25:旅の道中
「ではジョージ、僕達が居ない間の留守を任せた」
「じゃあ皆行ってくるねー! お土産楽しみにしてて!」
ラジヴィウ遺跡へと旅立つ私とギルは、馬車に乗り込み、見送りに出てきてくれた使用人達に挨拶をする。
執事のジョージや、私の専属侍女のミミリーがしっかりと頷いた。
「行ってらっしゃいませ、旦那様、奥様」
「屋敷の者達一同、お二人のご無事の帰還を願っております」
彼らに手を振り、馬車はロストロイ家から出発した。
ラジヴィウ遺跡は旧バーデニア子爵領にあり、広大なラジヴィウ公爵領の中でも僻地にある。かろうじて飛び石にならなかった場所だ。
王都からは一週間ほどの距離にあり、元々の人口は少ない。けれど四年前に遺跡が発見されてから研究者や観光客の訪れが増え、現在は小都市になっているらしい。
遺跡は地下神殿のようになっており、観光客が訪れることが出来るのはその入り口までだ。研究者達が現在は地下二階まで探索しているのだが、まだその先に進むことが出来ずにいるらしい。
「どうもトラップが仕掛けられているらしく、ラジヴィウ家お抱えの魔術師だけではまだ解除出来ずにいるらしいのです」
「どうしてその状況でギルの調査依頼を放置出来たんですか、公爵よ……」
「僕が根負けしてご令嬢と縁談を結ぶのを待っていたらしいですね……」
私達は思わず、遠い目になる。
「それで、こちらが遺跡の地下二階までの地図です」
「ほほう。拝見しよう」
地下神殿に似ているとは言っても、実際の神殿ではないようで、本堂や祈りの場などは記載されていない。まだ探索されていない地下にあるのかもしれないが。
用途不明の部屋がいくつもあり、食器などの生活道具や、壺や絵画などの美術品、槍や剣といった武器も見つかっているらしい。
「本当に竜王が暮らしていた館だったら面白いね」
「研究者達もそちらの線で調べているようです。竜王の呪いを受けた宝を見つけ出せたら、世紀の発見でしょう」
「呪われていても宝が欲しいんですかね」
「人は強欲ですから」
まぁ、宝は誰かが所有権を得たとしても、博物館に飾るとかすれば平気かもしれないしな。
そういうわけで私とギルはラジヴィウ遺跡までの長閑な道を、のんびりと進んでいった。
▽
ラジヴィウ遺跡に到着する前日の宿で、私は久しぶりに夢の中でヴァルハラのばーちゃんと会った。
ちなみにその日の宿は温泉が売りで、宿の支配人が気遣ってくれて露天風呂を夫婦貸し切りにしてくれたのだけど、ギルが「後生です、水着着用許可をお願いします」と支配人に土下座して大変だった。
君、一応爵位持ちだろ。庶民を困らせるのはやめろ。白い結婚続行中とはいえ夫婦なんだから、混浴するのに水着なんて着なくてもいいじゃないか。そもそも水着を着たらどうやって体を洗えばいいんだ?
私より恥じらいのあるギルのせいでせっかくの露天風呂が水着着用になってしまったが、お風呂は素晴らしかった。源泉掛け流しの露天風呂は周囲の眺めも良く、入浴中のお酒もサービスされて最高だ。
いい気分で「ギルもお酒飲むでしょ?」とギルにお酒を注いであげようと思って振り返ったら、彼は露天風呂にまだ一分しか浸かってないのに逆上せていた。
慌ててお姫様抱っこでギルを脱衣場まで運んだが、心臓発作とか危険な状況かと思って、非常にびっくりした。
『久しぶり、ばーちゃん! 本日は何用ですか!?』
『ちょっと孫の様子を見に来ただけですよ。元気そうで良かったわ、バーベナ』
ばーちゃんからの御告げがないということは、今回はラジヴィウ遺跡が崩壊とかのフラグはないようで安心する。
『旦那さんとは仲良くやっているようで安心しました。貴女もそろそろ白い結婚はやめて、曾孫の四人や五人を』
『あ、ばーちゃん。聞きたいことがあるんだけど』
私はばーちゃんの面倒くさい話を強引に遮る。
『私の元にばーちゃんが現れることが出来るのは、私が生まれ変わりという特異を起こしていて、私の魂がヴァルハラに繋がっているからなんですか?』
以前ギルとそんな話をしていて、自分からばーちゃんを呼び出すような真似はしないで欲しいと頼まれた。
で、今回ばーちゃんがやって来てくれたので質問してみる。
ばーちゃんはハッとしたような表情をした。
『そうですね……。バーベナは本来死者の国へ行くはずだったのを、神様に嘆願してねじ曲げて頂きました。だから私が貴女に会いに来れるのは、ねじ曲げたことによる歪みを辿っているのかもしれません』
ばーちゃんにもハッキリとは分からないようだが、ギルの仮説は結構正解に近いのかもしれない。
『ただ、その場合バーベナの魂に繋がっているのはヴァルハラではなく、死者の国なのでしょう』
