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17:ハートの試練



 デートだから着替えるか~、と思って侍女と移動しようとすると。


「お待ちください、バーベナ」


 ギルが私を追いかけて来た。立ち止まり、彼と向かい合う。


「どうしたの、ギル?」

「こ、これを……」


 ちょっとモジモジした様子でギルが差し出したのは、王都でも有名なジュエリーショップのケースだった。

 紅い天鵞絨が貼られたケースは指輪用のものより大きく、ネックレス用のものより小さい。一体なんなんだ。ブローチか?


「開けてみてください」


 三十二歳の美形が頬を薄紅色に染めているというシチュエーションに色々と思うことはあるけれど、初夜に一晩中泣いたり、今朝も寝起きで涙ぐんでいたことを思い出せば、なんだか大したことがないような気がしてくる。私の夫はこういう男なのだ。

 私は「うん」と頷き、ジュエリーケースを開けた。


 ケースの内側は黒い天鵞絨貼りで、その中にルビーによく似た宝石で作られたイヤリングが並んでいる。


 これはリドギア王国の王家直轄領にある鉱山でしか取れない、貴重な〝焔玉〟だ。

 ルビーに似た濃いピンク色の宝石なのだが、光の加減で宝石の中に炎のような煌めきが見えるのだ。それゆえ焔玉と呼ばれ、『情熱の恋の石』という異名が付けられている。

 その希少性と見た目の美しさ、物語性のある異名に、供給が需要に追い付かずとても高い値段がつけられている。たぶんこのイヤリングだけで王都の屋敷が三つは買えるだろう。


 そんな貴重な焔玉の大粒が、超絶ラブリー♡なハート型。

 廊下の窓から差し込む日差しで紅いハートは燃えるように輝いていた。


 私は喉まで出かけた『うわぁぁ……、すごい職人技だけどまったく趣味じゃない……!』という言葉を飲み込んだ。

 こんなことで、初めてのプレゼントで妻を喜ばせようとしている旦那を傷付けてどうする。


「……ありがとう、ギル。世界で一番ご機嫌な女の子に相応しい感じのデザインだね」

「ええ。昨日屋敷に帰る前に宝石店に行って、なにかバーベナに贈ろうと選んできたのです。そうしたら偶々このデザインがありまして。バーベナによく似合うだろうなと思ったのです」

「へぇ~……」


 本気なのか、ギルよ。似合うのか、私?

 まぁ、まだ十六歳だから、着けてもそこまで悪目立ちはしないと思うけど。

 だが私にも一応、羞恥心というものがあるんだよなぁ……。


 ギルは銀縁眼鏡の奥の黒い瞳をキラキラ輝かせながら、柔らかく微笑んだ。ほんとうに私が愛しくてたまらない、と言うように。


「僕の愛だと思って受け取ってください。……ぜひ、普段使いしていただけると嬉しいのですが」


 えぇぇ、無茶言うなよ……。ハートの焔玉だけで三cmはありそうなこのダッッッサいイヤリングを、普段使いだと……?

 ギルからの要求に、私の目は激しく泳いだ。


「イヤリングって落としやすいから、特別な時にだけ使うね♡ ありがとう、ギル♡」

「そういえば、バーベナの耳にはピアスの穴が開いていますね。では、買った店に持っていって、金具を変えてピアスにしてもらいましょう。そうすれば普段使いに出来ますね。デートの最初に宝石店に行きましょう」

「…………」


「僕も着替えて参ります」と立ち去っていくギルを見送ったあと、私は側に控えていた侍女に視線を向ける。ロストロイ家に嫁いで以来一番私の身の回りの世話をしてくれている、ミミリーだ。

 ミミリーは笑いを堪えようとして変顔になり、肩がプルプルと震えていた。どうやら彼女も私と同じ感性らしい。


「ねぇ、この旦那からの愛がたっぷり詰まった超絶ラブリーなイヤリング、どうコーディネートしたらいいと思う?」

「……ゴホッ、ゴホッ! ……世界で一番ご機嫌な女の子のコンセプトでまいりましょう、奥様」

「よろしくお願いしまーす♡」


 やけくそだぁ!





