹。これが現世の私のきょうだいである。
バーベナの頃は一人っ子だったので、全員目に入れても痛くないくらい可愛い存在だ。
早速私の体によじ登る双子を捕まえて、両肩に小麦の大袋を担ぐように乗せる。その間にもほかの弟妹達が腰や腹にしがみついてきた。
「みんな、ただいま~。元気にしてた?」
「はいっ、僕達みんな元気です!」
「でもちょっぴり寝不足です。オーレリアお姉様が帰ってくると聞いて、わくわくしすぎて眠れなかったんです」
「いっしょにお昼寝してくれますよね、おねえさま?」
「わたしはおひるねよりクワガタを見てほしいです!」
「僕はお父さまとカブトムシをつかまえました! 大きいです!」
弟妹達は全員私と同じく父親似で、オリーブグリーンの髪とアッシュグレーの瞳をした美少年と美少女だ。
みんな興奮で頬を桃色に染め、キラキラした笑顔を浮かべている。癒される存在だ。
斜めかけバッグの中にいるクリュスタルムも、弟妹達の純粋さを感じ取っているのだろう。なんか〈フンスッ! フンスッ!〉という奇妙な鼻息? が聞こえてくる。
私が居なかった間に起こった出来事をどんどん話してくる弟妹達に「うんうん」と頷いていると、背後から、
「あの……」
と、所在無さげな声が聞こえてきた。ギルである。
私が振り返るのに釣られて、弟妹達もそちらに顔を向ける。
「……初めまして、チルトン侯爵家のご子息ご令嬢方。僕はオーレリアの夫のギル・ロストロイと申します」
なぜか夫は、小さな子供相手に緊張していた。
そして子供というのは敏感な生き物である。
ギルの緊張を読み取った弟妹達は『目の前の大人より、自分達の方が立場が上』ということを瞬時に把握してしまう。
私にしがみついていた弟妹達が無言で離れ、ギルの元へと移動する。両肩に担いでいた双子も「おねえさま、おります」「おろして」と地面に下り立ち、兄姉の後ろに付いていった。
「チルトン侯爵家へようこそ、ギル・ロストロイ様」
十一歳の長男がにっこりと微笑んだ。けれどそのアッシュグレーの瞳はまったく笑っていない。
「長旅でお疲れでしょう。立ち話もなんですから、屋敷内にご案内いたします。どうぞ僕に付いてきてください———取調室へっ!!!!」
おい弟よ、取調室なんて我が屋敷にはないですよ?
兵舎にはありますけど。
上の弟の言葉に合わせて、下の弟妹達がギルの周囲を囲む。そして「さぁロストロイ様、取調室です!」「じんもんです!」「じんもんってなんですか?」「わからないですっ」と言いながら、ギルの背中をぐいぐい押していく。
抵抗しようと思えば幾らでも抵抗出来るギルだが、小さな子供達相手に怪我をさせるのを恐れているのか、押されるがままに足を進めている。
まぁ、弟妹達は私と違って爆破したりしないから、身の危険はないだろう。
私はそう思い、子供達とギルを見送ってから、チルトン家の使用人達に持ってきた荷物やお土産を運んで貰うことにした。
▽
「ではギルさん、次のテストです。
『貴方はオーレリアお姉様とのデートの待ち合わせ場所に、予定より早く着いてしまいました。この時、貴方はどんな気持ちでオーレリアお姉様を待ちますか?』
①魔術師団の仕事や領地のことなど、他のことを考える。
②「遅刻しなくて良かった」と安心する。
③「もしかして待ち合わせ場所や時間を間違えた?」と心配する。
④いつオーレリアお姉様がやって来るのかソワソワする。
さぁ、答えてください!」
みんなが居ると聞いた客室に入ると、ギルは子供達に囲まれていた。そして目の前に座る長男が分厚い本を読みながら、謎のテストを出題している。なんなんだ、あれ。
私が首を傾げていると、子供達の様子を見守っていたらしいお母様に「こちらへいらっしゃい、オーレリア」と手招きされた。いつもの鉄面皮で。
「ただいま帰りました、お母様」
「道中危険がなかったようで安心しました。おかえりなさい」
「お父様の姿がこちらには見えないようですが」
「朔月花祭りの準備で群生地の方へ行ってらっしゃいます」
お母様が腰掛けるソファーの隣に、私も腰を下ろすと。侍女がすぐにお茶を淹れてくれる。
侍女にも「ただいま」と挨拶すれば、「おかえりなさいませ」と微笑んでくれた。
「それで、あの子達とギルは何をやっているんです?」
「あれは心理テストです」
「心理テスト?」
「ギル殿の深層心理を暴くためのものだそうですよ」
長男に心理テストを受けさせられているギルは、銀縁眼鏡の縁に指を添え、まったく悩む様子もなく「④です」と答えた。
長男は重々しく溜め息を吐き、『やってしまいましたね』と言うように首を大きく横に振る。
