表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/126

28:宝玉の主(ギル視点)

山場部分なので、本日3話分更新します。



「バーベナっっっ!!!!」


 竜王のアンデッドを倒してからすぐに財宝の山から降りると、バーベナが水晶玉から溢れ出てきた黒い靄に呑み込まれる瞬間を見た。

 僕は慌てて彼女に向かって手を伸ばし、財宝の山を蹴散らしながら走ったが、バーベナの体に届くことはなかった。


 一体なにが起きた?

 今の黒い靄はなんだ?

 バーベナはどこへ連れていかれた?


 たくさんの疑問が思考を埋めながらも、僕はバーベナが居た場所に辿り着く。

 そこにあるのはたくさんの財宝と、先程黒い靄を噴き出した水晶玉だ。


 僕はバーベナほど魔術式の解読は得意ではない。

 バーベナは昔から行使する魔術がすべて爆破系になってしまうという謎さえなければ、魔術研究分野では抜きん出ていたのだ。それで前世では魔術師団上層部に上り詰めた人だ。

 そんな彼女が焦ったようにこの水晶玉を手放そうとし、間に合わずに黒い靄に消し去られた。どう考えてもこの黒い水晶玉が怪しい。


 中心が真っ黒く染まった、禍々しい水晶玉を手に取ってみる。……やはり僕にはこの水晶玉の仕掛けを探るには時間が掛かりすぎる。

 バーベナが今どこに居て、どんな状況なのかも分からない現状で、呑気に解析などしていられない。

 もしかしたら彼女に死の危険が迫っているかもしれないのだ。


 もう二度と、貴女を失ってたまるものか。絶対に離れるものか。


「いま貴女の元へ向かいます、バーベナ」


 彼女に焔玉のピアスを贈っておいて本当によかった。

 『居場所探知の魔術』を仕込んでおいたから、彼女を追いかけることが出来る。それが魔術によって作られた異空間だとしても。


 僕はピアスから発せられる魔術を追って、水晶玉の中の世界へと入り込んだ。





 どこまでも続く草原の中心に、雨雲よりもさらに重く黒い靄が広がっている。

 ピアスの魔術はあの黒い靄の中心から発せられていた。どうやらあの中にバーベナが居るらしい。僕はそこに向かって走ることにした。


 僕が近付くことを阻むように正面から強風がぶつかり、周囲の草がナイフのように飛んでくる。すぐさま結界魔術で防いだ。


〈帰らせるのじゃ 帰らせるのじゃ 妾を帰せぇぇぇ!! あのトカゲ野郎は決して許さぬのじゃ 呪うのじゃ 呪うのじゃ 盛大に呪ってやるのじゃぁぁ!!〉


 黒い靄の中心から、幼い女の子の癇癪が聞こえてくる。妙な話し方なのに、その言葉に込められた行き場のない怒りと憎しみだけは、肌に痛いほど伝わってきた。

 その癇癪に連動するように、黒い靄の量が増えていく。


 バーベナのピアスから発せられる魔術の痕跡と、その癇癪の声を頼りに靄の中へと入る。

 暫く走っていると、靄の中心が見えた。


 大きな岩の上に幼い少女が座り込んでいる。


 年の頃は十歳ほどだろうか。

 透けるように白い肌には血の気がなく、作り物めいた顔をしている。長い銀の髪を地面まで垂らし、純白の衣装を身に付けて膝を抱えていた。

 あれは確か隣国の民族衣装だ。

 我がリドギア王国に側妃として輿入れした巫女姫が、似たような衣装を着ていたと記憶している。


 岩の上の少女は突然現れた僕にはまるで見向きもせず、怒りの言葉を吐き続けていた。


〈妾を帰すのじゃ 帰らせるのじゃ 妾の地に帰らせろなのじゃ!〉


 この少女は水晶玉の世界の主なのだろうか。

 帰せ、とは、一体どこへ帰りたいと言うのだろう。


 そんなことを一瞬思ったが、それよりもバーベナだ。

 彼女を見つけなければ。彼女のピアスはこの周辺を示しているというのに、姿がなかなか見えない。


 ———ふと視線を下げると、長く繁った草むらの中に、くの字に倒れ込んでいるバーベナの姿をかろうじて発見した。


「バーベナッ!!!!」


 慌てて草を掻き分け、バーベナの体を抱き起こす。

 触れた彼女の肌は氷のように冷たく、鼻や口許に手を翳すと本当にささやかな呼吸しか感じられない。彼女の胸元に耳を押し当てて心拍を聞けば、今にも途切れて消えてしまいそうだった。


 バーベナが死にかけている。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!! 一体何故っ、目を開けてくださいバーベナっ!!!! どうしてこんな……っ、一体なにが……!!!!」


