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18:デート①



 貴族向けの高級店街に入ると、石畳の道の脇に敷居の高そうなお店がずらりと並んでいるのが見えた。

 ロストロイ家の馬車は、その中でも白亜造りの二階建てのお店の前に止まる。ギルが焔玉のイヤリングを購入したジュエリーショップだ。

 お店の窓には新作の高級ジュエリーが一つ二つ並んでいて、それがとても素敵なデザインで私は無性に悲しくなった。

 ギルよ、私にはこういうシンプルなやつでいいんですよ、ドでかいハートとかじゃなくて。


 ギルが馬車の乗り降りを毎回手伝ってくれる。

 こんなにスマートに女性をエスコート出来るようになるなんて、十六歳だった頃のギルからは想像もつかない。大人の男性になったのだなぁ、と思う。

 私はお礼を言い、ギルから手を離そうとする。

 しかしギルは私の手をガッチリと掴んで、指を絡ませてきた。


「エスコートは白い結婚の範囲に入っていますよね? 手を繋ぐのは夫の権利ですよね?」

「なにもそんなに必死な様子で聞かんでも……。手を繋いだくらいで私達の固い絆(白い結婚)は壊れたりしないから、安心して?」

「むしろ爆破してください。粉々に」


 お店の前に立つドアマンが、扉を開けてくれた。


 店内にはディスプレイ用のジュエリーが並んだガラス棚が幾つか並べられていた。

 そこに大切に飾られたジュエリーは遠目から見ても品が良くて、改めて何故あのラインナップからドでかいハートのイヤリングをギルが見つけ出してしまったのか以下略。


「いらっしゃいませ、ロストロイ魔術伯爵閣下」


 事前に来訪を伝えていたらしく、ジュエリーショップのオーナーが待ち構えていた。


「先日、妻の為に購入したイヤリングをピアスに加工し直して欲しいのだが」


 そう説明したギルの表情に、ちょっと隠しきれない喜びが浮かんでいる。たぶん、私のことを他人に妻と説明出来たのが嬉しかったらしい。これがウェディングハイというものだな。

 壮年のオーナーはすべて心得た顔で「素敵な奥様ですね」と相槌を打ち、ギルを喜ばせている。


 オーナーにハートのイヤリングを託すと、「二階に工房があり、職人が二十分ほどでピアスにお直しいたしますので」と言われる。

 そんなにすぐに直さなくても。私、なんなら半年待ちとかでも全然平気ですし。


 お直しを待つ間、別室でお茶を頂く。

 オーナーがジュエリーのデザイン画を色々持ってきてくれたので暇潰しに眺めていると、ギルが横から話しかけてくる。


「そういえば、結婚指輪も婚約指輪も、僕達まだ購入していませんね。……まぁ、僕のせいなのですが。バーベナの気に入るデザインの指輪があったら、購入しましょう」

「え? 指輪とか爆破の邪魔じゃない? 要る?」


 深く考えずに言ってしまったら、ギルが捨てられた子犬のような表情をした。

 仕方がなく、ギルの黒髪を撫で撫でする。


「……わかった。気に入った指輪を見つけたときにね……」

「はい。絶対に、すぐに、忘れずに、僕に教えてください」


 ギルの圧が強い。


 そうこうしているうちに、ハートのイヤリングがピアスに加工され、私のもとに返ってきた。

 ハートのピアスを適当にピアスホールにぶっ刺そうとすれば、「バーベナはガサツなので」とギルがピアスを着けてくれることになった。

 別にピアスホールは昔から開いているので、適当に差し込んでも血が出たりとかはしないんだけど……。ギルは新妻を構うのが楽しくて仕方がないらしい。


 お直しの代金を支払ってお店を出ると、また馬車に乗る。


「次はどこに行くの?」

「バーベナの好きな、魔術関連書物の多い本屋へ向かおうと思います」

「わーい! やったぁ!」


 チルトン領で暮らしていた頃は最新の論文とかなかなか手に入らなくて、手に入ったら入ったで実験して失敗して爆破ばっかりしていたので、お父様からあんまり魔術関連書を買ってもらえなかった記憶が甦る。


 今は私を止めるお父様も居らず、結界魔術が施されたロストロイ家に住み、最悪屋敷を破壊しても直してくれるお金持ちの旦那が居る。安心だ。

 そういえばバーベナの頃って高給取りだったけど、魔術師団の備品とか壁とか門とか色々爆破してたから、給料から弁償代を差し引かれていたな……。


「私、ギルと結婚して良かった」

「バーベナの魂胆は透けて見えますけど、実に耳に心地よい言葉です」





 貴族街の裏手にある本屋は、壁に蔦が蔓延っていて陰気だ。一見さんお断りの雰囲気が漂っている。バーベナだった時によく遊びに来た店だ。

 当時はよぼよぼのおじいさんがいつもカウンターの奥に居たけれど、今は他の人にオーナーが代わってしまったらしく中年男性がはたきを持って丁寧に本の埃を払っている。

 私とギルが来店すると、男性は「いらっしゃいませ」と声をかけてくれたが、近付いては来なかった。ご自由にお選びください、という感じらしい。


「バーベナ、魔術関連書籍はあちらの本棚です」

「わーい」


 私はギルが教えてくれた本棚に向かおうとしたが、ギルは付いて来ようとしなかった。

 不思議に思って足を止め、彼に振り返る。


「ギルは見ないの? 魔術書」

「僕は別のコーナーに用があるので。ここでは自由行動にしましょう!」

「ふーん」


 なんだか釈然としないが、まぁいっか。

 私はギルを置いて一人で魔術書を選ぶことにした。


 気になるタイトルの本を片っ端から手に取り、パラパラと捲って内容を確認する。それで面白そうと思った本を腕に抱える。十冊超えた辺りで男性店員がやって来て、私の本を代わりに持ってくれた。

 私が本を選び終えると、男性店員が「金額を計算して参りますね」とカウンターへ本を運んでくれる。

 計算を待つ間に、私はギルを探すことにした。


 魔術書からずいぶん離れた本棚の前で、頭を悩ませているギルの後ろ姿が見えた。なにか面白い本でも見つけたのだろうか。

 私は、

「ギル~。私の本だけ先に会計しちゃってもいい? それともギルの本も会計一緒にするの……」

 と声をかけようとして、途中でやめた。


 ギルが腕に抱えている本のラインナップが酷かったからだ。


『嫁にモテる旦那の秘訣』

『恋人に捧げるポエムの書き方~初級編~』

『絶対に浮気されない夫になる1000の方法』


 あれは一緒に会計出来ない類いの本だな。たぶんギルも私に見られたくないと思う。


 私は何も見なかったことにしてギルの後ろから静かに立ち去り、カウンターに戻って自分の本の支払いを済ませた。


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