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3:ヴァルハラから入場拒否

北欧神話をベースに魔改造したヴァルハラが登場します。



 我がリドギア王国では、正しく勇敢な人生を全うして死んだ者は皆、神の館ヴァルハラへ辿り着くことが許されると信じられている。

 ヴァルハラでは、昼間は狩りをして遊び、毎晩宴会が繰り広げられているそうだ。

 尽きることのない蜂蜜酒、永遠に減らない猪の肉、その他たくさんのご馳走や飲み物がテーブルに所狭しと並べられて、決して餓えることはない。

 悪人や卑怯者や自殺者などは別の寂しい死者の国へ送られてしまうので、ヴァルハラには本当の善人だけが集まる、天上の楽園なのだ。


 私は魂の姿になって地上を抜け出し、るんるん気分でヴァルハラへと向かった。

 白い靄の向こうに、とてつもなく大きな黄金の門が浮かんでいるのが見える。

 この門を潜れば、私もヴァルハラの一員になれるのだろう。


 魔術師団の皆は元気だろうか。

 今夜の宴で自己紹介とかするのだろうか。

 ちょっと緊張するなぁ。

『ノーザック城奪還戦で死にました、バーベナです。生きていた頃は魔術師をやってました。ヴァルハラの皆さん、本日からどうぞよろしくお願いします!』こんな感じの挨拶で大丈夫だろうか?

 なんか面白いことが言えたらいいんだけどなぁ。うーむ。


 まぁ、なにはともあれ、魔術師団の皆にもうすぐ会える!

 私はびゅーんっと黄金の門へ飛んでいった。





「そこに正座なさい、バーベナ」

「……はい」


 ヴァルハラへ通じる黄金の門の前で、なぜか正座させられている私バーベナ(魂)。

 魂がなぜ正座出来るのかとかは、ちょっと考えない方向でいこう。


 私の向かいには、魔術師団の紺色のローブを羽織った人達がたくさんいる。

 グラン前団長もいれば、『水龍の姫』ことおひぃ先輩、自称『漆黒の堕天使』のボブ先輩、『暴風の槍』とかいう最大魔術を結局一度も見せてくれなかった同期のジェンキンズや、おじいちゃん先輩なんかもいらっしゃる。

 どの顔も知っている人たちばかりで、すごく嬉しい。

 ……嬉しいのだが、全員激怒した顔をしていらっしゃる。何故だ。


 その中でも一番怒っている魔術師———リドギア王国歴代最強の魔術師団長と呼ばれたうちのリザばーちゃんが、私に正座を命じた。


 あ。これ、むちゃくちゃ説教されるやつじゃん。

 私は訳も分からないまま、反射的に土下座した。


「ごめんなさい、ばーちゃん! 私が悪かったです! 許してください!」


 うちのばーちゃんこと、リザ前々魔術師団長は、世界最強の結界魔術を使うとんでもない女傑であった。


 五十年以上前に隣国がリドギア王国に戦争を仕掛けようとしたとき、『悪意を持って王国内へ侵入しようとする者の立ち入りを禁ずる』というとんでもない結界を国境のすべてに張り、そして維持し続けた人なのだ。

 ばーちゃんが亡くなると同時に結界が消滅し、隣国と戦争することになってしまったが。ばーちゃんのお陰で長い年月、我々王国民は平和を謳歌することが出来た。超絶すごい人なのである。


 そんなばーちゃんは私の師匠であり、育ての親でもある。

 私の両親(ばーちゃんにとっての息子夫婦)は私が幼い頃に流行り病で亡くなってしまい、それからずっと私を愛し、叱り、教育してくれた。永遠に頭の上がらない存在なのである。

 まだまだ小さな私をおんぶ紐でくくりつけ「働き方改革です」と言いながら団長の仕事をしていた時期もある。私がそこそこ大きくなると団長室に魔術書を積み上げ、好きなだけ読めるようにしてくれた。