 耳たぶにギルの愛が重い。


 焔玉自体は大した重さじゃないけれど、ミミリーがヘアセットしてくれているときにイヤリングを眺めていたら、ギルの魔術の痕跡を発見してしまったのだ。

 ギルは隠蔽しようとしたみたいだけれど、私も前世では魔術師団長だったのでね。イヤリングに施された『居場所探知の魔術』に気付いてしまった。

 単純に私の身の安全を守るためなのか、浮気防止的なやつなのか、よくわからない。まぁ、どっちでもいいんだけど。

 私の居場所がギルに二十四時間把握されたところで困ることは何もないのだが、とにかくギルの愛が重い。なんでそんなに私のことが大好きなんだ、きみ。


 私はオリーブグリーン色の髪の毛先をくるりと巻かれ、ハーフツインテールとかいう『乙女ここに極まれり』って感じの髪型にセットされた。しかも耳の上あたりに焔玉に似た色のリボンまで結ばれた。

 メイクはミミリー曰く「多幸感溢れる感じにしました!」とのこと。ほっぺたが可愛い色な気がする。


 そして大振りハートの焔玉イヤリングに合わせて、少女感満載な白いフリフリドレス! ヒールは赤!

 これぞ、拗らせた三十代男が夢見る十六歳の新妻スタイルである!!


「とてもよくお似合いですわ、オーレリア奥様!」

「ありがとう、ミミリー。よくこんな乙女な格好を着こなせたなって、自分でも引く」


 前世も現世も『爆破するときに邪魔にならないか』が基準で服を選んでたからなぁ。こんな夢見る少女スタイルは初めてです。


「旦那様の為に努力される奥様はとても健気で素敵ですわ」

「ダサかろうと、趣味じゃなかろうと、ギルが喜ぶなら着てやるよ……。妻だからね……」


 で、実際にギルにこの姿を披露して見せたら、奴はぽぉ~っとした表情になった。

 端から見るとロリコンくさいから、今の私に見惚れるのはやめた方がいいと思う。

 ていうか、ギルだけ魔術を使いやすいシンプルな格好をしてるのズルいんですけど。


「すごく綺麗です、バーベナ。ガサツな貴女が僕のために精一杯お洒落をしてくださったと思うと、嬉しくて嬉しくてたまりません。……やはりこの焔玉のイヤリング、バーベナによく似合います」

「ありがとう」


 これからギルが何かプレゼントくれるって言うときは、自分でデザインを選ばせてもらおう。

 私はこれ以上ないほど強く決心した。





 ロストロイ家の馬車に乗り、まずはイヤリングをピアスに直してもらうために貴族街へ向かう。


 馬車の中ではこんな話をした。


「そういえば僕、貴女のことをずっと『バーベナ』と呼んでいますが、『オーレリア』の方がいいですか?」

「どっちでもいいよ~。どうせ『バーベナ』もミドルネームなんだし」


 私は馬車窓から、流れる景色を見つめながら答える。


「でも、現世では私のことを『バーベナ』と呼んでくれるのはギルだけだから、そう呼ばれたいのかも」


 オーレリアの人生も愛している。だけどバーベナの人生も愛していた。

 私がかつてバーベナ魔術師団長だったことを誰に話しても、理解してもらえなかった。大好きなお父様でさえ受け入れてはくださらなかったけど。

 だからと言って、魂の記憶は切り離せない。どちらの人生も合わさってようやく、私は私になる。ギルだけは、私がバーベナであったことを忘れないでいてほしいと思う。


「……わかりました」


 ギルは静かに頷いた。


「今の貴女はどうしようもなく『オーレリア・バーベナ』なんですね。では、他の誰も呼ばない『バーベナ』は、僕だけが呼びましょう」

「……うん。ありがとう、ギル」


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