24:時代の移り変わり
『貴女の髪はハーブの色 貴女の瞳は爆煙の色 瞳の裏で輝くその残像に、僕は手を伸ばしたい』
ラジヴィウ公爵家の夜会でご挨拶した方々に手紙を送ったり、ジョージと一緒にロストロイ家の帳簿の確認をしたり、爆破したり、使用人からの報告や相談を片付け、出入りの業者と話し合いをしたり、爆破したり、ギルに渡す領地の書類の整理をしていると。資料の間からひらりひらりと、数枚のメモ用紙が落ちてきた。
なんだこれ、と確認してみれば、ギルの書き損じのポエムだった。
そういえば初デートの時に、ギルが『恋人に捧げるポエムの書き方~初級編~』とかいう本をこっそり購入していたっけ。
このメモ用紙はその練習作ということだろう。
「ふーん」
私は執務机に頬杖をつきながら、メモ用紙を眺めた。
ちなみにここはギルの執務室で、壁にバーベナの肖像画が飾られている。その周囲には未開封の酒瓶が山のように積まれ、暗黒の儀式を行う祭壇状態だ。かつてのギルが相当病んでいたことを窺わせる。
……あのお酒ってバーベナに捧げられているんだから、私が頂いても問題ないのかなぁ? 今度ギルに聞いてみよう。
私はどちらかというと理系の人間で、ポエムとかフィクション小説とかの文学的なことにはとんと疎い自覚がある。
このポエムの良し悪しはまったく分からないし、なんならポエムを贈られることにトキメク心すら分からない。
ギルが結婚当初のやらかしをどうにか挽回すべく頑張っているのは理解するが、ポエムが一般的に有効な手立てなのかも分からない。
私としては『まぁ、許してもいいか』という気持ちになったら、お父様やヴァルハラのばーちゃんが待望する子供を作ってみるか、という、非常にゆる~いスタンスで白い結婚をやっているので、ポエムの有無とか最高にどうでもいい。
……最高にどうでもいいのだけれど。
「ねぇ、ミミリー」
「はい。如何なさいましたか、オーレリア奥様」
私の専属侍女であるミミリーに声を掛ける。
「商人に小物入れを持ってきてくれるよう、連絡してくれないかな?」
「承知いたしました。ちなみにどれくらいのサイズの小物入れをご希望でしょうか?」
「メモ用紙や手紙が入る大きさかなぁ……」
「では商人に、オーレリア奥様の好みそうなデザインのもので、手紙類が入る大きさのものを見繕うように、頼んで参ります」
「よろしく」
彼女が部屋から退室したあと、私はもう一度ギルの書き損じポエムを読む。
どう考えてもこのポエムは必要ないし、欲しくもないのだけれど———何故だか愛おしいという不思議。
もしかしたらこれは、子供が初めて描いた絵を愛しく思ってしまう母親の気持ちに似ているのかもしれない。子供を産んだことはないので完全に想像だけれど。
私はその後やって来た商人からちょうどいいサイズのシンプルな小物入れを購入して、ギルの書き損じポエムを保管した。
▽
「バーベナ」
ギルが珍しく空の明るい内に帰宅したので、食堂のテラスに二人掛けのソファーとテーブルを出してもらい、夕涼みがてらお酒を飲む。
朱い夕日に染まる庭や建物を眺めながら、背凭れにぺとりと寄りかかっていると。ギルが私の名前を呼んだ。
「実は来週からラジヴィウ遺跡の調査に向かう予定なのですが」
「いいな~楽しそう~、怪我に気を付けてね。面白い古代魔術式が見つかったら教えておくれ」
私はギルを羨ましく思いつつも、そう答えた。
今の私のすべきことはロストロイ家を守ることであり、ギルとの生活を守り抜くことだ。ギルの旅行鞄に隠れてこっそりラジヴィウ遺跡に付いていき、思うがままに魔術式を解読することではない。
「いえ、バーベナも遺跡を見たいだろうと思いまして。僕と一緒に来ませんか?」
「……旦那の出張先に嫁がついていって、他の団員達に困惑されませんかね?」