 身体中から血の気が引いていく。

 自分の心の深い所から噴き出してくる真っ暗な絶望に飲み込まれ、思考が潰され、バーベナを抱き締めていた指先にさえ力が入らなくなってくる。

 けれどたった一つの疑念が僕を突き動かし、僕はどうにか顔を上げた。


「貴様がバーベナに何かをしたのかッ!?」


 岩の上に腰かけていた少女は今ではこちらを見下ろし、頬杖をついている。少女の紅く輝く瞳が、ひどく畏ろしいと思った。


〈妾ではない〉

「ならば何故、バーベナはこのような状態になっているんだ!?」

〈その小娘が生まれ変わりなどという異端な生き方をしておるからなのじゃ 通常の魂よりも死の縁に近い 妾がトカゲを倒す為に作り出した死の呪いに引きずられ 妾の元まで流されてきたのじゃ じゃがこの小娘はこの空間に耐えきれず 魂だけが死者の国へ墜ちただけのこと 直に肉体の方も生を止めてしまうはずじゃ〉

「そんな……」


 バーベナの生まれ変わりが非常にデリケートなものであることは想像していた。

 けれどこんなふうに呆気なく、死者の国へ魂が墜ちてしまうなんて。あんまりではありませんか……。


 バーベナの二度目の死の訪れに、僕はもう立ち上がる気力も湧かない。

 ……このまま自決してしまおうか。

 彼女の魂がヴァルハラではなく死者の国に向かったというのなら、僕でも追いかけられるだろう。


〈小娘を助けたいのか?〉


 その言葉に、僕はぼんやりと少女を見上げる。


〈妾を帰すと約束するのなら 小娘を助ける方法を教えてやるのじゃ〉

「……バーベナを、妻を、助ける方法があるのか……?」


 まだバーベナと生きていたい。この人の笑顔を見ていたい。

 語り尽くしたいことが山のようにあり、一緒に行きたい場所もやりたいことも星のようにあって、どうしても失いたくない。

 口付けだってしていないし、この人と熱を交わし合う喜びも知らない。僕達の子供にもまだ会えていない。

 バーベナが足りない。

 一生をかけても彼女が足りないかもしれないのに、こんなに呆気なく逝かれてしまっては、僕はもう生きていたくない。


 バーベナと生きる未来がまだあると言うのなら、目の前に居るこの少女が悪魔でも構わない。

 この世界の果てに連れて行けと言われても、僕はそれに従ってやる。


〈妾は宝玉クリュスタルムじゃ トルスマン皇国を豊穣に導く役目を持つ国宝なのじゃ 百五十年前に巨大なトカゲに拐われて以来 国に帰ることが出来ないでおる 憐れなクリュスタルムなのじゃ〉

「……隣国か」


 我がリドギア王国の沃土を狙い戦争を仕掛けてきた隣国、トルスマン皇国。

 トルスマン大神殿に君臨する大祭司が皇国の豊穣を願い平和を維持していたが、いつの頃からか不毛の土地と呼ばれるほどに国力が落ちた。その結果リドギア王国に戦争を仕掛け、敗戦国となった。


 その国宝クリュスタルムが『巨大なトカゲに拐われた』と言い、竜王の宝物殿にある。確か伝説にも、竜王が大陸中の財宝を略奪するエピソードがあったはずだ。

 この宝玉もその略奪品の一つなのかもしれない。


「……分かりました」


 今大事なことは、僕の妻であるオーレリア・バーベナ・ロストロイの魂を取り戻すことだけだ。


「貴方をトルスマン皇国へ御返しいたしましょう。ですから、どうか妻を助ける方法をお教えください」

〈約束を違えるでないぞ 小僧!〉


 クリュスタルムはニヤリと笑うと、僕に人差し指を向けた。


〈妾がお前を死者の国へ送ってやるのじゃ そこでお前は妻の魂を見つけるのじゃ じゃがしかし 妻の姿を見てはならぬ 決して見てはならぬのじゃ 盲目の中で妻の魂を見つけ出し 一度も妻の魂を見ることなく地上へと連れて戻ってくるのじゃ さすればお前の妻は目を覚まそうぞ〉


 聞いたことを決して忘れないよう、心に刻む。


 バーベナだけが僕の人生に〝楽しい〟を与えてくれる。貴女が居ないと僕は笑うことさえ出来やしない。

 貴女と生きるためならば、死者の国でもどこへでも墜ちて行こう。どんな苦難も乗り越えてやる。

 だから、どうか世界よ、僕と妻を引き離さないでくれ。


 クリュスタルムの小さな指先から光が溢れ、視界が真っ白に染まった時、僕は肉体ごと死者の国へと墜ちて行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