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【コミック3巻6/14発売】前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第1章

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22:ラジヴィウ公爵家の夜会①



 さて、ラジヴィウ公爵家の夜会当日である。


 私はいつも以上に人数の多い侍女達に洗われ揉まれ磨かれ乾かされ塗りたくられ、今日も今日とてハーフツインテールにされて薄桃色のふわふわドレスを着せられ焔玉のハートのピアスをぶっ刺し、夢見る新妻ファッションを完成したのである。もう慣れてきちゃったぜ!


 ギルは私が選んだ黒いドレスローブ姿だ。彼の銀縁眼鏡に合わせて銀糸の刺繍とチルトン産ダイヤが裾や袖口などに入った、なんか流星っぽい雰囲気のデザインにした。


 夫婦で並ぶと最高にチグハグで面白い。揃わせようという気持ちが微塵も見えない。

 と思ったら、ギルが「見てください、バーベナ」とローブの袖を捲った。


「これを着けていれば夫婦らしいかな、と思いまして」

「……焔玉ハートシェイプの……ブレスレットだと……?」

「バーベナのピアスとお揃いなんです。鎖が短かったので、足してもらいました」


 なるほど。女物だったのですね、ギルよ。袖を捲らないと分からない隠れハートですが、実に面白いと思います。


 そういうわけで貴族社会で浮いたとしても致し方無しな私達ロストロイ夫婦は、そのまま馬車に乗り、貴族街でも一等地にあるラジヴィウ公爵家へと向かった。





 ラジヴィウ公爵家は屋敷の中もその庭にも最大限に明かりが灯され、まだ道の遠くからでもその一帯が夜の暗闇から浮かび上がって見えた。招待客の馬車が次々と公爵家に吸い込まれて行き、きらびやかなジャケットやドレスを纏った紳士淑女が大きな玄関扉の前の階段を上っていく。

 私が馬車窓から屋敷を見上げると、三階にあたるバルコニーから音楽や人々の楽しげな笑い声が降ってきた。あそこが本日の夜会のメイン会場なのだろう。


 私達が馬車から降りる順番が来て、ギルの手を取り玄関前に立つ。すると他の招待客の視線が一斉にこちらへ向いてくるのが分かった。

 そうだよな、嫁は夢見る少女(16)で旦那は無愛想気(32)だもんな。気になる組み合わせだよな。

 実際聞こえてくる声が「あのロストロイ閣下がご夫人に穏やかに微笑んでいらっしゃるぞ……!?」「彼女がチルトン侯爵様の長女だそうね。侯爵様によく似ていらっしゃるわ。お懐かしい」「お、お前……! まさかまだチルトン侯爵様に憧れているのか!?」「うるさいわね、憧れはいくつになっても憧れなのですよ!」「う、浮気者~!!」「なによ、貴方だって昔は男爵家の小娘に熱を上げていたくせに!!」……あれ、最終的にお父様の話だった。


「ラジヴィウ公爵家へようこそ、ロストロイ魔術伯爵夫妻様。会場は三階となっております。あちらの階段からお上がりください」


 公爵家の執事にそう言われ、私達は他の招待客に紛れて三階に向かう。

 天井には有名な画家が描いた荘厳なヴァルハラが広がり、氷の粒のようなシャンデリアが輝き、細工を施された柱も、磨き抜かれた階段の手摺も、とても綺麗。三階から降ってくるピアノやヴァイオリンの音を道しるべに、私達は会場へと(いざな)われた。


 会場に入るとすぐに、ラジヴィウ公爵閣下が立っていた。

 今夜も金髪をきっちりとまとめ、シャンデリアの光で紫紺色の瞳が前回より明るく見える。招待客をもてなし、笑いかけていた。


 ラジヴィウ公爵の隣には、薄紅色の髪をした美しい女性がいた。光の加減で虹色が浮かぶ黄金のドレスを纏ったその女性は、年齢的にラジヴィウ公爵の奥様なのだろう。


 奥様の視線は会場に入ってくる客人達に向けられ、必然的に私とギルにも向けられた。そして私の父譲りのオリーブグリーンの髪とアッシュグレーの目を見て、そわそわし出した。罪深きお父様。

 ラジヴィウ公爵はそんな奥様の様子に気が付き、微笑みがしぼんだ。罪深きお父様。


 ギルに促され、公爵夫妻に挨拶をする。

 ギルが公爵と話している間、奥様は私の外見をうっとりと眺めていて、ちょっと怖かった。そんな奥様の様子にラジヴィウ公爵はショックを受けっぱなしのようで、憐れだった。


「ロストロイ様、オーレリア様」


 奥様が私達を見つめ、少しだけ寂しげな微笑みを浮かべる。


「もし宜しければ、後で我が娘ナタリージェとお話ししてやってくださいませんか? あの子ももう二十歳。いい加減、次の縁談を考えねばなりません。最後にきちんと初恋に区切りを付けて欲しいのです、———わたくしのように」