 そして私はばーちゃんと魔術師団の人々に囲まれ愛され許され成長し、十五歳の時に国家魔術師になったのだ。


「私がなぜこんなに怒っているのか、分かっていますか、バーベナ」


 ばーちゃんが艶々の革のブーツ(ヒールの高さ十二㎝)で地面をガンッ! と蹴りつける。魂の私には靄しか見えないのだが、ヴァルハラの住人には靄の下に地面があるらしい。

 そんなどうでもいい事を考えてしまうくらい、ばーちゃん達の怒りの原因が思い付かない。


「ごめんなさい。分かりません」


 正直に言う他なく、そう謝罪すれば、またしてもばーちゃんに叱られる。


「自分が何を叱られているかも分からず、口先だけの謝罪をするのはお止めなさい!」


 だって、ぶちギレてるばーちゃん怖いんだもの……。


 諦めて口をつぐんでいれば、ばーちゃんが盛大な溜め息を吐いた。


「本当に思い当たらないのですか、バーベナ!?」

「はい……」

「ああ、もうっ、貴女ときたら! 私達は皆、貴女が最後に『自爆魔術』を使用したことを怒っているのです!!」


 え? 自爆とか効率的じゃん?

 敵の魔術師いっぱい道連れに出来たよ? 

 あらかじめ味方から離れた場所で戦っていたから、ギル達や王国軍は一人も巻き添えにしなかったし。


 私がそう思ったことが表情に出ていたのだろう。

 皆に一斉に叱られた。


「見損なったぞ、バーベナ! 自爆など、華麗ではない!」

「わたくしには自爆と自殺が同じものにしか思えませんの。バーベナは自らの命を粗末にした愚か者ですの!」

「マジで有り得ねぇーぞ、バーベナ! そんなダセェ死に方をするやつにヴァルハラの土が踏めると思ってんのか!?」

「……バーベナ。君には生前何度も呆れ果ててきたけれど、今回ほど酷いものはないよ。私は本気で君に怒ってる」

「なんと卑怯な魔術を使ったのじゃ、バーベナ。生きることを端から諦めおって! それでもリドギア王国が誇る魔術師団員か!?」


 ひぃぃぃぃ! 死んでも下っ端は上の連中から怒られなくちゃいけないのか……。


「で、でも! もう死んじゃったんだから、どうしようも出来ないし? ヴァルハラでは自爆とかしないからっ、許してください、皆! ねっ?」


 私は手を合わせて謝ったが、誰一人許してはくれなかった。


 ばーちゃんが怖い顔をして私に近付いてくる。


「ば、ばーちゃん?」

「バーベナ、最後に人生を投げ出した貴女に、ヴァルハラへ入場する資格はありません。地下にある死者の国が、貴女の向かうべき場所です」

「うそ……嘘でしょ、ばーちゃん!?」

「嘘ではありません。本当です」

「嫌だ嫌だ嫌だ! 私もヴァルハラがいいです! 皆と一緒にヴァルハラで暮らしたいよぉっ!」

「私達だって、バーベナと共にヴァルハラで暮らしたいに決まっているでしょうがっ!! この愚かな孫娘がっ!!」

「うわぁぁぁぁんっ!!」


 自爆が自殺カウントされるなんて思っていなかった。

 大体、魔術が発動したときすでに敵の魔術で私の心臓貫かれていたぞ! 他殺カウントだろ! 自爆仕掛けていた時点でアウトなのかよ!


