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31:謁見の間



〈オーレリア! 早う妾を柔らかい布で磨くのじゃ! そして今夜は妾に月光浴をさせるのじゃ!〉

「はいはい」


 ロストロイ家にクリュスタルムを持ち帰って一週間。私はクリュスタルムのお世話係をさせられている。


 このクリュスタルムはトルスマン皇国にあった頃、たくさんの巫女姫にお世話をされて暮らしていたらしい。

 巫女姫というのは、国中から集められた十歳から二十歳までの少女達の中から選び抜かれた、十人ほどの集団だそうだ。

 ちなみに特別な能力があるとかではないらしい。

 霊感もなければ魔力の有無も関係なく、重要なのは生娘であり、信仰心があり、クリュスタルムが気に入る容姿をしているかどうか、の三つであるらしい。まるで王様のハーレムみたいだなぁ。


 けれどこの巫女姫に選ばれると良い縁談が来るので、トルスマン皇国では女性憧れの職なのだそう。巫女姫に在任して一日で結婚退職した猛者もいるらしい。


〈妾が国に帰るまでは オーレリアが妾の世話をするのじゃ お前は実に妾好みの顔をした生娘なのじゃ〉

「そちらの宗教は信仰してませんけどね~」


 そんな訳で私とギルは白い結婚をやめることを決めたが、クリュスタルムのせいで夫婦関係に進展はない。

 私がギルに『いってらっしゃいのチュー』をしようとするだけでクリュスタルムが〈やめるのじゃぁぁぁオーレリアァァァ!!!! 妾の為に清らかであるのじゃぁぁぁ!!!!〉と叫ぶので、本当にまっさらである。


 ギルは、

「バーベナの魂を取り戻す為なら悪魔と取引をしても構わないと思いましたが、クリュスタルムは悪魔の中の悪魔です……っ!!」

 と毎回血の涙を流している。





 私がせっせとクリュスタルムを磨いていると、侍女のミミリーがやって来た。


「オーレリア奥様、旦那様の馬車が屋敷の前に到着したようです」

「じゃあ、ギルのお出迎えに行こうか」

〈オーレリア 妾を置いていってはならぬのじゃ〉

「はいはい」

「奥様、こちらクリュスタルム様用のバッグです」

「ありがとう、ミミリー」


 裁縫が得意なミミリーが作ってくれたクリュスタルムを持ち運ぶ用の斜めかけのバッグを下げ、そこにクリュスタルムを入れて玄関ホールに向かう。そこでは今日も一ツ目羆が我が家の守り神として君臨している。


 玄関ではすでにジョージが扉を開けていて、ギルがホールに入ってくるところだった。


「ギル、おかえり!」

「っ!! バーベナ!! ただいま帰りました!」


 素早くギルに駆け寄って抱きつけば、ギルも私の背中に腕を回し、ぎゅうぎゅう締め付けてくる。

 なんだか大型犬みたいで可愛い旦那だなぁと思い、そのままギルを持ち上げてくるくる回したら「これはさすがにちょっと恥ずかしいです」と照れている。可愛い。私の夫、照れ顔も最高に可愛い。可愛いからほっぺにチューしよう。


 ギルを下ろしてほっぺにチューしていたら、斜めかけバッグの中のクリュスタルムが〈イチャつくのはやめるのじゃ~! この世から生娘が減ってしまうぅぅ!〉と叫び始めた。

 この世界をクリュスタルムの趣味に合わせていると、人類滅亡だなぁ。本当に豊穣の宝玉なのか?


 ほっぺに三回チューしただけでフラフラになっていたギルがなんとか持ち直し、話し始めた。


「バーベナ、クリュスタルムのことで報告があります。夕食を食べながら話しましょう」

「はーい」


 場所を食堂に移し、ギルと向かい合って夕食を取る。


 テーブルに置かれたキャンドルの側にクリュスタルムを並べると、灯りが水晶玉に反射してとても綺麗だ。

 七色の光が食堂の壁や天井にキラキラと映り、ギルが「この悪魔もこうすると使い道がありますね」と楽しげに言う。

 当のクリュスタルムは〈妾を照明器具扱いするでないっ!〉と騒いでいるが。


「それで、クリュスタルムについての報告って?」

「クリュスタルムを隣国へ返還する手続きを取る前に、陛下に謁見して、クリュスタルムをお見せすることになりました。その場に元巫女姫である側妃様も立ち会われるそうです。クリュスタルムが側妃様のことを気に入れば、返還まで側妃様がクリュスタルムの世話をしてくださるでしょう。この悪魔とも直におさらばです!」