 そうか。公爵がこの夜会に私達を招待したのは、娘のナタリージェ様への思い出作りのためだったのか。

 妻である私の許可を得てダンスの一曲でも踊り、グラスワインでも飲み交わし合う間に自らの恋の弔いを済ませる。そんな時間を、どう見ても未だに初恋問題でゴタゴタしている両親が、わざわざお膳立てしようとしているのだ。この両親だからこその娘への配慮かもしれない。


「オーレリア様、お許しいただけるかしら……?」


 一瞬、喉の奥がつっかえた。

 なんでだろう。会場に来てからまだ一口もお酒を飲んでいないからだろうか。


 私はずっと繋いだままだったギルの手にきゅっと力を込め、「はい」と蚊が鳴くような声で答えた。





 会場内でナタリージェ様を探しつつ、ギルと私は挨拶回りをした。私達の結婚式はチルトン家の身内ばかりで挙げたので、結婚報告でもあった。

 初めて出会う人が大半だったけれど、お父様のお知り合いの方や、チルトン領近辺の貴族なども参加していて、私が名乗ると「オーレリア様のお噂はかねがね伺っております。チルトン領の磨崖仏を製作されたとか。ぜひ我が領地にも磨崖仏の製作を依頼したいのですが……」「王都に向かう山道を根城にしている山賊を吹っ飛ばしていただき、本当にありがとうございました。我が領地も助かりました」と好意的に接していただいた。


 ダンスホールではギルと初めてダンスを踊った。バーベナの頃、キャンプファイヤーの周りでギルと盆踊りは踊ったけれど、あれはノーカウントだろうし。


「ギルって昔からダンスが踊れたの?」

「いいえ。魔術師団入団前は一応男爵家の片隅でボロ雑巾のように暮らしていましたが、貴族教育は受けていませんでした。魔術伯爵になってから、お義父様にマナー講師を紹介していただき、必死で学びましたよ」

「へぇ~、そうなんだ。ダンスが上手だから、昔から出来てたのかと思ったよ」

「お褒めいただき恐縮です。ダンスを覚えてから踊ることは滅多になかったのですけどね」

「夜会に出席しなかったのですか、ギルよ」

「面倒なので夜会は最低限出席し、ダンスというより女性から逃げ回っていました」

「女性嫌いという設定でしたね」

「設定と言わないでください」


 くるくる、くるくる、私のふわふわのドレスの裾とギルのドレスローブの裾が広がっては閉じ、膨らんでは跳ねる。

 ただ踊っているだけなのに、楽しいなぁ。

 私がギルを見上げれば、ギルも私を見下ろし、二人で顔を寄せ合って笑いが溢れる。

 ダンスに合わせて私の耳元でハートのピアスが大きく揺れ、ギルの手首でハートのブレスレットが音を立てる。私達、最高にダサい。ダサいのに楽しい、嬉しい、このままずっとずっと音楽に身を委ねていたい。


 けれど流石に五曲連続踊ったら喉が乾いてしまった。額に汗が滲む。化粧が剥げたかも。


「バーベナは少し休んでいてください。僕が飲み物を取ってきますので」

「美味しいお酒をよろしくお願いします!」

「分かりました」


 ギルが立ち去ると、私はすぐそばに見えたバルコニーに向かう。

 開けっぱなしの大きな窓から半円状のバルコニーに出て夜風を浴びると、ひんやりして、汗が引いてきた。

 大理石で作られた手摺に手をかけ、ぼんやりと庭を眺める。この会場は三階だから、地上がずいぶん遠くに見えた。


「……初めまして、オーレリア・バーベナ・ロストロイ夫人」


 バルコニーの入り口から、そう呼ばれた。

 振り向くと、黒いドレスを着た一人の女性が立っている。

 金色の髪を夜風に靡かせ、紫紺色の大きな瞳をしたその女性は、私より少し年上という感じだ。確か二十歳だと聞いているから、年相応の美しさを持つ人だ。


「ナタリージェ・ラジヴィウ公爵令嬢でしょうか?」

「いかにも。わたくしがラジヴィウ家長女、ナタリージェです」


 ラジヴィウ公爵譲りの端正な顔立ちをしたナタリージェ様と、私はこうして月明かりの邂逅を果たしたのだった。


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