27:竜王の宝物殿
レリーフの中は、先程まで私とギルがいた大広間とそっくり同じ造りをした空間だった。舞踏会でも出来そうな程に広くて、所々柱が見える。
ただ一つ違うのは、お宝がぎっしりと詰め込まれていて床がまったく見えないということだ。
そこには金銀財宝がたくさんの山を築き上げ、眩しく輝いている。部屋の奥の方は財宝に隠れてしまい、壁すら見えない。
一歩足を踏み出すだけで黄金のゴブレットや銀の皿を蹴飛ばしてしまう。指輪や金貨などの小さいものはもはや砂浜の砂粒のようだ。ブーツの裏でジャリジャリ音を立てられると、前世庶民現世貧乏令嬢として生まれた私には少々罪悪感に駆れてしまう。
「大丈夫ですか、バーベナ? この空間に入ったせいで、何か体調に異変がありましたか?」
「金銭感覚が崩壊しそうな異変がありますね……」
「強欲であることは悪いことばかりではありませんよ。それでリドギア王国の経済が回り、だれかの今日の生活が守れるのですから」
「そういう問題なのかはよくわかりませんが、頑張って財宝を踏みます!」
「ええ。そうしないと先へ進めませんからね」
私は覚悟を決め、財宝の山をザクザクと登っていく。
足場が不安定すぎて何度も滑り、ブーツの裏に財宝の尖った部分が刺さっては引っこ抜く。たまに財宝の雪崩が起こって逃げたり、足の踏み場が悪かったのかズサァァっと財宝の中に落っこちてギルに救出された。どうもこんにちは、金銀財宝まみれの奥さんです。ローブのあちこちから金貨がいっぱい出てくるよ……。
しかもここにある財宝のほとんどに、死に関連する魔術式が組み込まれている。闇魔術だ。
この部屋から財宝を運び出せば凍死したり、人体が発火したり、ゆっくりと全身が壊死したり、四肢がもげて死んだりと、危険なものばかりだ。
これらの魔術式が竜王の呪われた財宝と呼ばれるにいたった正体なのかもしれない。
「あとで詳しく解析しないと駄目だね、この財宝」
「今回の下見にバーベナに来ていただいて良かったです」
解析と爆破は私の得意分野だからな。その代わり、解除はまったく出来ないのですが。
解析した魔術式とその危険性をメモしてギルに渡しておけば、後日魔術師団が調査に来たときに注意してもらえるだろう。
……しかしこの魔術式、本当に竜王が仕掛けたものなのだろうか?
伝説の中ではバーデニア領主の息子として生まれた竜王なので、特別な竜だったのかもしれないけれど。ドラゴンは火を吹いたり、雨を操ったり、カラスのように財宝を集めて執着するイメージばかりで、闇魔術を操る印象はあんまり無いんだよなぁ。
まぁ私、ドラゴンの専門家じゃないからわかんないや。
そんな感じで歩みは遅かったが、なんとか部屋の三分の一ほどまで進むことが出来た。
そして私達はその光景をようやく目にすることになった。
「あれが竜王の———骨?」
「完全に白骨化していますね」
財宝の山の中に、丸太のように大きな骨が何百本と落ちている。
その中でも一際大きいのは頭蓋骨で、それだけで小屋くらいの大きさがあった。
「本当に竜王が存在していたんだ……」
「旧バーデニア子爵領に残された竜王伝説がどこまで真実かはわかりませんが。確かにこの宝物殿に、竜が封印されていたのは事実ですね。国に報告しなければ」
「死因はなんだろう?」
「次回の調査では魔術師団だけではなく、学者達も連れて来なければなりませんね」
伝説では、旧バーデニア子爵家の血縁の女性に首を切られたと言われているが、実際には無理だろうな。
竜王の骨の大きさから考えて、女性の腕力では致命傷は与えられないだろう。
「まぁ、とにかく。この死の魔術たっぷりの財宝達を解析してみるとしますか!」
「僕はもう少し先に進んで、この宝物殿の調査を続けます。バーベナは財宝の雪崩に気を付けてください」