 百五十年前に失われたトルスマン皇国の宝だ。側妃様なら私よりしっかりお世話してくださるに違いない。


「それで、バーベナにも謁見の場にご一緒していただきたいのです」

「クリュスタルムの付き添いをすればいいの?」

「それもあるのですが、陛下が『俺、チルトン領の磨崖仏制作者に会ってみてぇ。ギルの嫁なんだろ?』と仰せでして」

「そっちかぁ」


 国王陛下には前世の頃に一、二度お会いしたことがある。グラン団長が亡くなって私が団長職を引き継ぐ際にお声がけしていただいた。

 あの頃の陛下はまだ三十代後半だったけれど、今では五十代くらいか。


「いいよ、わかった」

「ありがとうございます、バーベナ」

「ただ王城に行くなら、一ヶ所寄りたいところがあるんだけど……」


 普段は一般公開されない場所だけれど、魔術師団長のギルなら許可を貰えるだろう。

 不思議そうな表情で首を傾げるギルに、私は頼み込むことにした。





「へぇ~、これがクリュスタルム? とかいう奴かぁ。すっげぇピカピカじゃん。俺、これめっちゃ気に入った」

〈やめるのじゃぁぁ!! おっさんの手で妾に触るでないのじゃぁぁ!! 妾は美しい生娘か 美しき生息子の手にしか触れられたくないのじゃぁぁぁ!!!!〉


 王城の中で最も豪華絢爛な場所、謁見の間。

 その玉座に座る髭がセクシーな国王陛下が、クリュスタルムを持ち上げて中のプリズムを観察している。そしてクリュスタルムが泣き叫んでいる。シュールな光景だ。


 本日は王妃様はいらっしゃらず、隣国の元巫女姫である側妃様が陛下のお隣の椅子に座っている。

 側妃様は陛下がクリュスタルムをくるくる回しながら観察する姿をハラハラしながら見ていたが、「なぁなぁ、側妃よ。これって本当にトルスマン皇国の宝玉か?」と側妃様に受け渡した。

 クリュスタルムを受け取った側妃様は、ホッとしたように溜め息を吐いた。


「……わたくしも文献でしか存じ上げませんが、豊穣の宝玉クリュスタルム様の特徴とかなり一致していると思います」

〈だ~か~ら~! 生娘が良いと言うておるじゃろうが 妾は!〉

「………………ならばわたくしの女官から、クリュスタルム様のお世話をするのに相応しい者を選びましょう」


 側妃様だって好きで輿入れしたわけじゃないんだぞ、クリュスタルム。戦争の賠償金支払いが滞っているせいで人質になってしまっただけだぞ。我が儘言うなよ。


 急遽クリュスタルムのお世話係を選ぶ審査が開催されることになり、側妃様が女官達を呼び集め始める。

 その間に、国王陛下が私とギルに声をかけた。

 ちなみに本日は私のお父様も謁見の間に呼ばれており、玉座の下に立って私達を見守っている。


「オーレリア、俺、チルトン領に行ってお前が製作した磨崖仏を見てきたぜ。あれ、すげぇな。俺めっちゃ気に入った」

「もったいないお言葉です、陛下」

「俺、才能ある女は大好きだ。なぁオーレリア、お前まだ生娘なんだろ? クリュスタルムが言ってたからな。どうだ、俺の愛妾になるのは?」


 陛下のその言葉に一番反応したのはギルだった。


「駄目です陛下!! オーレリア・バーベナ・ロストロイは僕の愛する妻です!! 妻を愛妾にと望むのなら、僕は魔術師団長の職を辞し、妻と共にリドギア王国を去ります!!」

「ははは、ギルが居なくなっちまうのはマジで困るよなぁ~」


 顔を真っ赤にして怒るギルを見下ろし、陛下は楽しげに笑う。

 陛下はそれからゆっくりとお父様に視線を移した。


「だってよ、オズウェル。ギルの奴、ちゃんとお前の娘を愛してるみたいだぜ」

「相変わらずお人が悪いですぞ、陛下。オーレリアのような爆発物を、陛下の愛妾として王城に置いておくわけにはまいりません。ここが国で一番守られるべき場所なのですからな」

「むしろ最強の兵器って気もすっけどな?」

「オーレリアは諸刃の剣ですぞ」


 お父様は「はぁ……」と溜め息を吐きつつ、私を見た。


「それでお前はどうなのだ、オーレリアよ。ギル君と夫婦として上手くやれそうか?」


 それを聞く機会を与える為に、陛下はお父様をこの場に呼んでくださったらしい。

 結婚式以来直接会っていないから、お父様は私とギルのことをそれはそれは心配してくださったのだろう。とても嬉しく、くすぐったい気持ちだ。


 私は隣に立つギルの腕を取り、彼の肩に頭を寄せた。


「大丈夫ですよ、お父様。お父様が私の為に選んでくださった夫は、とっても頼りがいがあって、可愛くて、愛おしい人です。

 私、ギルを愛しています。一生ギルを大切にします」


 私もギルも何度でも失敗し、間違うだろう。

 それでもお互い話し合って、共に生きる道を選ぶために足掻いていくだろう。

 そうやって夫婦になっていくんだろう。


 だからお父様、『まったく心配しないで』っていうのは無理だろうから、あんまり心配し過ぎないでくださいね。


 お父様は私の言葉に目を丸くしたが、ゆっくりと柔らかい微笑みを浮かべ、「そうか」と穏やかに、少しだけ寂しそうに頷いた。


 そしてギルが眼鏡の奥でちょっとだけ泣いた。


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