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30:関係を更新する



 目を開けると、ラジヴィウ遺跡へ出発する前に泊まっていた宿の寝室だった。


 私は暫くぼーっと天井の造りを見上げていたが、ハッと気付いて自分の体を確かめた。

 もう魂の姿じゃない。

 腕も足もお腹も頭もあり、指先もちゃんと動く。

 痛みや違和感もなく、死者の国から生還した代償は無いようだった。


「目が覚めましたか、バーベナっ!?」


 私がもぞもぞ動いていると、ベッドの横から声を掛けられた。ギルだ。


 ギルはすぐ側に置いた椅子に腰掛けて、ずっと私の目覚めを待っていたらしい。

 私のことをすごくすごく心配してくれたのだろう。目の下の隈が酷くて、疲れた表情をしていて、いつもはちゃんとサラサラしている黒髪もボサボサで、無精髭まで生えている。

 そんな憐れでボロボロの姿のギルなのに、愛おしく見えてしまうのだから不思議だ。


「どこか痛みますか!? なにか必要なものは!? 水を飲みますか!?」


 オロオロしているギルを見ていたら、本当に生きて帰れたことが実感出来て涙が出てきてしまう。

 私が無言でポロポロ泣くものだから、ギルはまた慌て出した。


「痛く、ない。平気」

「とにかく水を飲んでください!!」

「ギルが口移しで飲ませて」

「無茶を言わないでくださいっ!!!!」


 死者の国まで迎えに来てくれたギルはあんなに格好良かったのに、地上へ戻ってきたらいつも通りのギルだった。ふふ、なんだか可笑しい。


 私は上体を起こし、ギルから水の入ったグラスを受け取って飲み干した。


「ギル」


 グラスをサイドテーブルに置き、未だ私を心配そうに観察してくるギルの手を取る。


「私を死者の国まで迎えに来てくれて、ありがとう」


 戦時中は死ぬことなんて怖くなかった。ヴァルハラに大切な人の九割が居たから、私は無敵だった。ヤバイくらい無敵だった。

 でも今は違う。

 オーレリアである私には大好きな実家があり、懐かしい故郷があり、新しく受け入れてもらえたロストロイ家があり、愛おしい夫がいる。オーレリアの大切な人達は皆、地上に居る。

 この人達と生きる現世を、まだまだ、まだまだまだまだ! 私は失いたくない。死にたくないのだ。

 例えヴァルハラに居る魔術師団の皆に、あと九十年は会えないとしても。


 私が握った手を、ギルが両手で包み込む。骨張った大きな手だ。この手が私の魂を死者の国から連れ帰してくれたのだと思えば、愛おしさが増す。


「僕は貴女が居なければ笑えません。楽しい気持ちになれません。バーベナが僕の人生の喜びです。

 貴女の為ならば死者の国へでも迎えに行きますし、ヴァルハラにいらっしゃる魔術師団上層部とも闘う所存です」


 ふふふ、ばーちゃんを始めとした上層部を相手にしたら、いくら天才魔術師団長ギルでも勝てそうにないと思うけれど。

 そう言ってくれただけで十分嬉しい。


 私は胸の奥から湧き上がる愛おしい気持ちに身を委ね、「ギル」と夫を呼んだ。

 繋いだままだった手を引っ張り、夫をベッドの中へと引きずり込む。


「……バーベナ?」

「愛してるよ、ギル」


 ベットに倒れ込んだ衝撃でギルの眼鏡のフレームがずれてしまったが、これ、要らないな。私はギルの眼鏡を外して、それもサイドテーブルに置いておく。

 ギルは困惑顔だ。その表情もとても可愛い。胸にグッとくる。


「君を愛しているよ、ギル。バーベナの可愛い部下だった時も、オーレリアとして再会してからも君を大切に思っていたけれど。今はギルと同じ熱量を持って、君を愛している。

 ギルが愛おしい。可愛い。大事に大事に守ってあげたい。この一生が終わっても離れたくない。恋しいよ」


 私の愛の告白を聞いて、ギルの表情が驚愕に変わり、そして恥じらうように照れながらも笑顔になっていくのを観察する。


「つ、つまり、バーベナは僕と本当の夫婦になってくださると言うことですか……?」

「そうだよ」


 私はギルの顔の横に片手を置き、もう片方の手でギルの顎を持ち上げる。


「ば、バーベナ……ッ」


 途端に顔を赤くさせ、オロオロし始めたギルに、私はゆっくりと顔を近付けていく。

 私の顔が近づく度にギルが、「待ってくださ……っ」「いや、やっぱり待たなくていいです!!」「あ、でも、こういう時って僕はどうすれば……!?」などとブツブツ呟く。

 これって、さっさとチューしてもいいのだろうか?


「バーベナ、僕、口付けも初めてなので、その……っ!」

「…………」


 そう言えば発熱時に口移しで水を飲ませたこと、ギル本人に言ったことがなかったなぁ。

 黙っていた方がギルは幸せなのだろうか? 伝えた方が誠実なのだろうか?

 よく分からない。


「大丈夫だよ、ギル。緊張するのは仕方がないけど、怖がらなくていいから。私がちゃんと優しくしてあげる……」

〈妾の前で淫らなことは止めるのじゃ~!!!!〉


 突然、幼女の叫び声が部屋中に響いた。


 なんだ、何事だ、と思って周囲を見回せば———窓際に置かれたテーブルの上に、頭蓋骨程の大きさの水晶玉が輝いていた。


「うわっ」


 あれって、呪いの水晶玉じゃん!?





 私が咄嗟に水晶玉を爆破させようとするのと、ギルが結界を発動して水晶玉を守ろうとする夫婦対決が勃発。


 ギルが何故そんなヤベー闇魔術発生機を守ろうとするのか、まったく理解出来ない。

 なんで竜王の宝物殿から、それをピンポイントで持ち帰るんだ。お宝なら他にもいっぱいあったじゃん。死の呪い付きだけど。

 私、そいつの死の呪いに充てられたせいで、死者の国に逝くはめになったんですけど。

 ていうか、あそこにあった財宝の呪いって、この水晶玉が発生させた闇魔術が組み込まれちゃったせいだよな……。


 私の疑問に、ギルは眼鏡をかけ直しながら答えてくれた。

 隣国トルスマン皇国の失われた水晶玉だとか、豊穣の宝玉だとか、名前はクリュスタルムだとか、竜王が盗んだとか、ギルを死者の国へ送ってくれたとか。


「ふーん。で、このクリュスタルムを隣国に返還しなきゃいけないってこと?」

「まずは国王陛下に報告してから、手続きを始めなければなりませんが」

〈ふはははは!! 妾の知らぬ間にあのトカゲ野郎が死んでおったとは思いもよらなかったのじゃ!! きっと妾が生み出した死の呪いのどれかがトカゲを滅ぼしたのじゃ!! ふはははは!!!!〉


 テーブルの上に置かれたクリュスタルムは元気一杯だ。

 君の闇魔術が原因で竜王は死んだのかもしれないが、アンデッド化したのも君の闇魔術のせいだろうなぁ。


 それにしても。

 宝物殿で見たときのクリュスタルムは玉の中心が黒い靄が渦巻いていたのに、今はまったくそれが見えない。代わりに七色に輝くオーロラのようなものが見えて綺麗だ。


 まぁ、死の呪いを生み出さないのなら、なんでも良いや。


 私とギルのラジヴィウ遺跡の下見は、クリュスタルムという結果を残して終了したのである。


明日2話更新して、とりあえず完結にする予定です。

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