 悪人や卑怯者達がいっぱいいる死者の国なんて嫌だ。絶対に行きたくない。

 そんな寂しいところで私、どうやって毎日楽しく暮らせと言うのか。やっぱり治安の良い場所が最高に決まっている。


 私がおいおい泣いていると、ばーちゃんが真上から溜め息を吐いた。


「……私達は神様にお会いして、バーベナにもう一度だけチャンスを与えてくださるよう、お願いしてきました」

「うぇぇぇ、ひっく、ひっく……」

「いいですか、バーベナ。もう一度地上で生まれ変わり、今度こそ正しい生き方をして、ヴァルハラへの入場資格を手に入れるのですよ」


 もう一度生きろって、鬼なんですか、神様。本当にそれしか方法がないのか? せっかく皆にまた会えたのに。


「愛していますよ、かわいいバーベナ。次は正しく、幸福な最期を迎えなさい」


 ばーちゃんはそう言って寂しそうに微笑むと、ブーツの踵でゴスッと、私の魂を地上へと蹴り落とした。


 白い靄を突っ切って、私の魂はどんどん下に落ちていく。


 魔術師団の皆がばーちゃんの後ろから手を振って、「バーベナは次こそ結婚するべきですの!」とか「いや、君と結婚してくれる男なんて地上にはいないから、独身のまま天寿を全うしなよ!」とか「とにかく自爆すんな!」とか「新しい家族を大事にするんじゃぞ~」とか、好き勝手言っている。

 特におひぃ先輩、あなた、漆黒の堕天使(笑)ボブ先輩に長年片想い中のくせに自分のことを棚に上げるんじゃない!

 私もそこに居たいのに、ひどい。





 いつの間にか皆の声が聞こえなくなって、白い靄も消えてしまい、気が付いたら私は生まれたての赤ん坊になっていた。


 せっかく皆に会えたのに、また皆と楽しく魔術をぶっぱなしながら暮らせると思っていたのに。ヴァルハラから入場拒否されるなんて、思ってもみなかった。

 自爆は卑怯だとか、勇ましくないとか言われてもなぁ。むしろ合理的だと思っていた私はおかしいのか?

 だって向こうだって死に物狂いで侵略してくるのに、出し惜しみなんて出来ない。肉片になってでも、リドギア王国の未来を勝ち取らなきゃいけないだろ。

 ……そりゃ、まぁ確かに? 死ねば皆に会えるって、生き急いでいたことは否定は出来ないが?

 それが悪かったのか……。


 ああ、悲しい。ああ、絶望だ。

 私もヴァルハラに行きたかった。

 蜂蜜酒とお肉の宴会で毎晩飲んだくれたかった。昼間は狩りに参加して、いっぱい爆破したかった。自己紹介に何を言おうか悩んだのに、ちくしょう。

 バーベナとして死んだまま、ヴァルハラで皆と遊んで暮らしたかったよ。生まれ変わりたくなんかなかったよ。


 私が身も世もなく泣いていると、私の体を持ち上げる太い腕の感触がした。


 誰かの大きくてカサついた手が私のもちもちのほっぺたを撫で、野太い声で、


「わっはははは! なんと元気な泣き声だ! この子はきっと頑丈に育つぞっ!」


 と、とても愉快そうに笑う。


「シシー、よくぞ立派な赤ん坊を産んでくれた。ありがとう、ありがとう! お前は実に良き妻だ!」

「チルトン家の嫁として、当然の責務を果たしたまでのこと。わたくしには勿体無きお言葉です、オズウェル様」

「お前はこんな時でも堅苦しいのだな、シシーよ……。まあ、よい」


 私を抱き上げた男の人は、泣きわめく私を見下ろして、「父に抱かれて嬉しいのだな。なんと可愛い子じゃ」と目を細める。


 違うんですよ、おじさん。

 私はね、この世に生まれ変わっちゃったことが悲しくて泣いているんです。

 おじさんに抱っこしてもらうのはどうでもいいのです。


「お前には、……オーレリア・バーベナ・チルトンと名付けてやろう。私の曾祖母の名と、戦争の英雄バーベナ魔術師団長の名だ。きっとお二人がヴァルハラからたくさんの加護をお前に与えてくれるだろうて」


 おじさんの曾祖母さんは知らないですけど、バーベナのやつは今ちょっとヴァルハラには居りませんね。おじさんの腕の中に居ますよ。


「我が娘に生まれてきてくれて、ありがとう、オーレリア。私の新たな宝よ」


 多分このおじさんは私の新しい父親で、とっても良い人なんだろう。だけど私はこのおじさんの宝物になるより、ヴァルハラに行きたかったぁぁぁ。うぇぇぇぇん。


 私は顔をしわくちゃにして、ただひたすら泣いた。


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