表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/126

21:竜王伝説



 あれ以来ギルが毎日帰宅するようになったので、ジョージと相談してロストロイ家の使用人募集をかけたり、面接を行ったりと忙しい。のんびり爆破したいと思いつつ、妻として屋敷の切り盛りをする日々だ。


 今日も出入りの商人にギル用の新しい夜着を持ってきてもらい(毎日帰宅するようになったから色々足りなくなった)、商人と顔を突き合わせ「この兎耳のついたフードが可愛いね。ギルに着せます」「ロストロイ様にはこちらのハート柄も、意外性があって楽しいかもしれませんよ」「それ、いいですね」と真剣に吟味する。

 私は毎日ギルの愛を耳たぶにぶっ刺しているので、ギルも寝るときに私の愛に包まれて眠ればいいと思います。


 商人が帰ると、ジョージが本日屋敷に届いた手紙を持ってきてくれた。

 お父様から「磨崖仏の歴史がバレたが、国王陛下が領地にお越しになり、『実物マジパネェ!』と評価していただけた。結果として領地経済は潤ったぞ」という手紙や、ロストロイ領地からの報告書に混じって、一際上質な紙質の封筒が一通あった。ドラゴンの封蝋がされている。


「それはラジヴィウ公爵家の紋章ですね」


 ペーパーナイフを持ってきたジョージが、封蝋を見てそう言った。


「ラジヴィウ家とドラゴンって、なにか関わりがあったっけ?」


 ドラゴンは一ツ目羆よりは珍しいが、見たことはある。

 あれはバーベナが十七だったか十八だったか十九だったか……まぁそんな若い頃に、魔術師団の先輩たちと龍を見たのだ。

 王都から三週間ほど離れた領地で大干魃が起こったと報告が来て、水魔術の得意なおひぃ先輩が指令を受けた。で、私と同期のジェンキンズとボブ先輩もお供に付いて行った。


 大干魃が起こって、三週間かかって報告が来て、また三週間かけてその地に向かうという状況だったので、私は正直絶望的だと思っていた。

 おひぃ先輩は「お願い、間に合ってですの……。神様、どうか間に合ってですの……!!」とずっと泣きながら馬を走らせていて、ボブ先輩がおひぃ先輩の横に馬を並走させながら「諦めるんじゃねぇーぞ、おひぃさん! この俺様だって付いてるんだからな!」と励ましていて。

 私は先輩たちの後ろを馬で追いかけながら、余計なことは決して言うまいと口を閉じていた。

 ジェンキンズが私にしか聞こえない音量で「……バーベナ、酷い顔だよ。君って泣くの我慢すると余計に不細工だね」と突然暴言を吐き、なんで今言うんだ空気読めよ先輩たち悲しんでるだろ、と余計に奥歯を噛み締めた。


 あと一時間ほど走らせれば干魃地域に入るというときに、空に激しい稲妻が走った。

 真っ黒な雨雲が突如現れて、生ぬるい風と共に大粒の雨が世界に叩きつけられる。太鼓を連打するような激しい雨音に辺りが包まれた。


「うおおぉぉぉ!!!! なんだっ、この土砂降りは!!! すげぇぇぇ!!!」

「うそ……!? これは魔術ではありませんの!! でも普通の雨でもありませんの!!」

「なに、これ……。見なよ、バーベナ……!」

「……うん」


 諦めきっていた私は呆然とし、歓喜にはしゃぐ先輩たちをただ眺めていた。

 髪も肌もローブも靴も荷物も馬も全部びしょ濡れで、でもまったく気にならなくて、まるで現実ではないみたいだった。


「まぁ! あの雨雲の下を見てですの!」


 おひぃ先輩の指差す方向に、大きな龍が身をくねらせながら空を泳いでいた。


 真珠のように輝く鱗を持った水龍は、雨雲を呼び、雨を降らせ、雷と踊っていた。

 あまりに綺麗で壮大で、私はぽかんと口を開け、入ってくる雨水さえ気にならなかった。

 そのうちおひぃ先輩が「うふふふふ!」と笑い始め、私もボブ先輩もジェンキンズも「嘘ー! 龍が雨を呼んでくれただなんて、すごーい! あははははっ」「マジかよ、なんだこの奇跡っ!! ハハハッ!」「水龍なんて初めて見た! とても美しい生き物だね!」と大笑いを始めた。


