32:英霊の廟所
リドギア王国王城の広大な庭の一部は、国民にも解放されている。
『英霊の広場』と呼ばれている場所もその一つである。
だだっ広い芝生の広場で、その中央には壁のような石碑がたくさん並んでいる。
石碑の表と裏には、トルスマン皇国との戦いで亡くなった戦没者の名前がすべて記載されている。王国軍の幹部、徴兵された若者達、市街戦に巻き込まれた市民、私が家族のように愛した魔術師団の仲間達、バーベナの名前も。
今日も石碑に花を手向ける人々の姿や、英霊達に祈りを捧げている人の姿があった。
この人達も愛する人を失ったのかもしれない。親兄弟を、友を、恋人を、我が子を、隣人を。それでも今日まで生きてきたのかと思うと、ただただ頭が下がる。
私とギルは戦没者の石碑を通り過ぎ、小道を通ってさらに奥にある『英霊の廟所』へと向かう。
ここは戦勝記念日のみ一般解放される、国葬された英霊達の墓場だ。名だたる軍人達と共に、魔術師団上層部のお墓とバーベナのお墓がある。
普段は身内以外立ち入ることが出来ない場所なのだけれど、今回はギルに頼んで王城から特別許可を取ってきてもらった。
入り口には白く塗られた鉄製の門扉があり、墓守の役人へギルが許可証を見せると鍵を開けてくれた。
門扉の向こう側は、少し透き通った感じのする乳白色の石で作られた階段状の墓地になっている。
階段状と言っても一段一段が幅広く大きい。縦に三メートル、横に十八メートル程あって、その一段ごとに正方形の墓石が六つ置かれている。それが何十段も続いているのだ。
「……ずいぶん綺麗な廟所だね」
「この廟所は陛下が『国と俺を守ってくれた最強の奴らのために、すっげぇ墓作ってやりてぇ』と、私財を惜しみ無く投じて御作りになったのですよ」
「ありがたいなぁ」
階段状の乳白色の石には水路があり、最上段に設置された豪奢な噴水から水が流れてくる。水が上段から下段まで流れ落ちる様子はとても風流で、廟所に清涼感を与えていた。
端の方には樹木が植えられており、濃いピンク色の花を咲かせている。吹き抜ける風にその花の甘い香りが混じっていた。
こんなに気持ちの良い場所で上層部のお墓に混じって墓標があるなんて、良かったじゃないかバーベナ。遺体はないけど。
「ここが魔術師団上層部のお墓です」
「案内してくれてありがとう、ギル」
ギルに案内されてのぼっていった先に、六人分のお墓があった。
グラン前団長におじいちゃん先輩、おひぃ先輩にボブ先輩、同期のジェンキンズに、バーベナのお墓だ。全員一列に並んでいて、墓石が陽光に当たってピカピカ輝いている。
オーレリアに生まれ変わってから、一度は皆の墓参りに行きたいなぁと思っていた。
けれど、こんな気持ちで訪れることになるとは思ってもみなかった。
今日私は、ヴァルハラの皆に一時の……私がヴァルハラへ行くまでのだいたい九十年くらいの間の、お別れを告げる為にここへやって来た。
あんまりヴァルハラの皆のことを引き摺り過ぎていると、また死を引き寄せて死者の国に墜ちてしまいそうなので。
私がバーベナの生まれ変わりであることは事実だけれど。
この人生はバーベナの延長戦じゃなくて、オーレリアとしての私の一回限りの人生だ。私はそれをようやく理解したと思う。
オーレリアの人生は、オーレリアが愛した人々に捧げたい。
かつてバーベナの人生が、バーベナの愛した人々に捧げられていたように。
「では皆のお墓に、ギルの暗黒祭壇に積んであったお酒を掛けてあげようかな」
「暗黒祭壇と呼ばないでください」
ラジヴィウ遺跡調査の時にも使用した空間魔術の組み込まれたバッグから、酒瓶を取り出す。うむ、実に良い銘柄だ。
キュポッとコルクを抜いて、グラン前団長のお墓から順に掛けていく。
グラン前団長は植物系魔術が得意で、まだお若かった国王陛下が式典や夜会で演説する時などに、背景に様々な花を降らせるという演出をする為によく駆り出されていたっけ。
「いずれ薔薇で作ったゴンドラで、国王陛下の入場を華麗に演出したいものだ!」と言って、ゴンドラ用の魔術式を一生懸命研究していたな。完成を見ることは出来なかったけれど。
おじいちゃん先輩は土魔術が得意で、魔術師団の連絡用に手乗りサイズのゴーレムを作ってくれたなぁ。
ゴーレムの口からおじいちゃん先輩の声で『今夜は七時半に焼き肉屋ナナカマドの炎に予約を入れておいたから、死ぬ気で仕事を終わらせるんじゃよ』と言われると、その日の業務はめちゃくちゃはかどった。
闇魔術が得意なボブ先輩は、茶髪のくせに自称『漆黒の堕天使』だったけれど、その理由は結局最後まで教えてもらえなかったなぁ。
おひぃ先輩、ヴァルハラでもまだボブ先輩に告白してないのかな。何十年片想いを続ける気なんだろう。
一人ひとりの墓石の前で、その人の思い出が甦ってくる。
今でもまだ一緒に過ごした時間の楽しさが、まったく消えてくれないよ。