『死者の国!? なんで!?』
『貴女が死者の国へ行くはずだった魂だからですよ』
真剣な表情をしたばーちゃんが、私の両肩に強く手を置く。
『いいですか、バーベナ。貴女の魂が通常の人間よりも死に近い場所にあるというのなら、これ以上、死に魅入られないようにしなければなりません。死に頭から飲み込まれてしまったら、死者の国に引きずり込まれてしまうでしょう』
『いやぁぁぁ! おっかない!』
『私ももう気軽に貴女のもとへ訪れるのは止めておきましょう。これ以上バーベナの魂に歪みを引き起こすわけにはいきませんから』
私は言葉を飲み込んだ。
心境としては、ばーちゃんが会いに来てくれないなんて寂しい! やだやだやだ! また来てよ! という感じなのだが。死者の国に引きずり込まれて、ばーちゃんとヴァルハラで再会出来なくなるのも非常につらいから。
でも涙がポロリと溢れる。
『死に飲み込まれないよう、堅実に今を生きるのですよ、可愛いバーベナ』
『……はい』
『貴女がしっかりと生きて天寿を全うすれば、またヴァルハラで会えるのですから、寂しがってはいけませんよ。おばあちゃんも魔術師団の皆も、いつでもバーベナを見守っていますからね』
私がこくりと頷くと、ばーちゃんは夢の中から消えていった。
大事な人全員と、ずっとずっと一緒に居たい。
なんて幼くて普遍的でどうすることも出来ない願いなのだろう。
私の嫁入りの時にチルトン家の皆が泣いてくれたように、ナタリージェ様が泣いたように。人は別れを繰り返す。
どうせ受け入れ諦めるしか方法はないくせに、どうしてこんなにも泣けてしまうのだろう。
▽
「……バーベナ?」
ギルに肩を揺すられ、目を覚ます。まだ真夜中のようで室内は暗く、私は顔中をびしゃびしゃにしていた。
ひどく心配げな表情をしたギルの顔がすぐ傍にあった。
彼の手のひらが私の頬を擦る。爪先で傷付けないようにという配慮が見える、ぎこちない動きだった。
「どうして泣いておられるのですか? 夢見が悪かったとか……」
「ばーちゃんが夢に出てきた」
私はギルに涙を拭われるまま、夢の中でのばーちゃんとの会話を口にした。
話せば話すほど寂しくなって、胸の奥が軋んで、涙がだらだらと耳の横を伝っていく。ギルは手を使うのを諦めて、側にあったタオルで私の顔を拭き出した。
「……仕方がないことですよ。バーベナの魂が死者の国へ引きずり込まれてしまうより、よっぽどマシです」
「分かってる。でも寂しいぃぃぃ!」
「僕が居ます。貴女の傍にずっと居ますから」
「どうせ私より先に寿命でヴァルハラへ行っちゃうくせに! 私をひとりぼっちにするくせに!」
こんな事、口にしたってどうしようもない。
ギルとオーレリアは十六歳も年が離れているのだ。どう考えたって私を置いていく。どうしたって私を孤独にさせる。考えたって解決方法なんてない。
だからいつもみたいに面倒なことは考えるのを止めて、諦めて、忘れてしまいたい。
それなのに今の私には感情の荒波が抑えられず、ギルに情けないところを見せてしまう。自分じゃないみたいだ。
いや、こういう愚かな部分も確かに自分だと分かっているのだが、今まで直視したくなかったのに、ギルの前では隠せなくなってきている。
……幼いギルの前ではもっと師匠面していられたと思うのに、大きくなってしまったギルの前では弱い自分を繕うことが出来ない。何故だ。
ずっと傍に居るだなんて慰めるなよ、ギル。
余計に寂しくなっちゃうだろうが。
「では僕達の間にたくさん子供を作り、家族を作りましょう。バーベナのことを母と呼び、祖母と呼んで愛してくれる家族を増やしましょう。僕がヴァルハラへ行ったあとも、貴女が賑やかな家に居られるように」
ああ、そうか。
だから人は懸命に命を繋ぐのか。
自分が最後の一人にならないように。
明るい世界の中で、自分の命が終われるように。
子供を生み育てて未来を作ろうとするのか。
今の私には一人にならない為にそんな解決方法があるのかと、びっくりしてまた涙が溢れた。
「だからどうか〝死〟に魅入られないで。僕が貴女をヴァルハラへと迎えに行くときまで、どうかきちんと生き抜いてください」
温かなギルの腕の中に抱き締められ、私は溺れる人間みたいにギルの背中に腕を回して抱きついた。
私はギルの寝着の胸元を涙と鼻水でべちゃべちゃに濡らし、それでもまだ涙が出てくる。もはや湧き水かよ。
けれどギルが何度もしつこく繰り返し私の頭をヨシヨシしてくれて、だんだんと落ち着いてくる。
いつの間に、私はギルをお子ちゃまとして見なくなったのだろう。
私は泣き疲れ、ギルの腕の中で夢も見ずに朝まで眠っていた。