 雨は乾いた地面に染み込み、どうにか生き長らえていた人々の喉を潤わした。

 そして残念ながら亡くなってしまった人々の遺体に、末期の水を与えた。


 私達四人は水龍の姿を最後まで見送り、おひぃ先輩が「わたくし、あの水龍様に感銘を受けましたの!!」と言って『水龍の姫』を名乗るようになった。それまでは自称『姫様』だったので、グレードアップしたのである。


 そんな懐かしい前世を思い出しつつ、ジョージに視線を向ける。

 ジョージは静かに頷いて答えた。


「ラジヴィウ公爵家は戦後領地が増えたのですが、その中の一つに竜王伝説の地が新たに加わることになりました。それ故ラジヴィウ家の紋章が変更されてドラゴンの意匠になったとお聞きしております」

「竜王伝説?」


 ドラゴンは二種類あって、翼のあるものを竜、水龍のように翼のないものを龍と区別している。しかしどちらも飛行能力はある。

 竜王ということは、翼のあるタイプのドラゴンなのだろう。


「私はその竜王伝説を詳しくは存じ上げませんが、旦那様の執務室に関連する書籍がございますよ」

「そうなんだ。じゃあギルに借りて読んでみます」


 ペーパーナイフでドラゴンの封蝋を剥がし、中身を確認すると。案の定、ラジヴィウ公爵家での夜会への招待状だった。

 私はロストロイ家に嫁に来るまでずっとチルトン領で暮らし、お茶会や夜会は近隣の領地で行われるものにしか参加したことがない。

 王都の夜会ってどんな感じなんだろう。シャンパンタワーとかあるのかなぁ。


 とりあえずジョージに今度ラジヴィウ家で開かれる夜会に出席することを伝え、「お二人の夜会服を新調しましょう」と言うジョージに「ギルにもフリルとレースとリボンたっぷりの夜会服を着せましょう」と私は答えた。

 どうせハートのピアスに合わせて今回も夢見る少女系ドレスを着ることになるのだから、ギルもペアルックにしてしまおう。そうしよう。





 その夜さっそくギルにハート柄の夜着を渡した。ふふんっ。愛の復讐だ!