「その心配はありません。今回の遺跡調査は下見で、僕一人で行きますから」
「えええっ!? いくら団長とはいえ、単独行動は危険じゃない!?」
ギルの話によると、現在の魔術師団はまだまだ人手不足の状態なのだそう。
もともと魔術師というのは、魔力持ちの人間にしかなれない職業だ。
魔力持ちというのは、遺伝的なものではない。偶発的に生まれる存在なので、魔術師同士の間に生まれた子供が魔力を持たないことなどごく普通である。私とばーちゃんが二人揃って魔力持ちだったことは、結構珍しいことなのだ。
そういうわけで、魔力持ちの人間は増やしようがない。
そして魔力持ちであっても魔術師の道を選ぶとは限らない。実家のパン屋を継ぐ奴だっているだろうし、道具に魔術式を込める魔道具師になる奴だっている。
魔術師の道を選んだとて、国家魔術師団に入団するためには難関な試験を突破しなければならない。挫折する者は数多い。
それにバーベナの頃は国家魔術師は魔力持ちが一度は憧れる職業だったけれど、戦争を経験した現在では話が変わる。ひとたび有事が起きれば前線で殺戮兵器にならねばならない国家魔術師より、町で穏やかに自営の魔術師をやっている方が幸せだと考えても仕方がないのだ。
戦後、国家魔術師を引退して田舎に引っ越した者も多かったらしい。
そんなわけで人手不足に陥った魔術師団に、もう一つ受難があった。
戦時中に私を含めた上層部全員が亡くなってしまったことで、仕事の引き継ぎが上手くいかなかったのだ。
「まず、団長室の鍵が見つからず、扉に仕掛けられた五十五個のトラップ魔術を解除するのに二年かかりました……」
「あ。ごめん。私が鍵持ったまま自爆しちゃった」
引き継ぎが上手くいかなかったの、私が自爆したせいだった。
ノウハウを知っている上層部全員死亡という状況で、重要書類のある団長室を開かずの部屋にしてしまい、本当に申し訳ありません……。歴代の団長が一つずつトラップを追加していったから、すごく大変だっただろうなぁ。
「どうにか団長室に入れたかと思うと、部屋の中でもトラップに次ぐトラップの嵐。一番厳重にトラップが仕掛けられた金庫を開けるのに、さらに三年掛かりました。しかも金庫の中身が芋煮のレシピ一枚のみで……」
「あのレシピ、堕天使ボブ先輩が改良に改良を重ねためちゃくちゃ美味しいレシピだよ。当時、王城の料理人達に狙われて大変だったから、グラン団長が金庫にしまってくれたんだよね」
「……もう渡してしまいました」
「なんでー!?」
「…………」
魔術師団と王城料理人との間に起こったいざこざも、後世に引き継ぐことが出来なかったとは。
戦争は伝統や文化を破壊するばかりだ。悲しい。
ギルは疲れ果ててもう立ち上がる気力もない、みたいな表情をしていた。
「……とにかく。バーベナ達がいた頃よりも人手が足りず、単独での魔術依頼や魔物討伐がぐっと増えています」
「私達の頃は最低二人で受けていたのに、大変だなぁ。どうりでギルが『今夜は飲み会で遅くなります』とか言わないわけだ」
「飲み会なんてもはや、忘年会と新歓だけですよ」
「時代の流れかぁ」
そういえば私、ギルが結婚前に会いに来なかったことを『私の頃とそんなに業務内容が変わったのか!?』って怒っていたけれど、本当に変わっていたんだな……。
ほとんどゼロからの再出発だったんだろうなぁ。
「理解の行き届かない妻でごめんね、ギル……」
当時のことを謝れば、ギルが気まずそうに視線を逸らした。
「……すみません。あれは仕事の忙しさのせいではなく、ただ単に僕が愚かだっただけです……」
「そうか。まぁ、お互い話し合って配慮し合える夫婦になろう」
「そうですね」
というわけで、私もギルの出張にくっついてラジヴィウ遺跡を見に行くことになった。
楽しみだ!




