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【コミック3巻6/14発売】前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下(WEB版)  作者: 三日月さんかく
挿話

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【過去編】ギル13歳vsジェンキンズ


(ギル13歳、入団したて)



 バーベナ師匠に頼まれていた大量の新刊魔術書を両腕になんとか抱え、僕は彼女の研究室まで慎重に運ぶ。


 師匠は別件で外出中だから、研究室の鍵は開いていない。僕ではこの量の本を抱えたまま鍵を開けることは出来そうにないので、一度魔術書を床に置かなければならないかもしれない。衛生的に床に物を置くのは嫌だな……と思う。

 師匠は「フィールドワークには体力が必要だからね」と言って普段から走り込みをしているせいか、分厚い魔術書を片腕に何十冊も抱えることが出来る人だ。なんなら僕を二、三人は持ち運ぶ体力がある。なので僕が今運んでいる量の本など床に置く必要もなく、片手で扉の鍵を開けることが出来る。あの芸当を僕もいずれ出来るようになりたいものだ。


 そんなことを考えながら廊下を進み、バーベナ師匠の研究室前に辿り着くと。

 扉の前でうろうろしている一人の男性の姿があった。


 魔術師団のローブを着用し、その胸元には上層部の証であるバッジが煌めいている。

 繊細そうな雰囲気の横顔をした二十代前半の男性は、肩までの長さがある金色の髪を三つ編みを混ぜたハーフアップに纏め、どこか緊張した様子で扉を睨み付けていた。


 ———バーベナ師匠の同期、ジェンキンズ先輩だ。


 ジェンキンズ先輩は扉をノックしようとしては躊躇い、ローブのポケットから手鏡を取り出して前髪を整え、左手に握りしめた二枚のチケットに視線を落とす。

 ……あのチケットは、確かバーベナ師匠が観たいと言っていた歌劇のものだ。最近王都で話題になっているらしく、なかなかチケットが取れないと彼女が嘆いていたのは僕の記憶にも新しい。


 僕がバーベナ師匠の為にチケットを用意して差し上げられたらいいのに。きっと歌劇を観て瞳を輝かせる師匠を見るだけで、僕は嬉しい気持ちになれるだろう。

 けれど僕にはチケットを用意して差し上げるような伝は一つもなかった。


 で、目の前のジェンキンズ先輩だ。

 立派な大人であり、魔術師団上層部として活躍する彼なら確かに色んな伝を持っているだろう。バーベナ師匠の為に入手困難なチケットなど簡単に用意出来るくらいに。

 胸の奥が黒く焼け焦げていくような気持ちになる。

 どうせ僕は子供だ。男として師匠を喜ばせて差し上げることなど、今の僕にはほとんど出来ない。


 ああ、ジェンキンズ先輩に腹が立つ。大人の男であることを見せつけられ、自分が無力な子供であることを突きつけられたような被害妄想に駆られる。

 くそ、師匠を喜ばせて差し上げられないくせに、恋の嫉妬ばかりは一人前だなんて。自分でも嫌になる。


「こんにちは、ジェンキンズ先輩」


 嫉妬と無力さと自己嫌悪でぐちゃぐちゃなのに、それでも恋敵を排除に向かう自分の浅ましさ。本当に僕はどうしようもない。

 だけど、僕からバーベナ師匠を奪うな。


 僕が声を掛ければ、ジェンキンズ先輩は驚いたようにこちらに振り返った。


「……よりにもよって、クソガキか」


 ジェンキンズ先輩が僕を警戒する様子を見せたので、それだけで暗い喜びに満ちる。

 大人の男性に『恋敵』として危険視してもらえるなんて光栄だ。


「師匠なら外出中ですよ。お引き取りください」

「バーベナが研究室に居る時でもその台詞を吐く貴様に、信用なんかないんだけど」

「そんなことありましたか? きっと僕がうっかりしていたのですね。申し訳ありません、ジェンキンズ先輩」

「心の籠っていない謝罪なんか要らないよ。ねぇ、バーベナが本当に研究室に居ないのか、部屋の中を見せてよ」

「え? 女性の部屋を覗く気ですか? しかも留守中に? ジェンキンズ先輩、僕の師匠にストーカー行為はやめてください」

「貴様……っ!! バーベナの弟子になったからと言って、調子に乗り過ぎじゃないっ!?」

「調子に乗るとは? バーベナ師匠が僕だけの師匠であることは、事実以外のなにものでもありませんが。師匠のただの同期でしかないジェンキンズ先輩」

「う、うるさい!! 今はまだただの同期かもしれないけれど、いずれバーベナを私の嫁に……!!」


「あ、ギル~! 魔術書取って来てくれたんだね。重かったでしょ? ありがとー」


 ちょうど外出から戻ってきたバーベナ師匠が、僕に向かって手を振っていた。

 ジェンキンズ先輩はぎょっとしたように師匠に振り返り、慌ててチケットをポケットに隠している。


「おかえりなさい、師匠」

「ただいま~。いっぱい魔術書を運ばせてごめんね。今鍵を開けるから」


 バーベナ師匠は小走りで研究室の前にやって来ると、扉の鍵を開けてくれた。そして研究室の中へ向かうようにと、僕の背中を優しく押す。


「で、ジェンキンズ。どうした? 次の飲み会の予定に何か変更でも?」

「……いや。そうじゃない」


 ジェンキンズ先輩はローブのポケットに手を突っ込んだまま、そわそわしている。この人、このまま僕の師匠にデートを申し込む気のようだ。

 僕は急いで魔術書の山をデスクの上に置き、ジェンキンズ先輩を妨害するために研究室の入り口へと走った。


「……この間、王都で人気の歌劇が観たいのにチケットが取れないって、君、言ってたでしょ。そ、それでさ……」

「あぁ、あれね! なんとついさっき、外出先で破落戸に馬車を襲われているお金持ちのおじいさんがいてね。破落戸を爆破で吹っ飛ばしたら、お礼にどうぞってチケットたくさん貰ったの!!」


 バーベナ師匠は「じゃじゃーん」と言いながら、十枚のチケットを扇のように広げて見せた。


「魔術師団で行きたい人集めて観に行こうと思って。ギルはもちろん行くよね?」

「はい。僕はもちろんバーベナ師匠にお供します」

「ジェンキンズはどうする? おひぃ先輩達にも声をかけないとなぁ」


 師匠をデートに誘うために一生懸命チケットを手に入れたであろうジェンキンズ先輩は、扉に寄りかかって項垂れていた。

 恋敵なのでまったく同情しないが。


「どうした、ジェンキンズ?」

「……私が手に入れたチケットも混ぜてくれ」

「え??」


 ジェンキンズ先輩は泣く泣く二枚のチケットをバーベナ師匠に渡した。

 師匠は「ジェンキンズも手に入れたんだ! すごいじゃん!」と頷き、結局後日、魔術師団で暇な者十二人で歌劇を観に行った。


「歌劇の内容も面白かったし、何より皆で観るとさらに楽しいね!!」


 歌劇を見終わったバーベナ師匠はそう言って本当に嬉しそうに笑い、ジェンキンズ先輩は苦笑しながらも恋しそうに師匠の横顔を見つめていた。

 なんだか良い雰囲気醸し出さないでください、ジェンキンズ先輩。


 僕は再びジェンキンズ先輩の妨害に向かった。


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