「そういえばギルはジェンキンズと仲が良かったよね」
憎まれ口ばかり叩いていた同期のジェンキンズのお墓にもお酒を掛け、ふと思い出したことを口にしてギルを見上げれば、
「は????」
と、心底意味が分からないと言うように真顔になった。
「二人でよく喋っていたと思うんだけど」
「あれは喋っていたのではなく、いがみ合っていただけですね」
ギルは私から酒瓶を受け取り、自分でもジェンキンズの墓石に酒を掛けた。
「まぁ、今さら死者を悪く言う気はありません。ただ、『バーベナのことは僕にすべてお任せください』と、ジェンキンズ先輩に直接言って差し上げられなかったことが非常に残念ですね」
ギルが「ははははは!」とブラックな笑みを浮かべていた。
よく分からないが、夫が楽しそうなので良しとする。
「そのうちバーベナのばーちゃんのお墓にも、行ってやらなくちゃなぁ」
「リザ元団長のお墓はどちらにあるのですか?」
「王都の市民墓地だよ。バーベナの両親や一族のお墓があるの。全員バーベナが物心つく前や、生まれる前に亡くなってるからよく知らないんだけど」
バーベナの墓までお酒を掛けると、この一帯がアルコールの良い匂いに満たされた。
お酒の匂いは皆で飲んだくれた花見の、納涼祭の、芋煮会の、温泉旅行の、数々の記憶がよみがえって胸の奥が切なくなる。
亡くなった大事な人に会いたいと願う気持ちはきっとなくならない。
だけどあと九十年くらい、我慢してみせる。
私はオーレリアとしての人生がまだまだ続き、ギルやオーレリアの大事な人達とたくさん遊んで暮らさなければならないのだから。
私は皆のお墓の前で手を祈りの形に組み合わせた。
ごちゃごちゃ祈るのは性に合わないから、『私がヴァルハラに行く日まで、またね』と。
▽
「あのね、ギル」
お墓参りが終わり、ギルと手を繋いで階段状の墓地を下りていく。
ギルは眼鏡の奥の優しい黒い瞳をこちらに向けた。
「どうかしましたか、バーベナ?」
「それ。私のことを『バーベナ』と呼ぶのを止めてもらおうと思って」
私は立ち止まり、ギルを見上げる。
「私からギルには『バーベナ』と呼んで欲しいって頼んだくせに、申し訳ないんだけど。これからは『オーレリア』として呼んで欲しいと思うんだ」
ギルはもう『バーベナ』呼びに慣れてしまって、変更するのは面倒かもしれないが。
私がヴァルハラへの想いを一度断ち切るには、そういう変化が必要な気がするのだ。
「もちろん構いませんよ」
ギルはこだわり無さそうに言った。
「僕は貴女の姿形や名前がどれほど変わっていてもいいんです。一緒に居ると楽しい、そんな貴女の魂を愛しているので」
「ギル……」
「オーレリア」
ギルの優しい声が、私の新しい人生の名前を呼んだ。
「僕と再会したばかりの貴女はどうしようもなく『オーレリア・バーベナ』でしたけれど、今は『オーレリア』になることを選んだのですね。
貴女のその選択、変化を、僕は愛します」
愛する夫が、オーレリアの人生のパートナーが、そう言って私を肯定してくれる。それだけで百人の味方を得たように嬉しくて、私は思わずギルに抱きついた。
「めちゃくちゃギルにチューしたい!!」
「……お気持ちは嬉しいのですが、本当に死にそうな程嬉しいのですが、墓地でファーストキスはちょっと……」
まぁ確かに墓地というシチュエーションでは止めておくけれど、相変わらず拗らせている夫に笑ってしまう。
「じゃあ屋敷に帰ったらチューしていい?」
「そ、そうですね、きっと今頃クリュスタルムも側妃様の女官達から好みの世話役を選び終わったでしょうし……なんなら、もう白い結婚をやめてくださっても……」
ギルがそう言って、なんだかぎこちない手つきで私の腰の辺りを撫でてくる。脱水症状か? ってレベルで手がプルプル震えているんだけど、大丈夫なのか。
夫の拙い手の動き(たぶん愛撫)を甘んじて受け入れていると、『英霊の廟所』の入り口である鉄の門扉が突然開かれ、王城の役人が姿を現した。
役人はすぐに私達を見つけ、手を振って大声で叫ぶ。
「ロストロイ魔術師団長殿! クリュスタルム様が〈好みの顔の生娘が一人もおらぬから 妾はオーレリアのところに戻るのじゃ~!!〉と仰せでして……っ! お早く城内にお戻りください!」
「あのっ、悪魔ッッッ!!!!」
ギルは一瞬で地面へと崩れ落ちた。
どうやら私達の白い結婚はまだまだ終わらないらしい。
完
無事オーレリアとギルが両想いになりました。最後までお読みくださった方、本当にありがとうございました!
しかし白い結婚は終わりませんでした。ギルごめん。
白い結婚を終えるのは二人だけの結婚式のやり直しをしてからだろうと思うので、いずれ続編か番外編を書きたい所存です。
とりあえず明日か明後日あたりに、ギル13歳とジェンキンズの番外編を更新します。
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