「はーいっ」
ギルがメモを取りながら部屋の奥へ進んでいくのを見送り、私は竜の骨の周囲にある財宝を調べることにした。
「さて、まずはこの大きなエメラルドが付いた王冠は……」
私が王冠を持ち上げたとき、ガラガラと大きな音がすぐそばから発生した。
何の音だ、と振り向いてすぐに、音の発生源が分かる。
竜王の骨だ。
財宝の山の上にバラバラと散らばっていたはずの竜王の骨が勝手に動きだし、まるで骨格標本を組み立てていくかのように連結していく。———アンデッドだ。
「うわぁぁ……。これ、爆破でどうにかなるのかな……」
十中八九無理、と思いつつも私にはそれ以外に方法がない。
完全に竜の形になる前にと、私は魔術式を複数構築し、ドカンッ!! ドガガガガンッ!!!! と派手に爆破魔術を連発した。
竜の骨は私の爆破魔術で粉々になったが、すぐに破片が集まって再び巨大な骨の形に戻る。
やはり駄目だ、アンデッドに爆破は無意味だった。
竜王の骨はまた連結を始め、巨大な頭蓋骨から長い尻尾、指の骨の先の鋭い爪まで綺麗にくっついた。
そして骨で出来た翼を使って、私の方へと羽ばたいてきた。
なんで骨だけで飛べるのか、さっぱりわからない……!
そもそも目玉もないのにどうして私の存在を把握してるんですか!?
あんな鋭い牙や爪で襲い掛かられたら、人間など一瞬で肉片になってしまう。
私は必死で竜王のアンデッドから逃げながら、『私、ここで死んじゃうのだろうか?』と考えてしまった。
え? こんなところで死ぬの?
そりゃあ、ヴァルハラに行くことは私の夢で、憧れで、幸福のはずだけれど。
今? この瞬間なの?
———ギルを置いて逝くの?
夫の顔が脳裏をよぎった瞬間、後ろから「バーベナ!!」と私を呼ぶギルの声がした。
「竜王ごときが、僕の妻に手を出すな!!!」
財宝の山の天辺に立ったギルが、両手を翳して複雑な魔術式を構築する。なにあれ、見たことがない魔術だ。
半径三メートルはありそうな巨大な魔術式が空中に浮かび上がり、そこから金色の光を放つ無数の矢が放たれた。———すっっっごく珍しい、光魔術だ。
聖なる光の矢は次々と竜王のアンデッドに突き刺さり、その部分からアンデッドがどんどん浄化して消えていく。
ギル、すごい。
あんなに小さかったギルが、こんなにすごい魔術まで使えるようになっているとは。彼の成長と頼もしさに、胸が熱くなってくる。
「ギル、助けてくれてありがっ、」
嬉しくて、ギルの元まで駆けていこうとして、私はまた何か変な財宝を踏んで転んでしまった。
また蟻地獄みたいな財宝の中へ落ちてしまっては大変だと思い、私は近くにあった何かに掴まろうとする。
私が掴まったのは、水晶玉のようなものだった。人の頭ほどの大きさで、中心に黒い靄のような渦が見える。
黒い渦は生き物のように蠢き、一瞬ごとに形を変えていく。
そんな不思議な水晶玉から声が聞こえて来た。
〈……妾は帰りたいのじゃ〉
癇癪を起こしている、幼女らしき声だ。だけどすごく古臭い喋り方だな。
〈帰りたいのじゃ 帰りたいのじゃ! 妾を帰らせるのじゃ阿呆トカゲめ~っ! 妾を帰らせないつもりなら呪ってやるのじゃ トカゲを盛大に呪ってやるのじゃ~〉
水晶玉が喋る度に中心の黒い靄が蠢き、そして黒い靄が吹き出してくる。
なにこれ、やばい。
こんなに禍々しい闇魔術は見たことがない。
慌てて手放そうとしたけれど時すでに遅く、黒い靄は私の視界を塞ぎ、体に絡みつく。
絡みついた靄は凍てつく冬の空気みたいに冷たくて、私の体温を一瞬で奪っていくのを感じた。
「バーベナっっっ!!!!」
一瞬ギルの焦った表情が見えたけれど、私は手を伸ばすことも叶わず、水晶玉の中へと誘われてしまった。