 ギルは「バーベナに服を選んでもらえるのは初めてですね。ありがとうございます」と無垢な子供のように微笑んだ。


「僕には物を選ぶセンスが無いので」


 自覚はおありでしたのね、旦那様。


「いつもジョージに適当に見繕うよう言っていたのですが、これからは貴女が僕のことを考えて選んでくれると思うと夢のようです」

「……なんか、ごめん」

「え? あの、僕、バーベナと結婚出来て本当に幸せだと伝えようと思いまして」

「なんか面白半分に選んでごめん……!!」


 ギルが純粋に喜びを向けてくれる度に、罪悪感が出てきてしまった……。

 ラジヴィウ公爵家の夜会にはフリフリは着せないから許しておくれ。ちゃんと格好良い夜会服選ぶから……。


「よく分かりませんが、バーベナが面白いと思って選んでくれたプレゼント、僕はちゃんと嬉しいですから」


 そう言ってギルは入浴後にハート柄の夜着を着てくれたし、普通に可愛かった。美形ってすごい。


 ギルはラジヴィウ公爵領の竜王伝説に関する書物をベッドに持ち込み、私達は俯せに寝転びながら本を開いた。

 ベッドサイドのアルコールランプが橙色の明かりを灯す中、ギルが指差す頁を目で追う。


「現ラジヴィウ公爵領であり、旧バーデニア子爵領。ここが竜王伝説の地です」


 挿し絵として入っている古い地図を眺める。


 なんだか、眠る前に本を読んでもらった幼い頃の気持ちがよみがえってくる。

 ばーちゃんに読んでもらう魔術書にわくわくしていた小さなバーベナの、もう遥か昔の余韻。

 私は胸元を手で押さえ、その哀愁を愛おしみたい気持ち半分、今目の前のギルとの時間を大切に味わいたい気持ち半分で、彼の話す内容に耳を傾けた。


「バーデニア子爵家は戦時中に最後の跡取りが殉職し、残った夫人が領地をリドギア王家へと返還してその歴史を閉じました。

 そんな旧バーデニア家には数代前の領主夫妻の間に、醜い竜の子が生まれたという伝説があるのです」


 人間から竜が生まれるっていう意味不明さが、いかにも伝説という感じである。

 そこになにかの隠喩が組み込まれているのか、ただの面白いお伽噺なのか、想像を巡らせるのは楽しい。


「領主夫妻は醜い竜の子を殺そうとしましたが、竜の子は強く、殺しきることは出来ませんでした。夫妻は仕方なく、地下に『竜の館』を造り、そこに竜の子を閉じ込めました。

 竜の子は大きくなると、」

「待って。どうして竜の子は大きくなれたんですか、ギルよ。食事が届けられていたんですか?」

「この夫妻が食事を用意するとは思えないので、ねずみとか食べていたのかもしれませんね」

「ねずみで足りるんですか、竜の子は」

「足りないでしょうね。でもこれは伝説ですから。多少の謎は振り切って進みましょう」


 まぁ、人間から竜が生まれるくらいだしね。伝説と言うのは聞き手の理解をどんどん置き去りにしていくものだ。


 ギルは再び伝説の続きを話し始めた。


「竜の子は大きくなると、領主夫妻を食い殺しました」

「わーお……」

「そして自らを『竜王』と名乗り、大陸中の城を襲撃して各地の宝物を奪い、『竜の館』に集め、それを守って暮らすようになりました」

「親も親なら子も子で、屑一直線に……」

「竜王を討伐するために、バーデニア子爵家の分家の女性が立ち上がりました。女性は『竜の館』へ向かい、竜王の妻になると言いました。竜王は彼女を受け入れ、館の扉を開けました。

 そしてその夜、竜王が寝静まったあとに女性は竜王の首を掻き切って殺したのです。その際に竜王の首から溢れた血で、館にある宝はすべて呪われてしまいました。呪いが外に漏れないように、女性は『竜の館』を封じたという話です」

「女性は生き延びたんですか?」

「この本には、館を封じた後に呪いで亡くなったと書かれていますね」

「どうしよう、登場人物全員死んじゃったぞ。救いがない……」

「伝説ですから」


 私は俯せの体勢を支えていた両肘を伸ばし、ついでに足もぐいっと伸ばして顔を枕に押し付ける。すると爪先にギルの足が当たる。

 ハート柄の夜着越しに筋肉の柔らかさと固さと温かさを感じ、擦ってみる。ギルの両足に挟まれた。体勢を変えてギルの足をさらに挟み返す。ギルがぎゅうっと力を込めてくる。隙をついて足を引き抜き、またギルの足を挟む。


「バーベナ、これ、なんの遊びなのですか」

「わからない」


 私達は遊び疲れ、ベッドに広げていた本を片付けてようやく眠る体勢に入った。

 ランプの火を吹き消したギルが、カーテンの隙間からこぼれる月明かりだけの寝室の天井に向けて、ぽつりと言う。


「四年前に発見されたラジヴィウ遺跡は地下神殿のような形をしており、旧バーデニア領にあります。おそらくこの竜王伝説に出てくる『竜の館』のモデルかもしれません」

「じゃあ呪われた宝があるのかな」

「呪いが闇魔術のことを指しているのなら、ぜひ解析してみたいです」

「そうだねぇ」


 ベッドの中の暖かさでうとうとし始めた思考の片隅で、私は不意に思った。こうしてギルと遊んで暮らすの、楽しいなぁ、と。


 私は私の心が望むままに寝返りを打ち、ギルの肩に頭を寄せて目を瞑る。

 ギルの腕にガチガチに力が入っていたので、その腕を探り、指を絡め、手を繋いで眠った。


そろそろバーベナの気持ちもギルへと傾いていきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