「今の心理テストは、ギルさんの束縛度を表しています。④を選んだギルさんは……なんと束縛度100%っっっ!! これはオーレリアお姉様に嫌われてしまう最悪の結果ですね!」
「まぁ! 自由で破天荒なオーレリアお姉様を束縛しようだなんて、ギルさん、ひどいわ!」
「おねえさまは誰かに束縛されるような相手ではありませんよ!」
「そくばくってなんですか?」
「わからないですっ」
子供達から非難され、自分でも心理テストの結果に打ちのめされている夫がちょっと憐れになってくる。
私は助け船を出すことにした。
「はい、みんな~、注目~! 王都で色々お土産を買ってきたから、みんなに配るよー!」
「お土産! 嬉しいです、オーレリアお姉様!」
「どんなものを買ってきてくださいましたか!?」
「可愛いものはありますか?」
「僕はあまいものがすきです!」
「わたしはあまいものがもっともっとだいすきです!」
ちょろいものだ。弟妹達が大急ぎでこちらにやって来る。
私は使用人に運んでもらったお土産の箱を確認し、それぞれ違うラッピングがされた箱を手渡していく。
長男には紅琥珀で作られた鉱石ナイフ。柄の部分まで紅琥珀で出来ており、中には偶然混入された虫の姿が見えていて面白い品だ。武器としては役に立たないが、ペーパーナイフとして使える。
次女には王都で流行りの帽子と、それに合わせたシトリンの帽子ピン。
三女には桜貝が貼り付けられたキラキラ手鏡に、揃いの櫛。
双子の弟妹は現在昆虫に夢中なお年頃なので、最新版の昆虫図鑑と蝶々の形のキャンディー。
それぞれの好みを考慮して選んだお土産に、弟妹達は大喜びである。
「ありがとうございます、オーレリアお姉様!」
「とっても素敵な帽子と帽子ピン、とても嬉しいです!」
「わたし、この手鏡を一生大切にしますっ」
「「ありがとう、おねえさま」」
嬉しそうにお礼を言ってくる弟妹達に、私はギルを指差した。
「私から君達の好みを聞いて、そのお土産を一生懸命選んでくれたのはギルだよ。だからギルにお礼を言おうね」
チルトン領へ来る前に、ギルは王都中のお店を覗く勢いでお土産探しをしていた。「気に入られる品を贈って、少しでも義家族に僕を受け入れて貰わなければ……!」と必死な様子だった。
私はギルの継母や異母兄に何故か絶縁されてしまった嫁なので、義家族との付き合いが難しいことはよく知っている。だからギルが私の家族と上手くいかなくても仕方がないと思うのだが、夫本人が気に入られたいと頑張っているので、少しは橋渡ししてやりたかった。
弟妹達はお互い顔を見合わせると、お土産を抱えたまま、ゆっくりとギルの元へ戻った。
「……ギルさん。僕達の為にお土産を選んでくださってありがとうございます。僕も弟妹達も、お土産がとても気に入りました。ずっと大切にいたします」
長男が代表してそう言い、弟妹達が頭を下げる。
ギルはちょっと嬉しそうに表情を綻ばせた。
「ギルさんは束縛度100%だし、嫉妬深さも愛の重さもストーカー度も執念深さもロマンチック度もオール100%だと、心理テストの答えで出てしまった危険人物なのですが……」
ギルの心理テストの答え、確かにやばいですね。
「でも、オーレリアお姉様のことを愛してくださっているのはちゃんと分かったので、僕達、貴方がお姉様の夫であることを認めます。———ギルお義兄様」
長男がそう言うと、ギルは眼鏡の奥の黒い瞳を感動したように潤ませた。
ギルがゆっくりと口を開く。
「本来であれば縁談の時点でチルトン侯爵家へご挨拶に伺うべき所を、本日まで不義理をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ギルはそう頭を下げた後、「ですが」と言葉を続ける。
「僕はオーレリアを愛し、彼女と共に楽しい一生を送っていくと決めています。不束者ですが、末永くよろしくお願いします」
そう言って再び頭を下げるギルに、すごく胸の真ん中が温かくなる。
自分の愛する人に、愛する家族を受け入れて貰えるということはとても嬉しいことだ。
そしてその反対に、自分の家族に自分の愛する人を受け入れて貰えることも。
妹達もギルに頭を下げ、「オーレリアお姉様のことをよろしくお願い致します」「オーレリアおねえさまは爆発しやすい方ですけれど、わたしたちの大好きなおねえさまなんです。大事にしてください」と言った。
五歳の双子はよく分かっておらず、「ギルさん、僕たちのおにいさまになったのですか?」「そうみたいですっ!」と二人で話し合っていたが。
何はともあれ、ギルと私の弟妹達が歩み寄ったようで良かった。




