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15:おかえり、おやすみ、おはよう



 ギルのお義兄さんとお義母さんから一方的に絶縁されてしまった翌日。ようやくギルが帰宅した。


「ただいま戻りました、バーベナ」

「おかえり、ギル。ちなみに今何徹目? 顔色が死んでるし、隈がヤバイし、表情が虚ろだけど」

「……初夜から寝ていません」

「四徹かぁ。寝ろ」

「ですが……」

「『ですが』って何を反論したいんですか、ギルよ。寝ろ」


 人間を辞めたような表情をするギルが玄関先で「僕はまだバーベナと大事な話が……」などと駄々をこねるので、面倒くさくなって首筋に手刀を叩き込む。

 ギルは一発で眠った(失神した)。良かった。


「オーレリア奥様。従僕達を呼んで旦那様をお運びいたしましょうか?」

「いや、私が運ぶから別にいいよ。旦那の世話をするのも妻の役目だし」


 私は気を失ったギルをお姫様抱っこすると、夫婦の寝室へと運んで行く。バーベナだった頃もこうしてギルを運んだことがあったけど、ギル、大きくなったんだなぁ。もう三十二歳児だもんなぁ。

 ジョージが先回りして寝室の扉を開けてくれたので、助かった。


 ギルをベッドに寝かせ、ジョージに彼の着替えを頼む。

 別に私が着替えさせてやっても良いのだけど、あとでギルの奴、ネチネチうるさいと思うから。


「奥様、大変です」

「どうしたの、ジョージ」

「旦那様が熱を出していらっしゃいます」

「四徹もすれば発熱くらいするよねぇ」


 むしろ、よく途中でぶっ倒れなかったものだ。そんなに仕事が立て込んでいたのだろうか?


 侍女が解熱剤を持ってきてくれたので受け取って、ギルに飲ませることにする。

 気を失ってるギルの口に指を突っ込んで無理矢理錠剤を押し込み、口移しで水を飲ませる。ギルの喉が嚥下するのを確認し、唇を離した。


「これでそのうち熱が下がるでしょ」

「さすがオーレリア奥様。十六歳のうら若き乙女とは思えない、まったく躊躇のない行動で」


 ジョージの指摘に、そういえばギルと唇を合わせたのは今が初めてだな、と思ったが、そもそも夫婦なので何一つ問題が無かった。白い結婚を続行している方が問題だった。

 お仕置きなので当分その問題は放置するが。


「おやすみ、ギル」


 ギルはそのまま爆睡していたので、私も就寝時間になるとその隣に潜り込み、スヤァ……と眠った。





 朝。心地よい微睡みの中で寝返りを打っていると、すぐ側から暑苦しい視線を感じる。薄く目を開けると、目の前にギルの黒い裸眼があった。

 真夜中に月の光を浴びた湖面のように、ギルの瞳は涙の膜でゆらゆらと揺れている。目の周囲や鼻の頭が真っ赤で、彼の吐く呼吸が熱くて、ああ、また泣いていたんだな、と思う。


 手を伸ばし、ギルの涙を拭う。

 涙の熱さ、濡れた睫毛の艶やかさ、溢れる嗚咽。私を想って感極まる、ギルの心。


 オーレリアが生きていることを喜んでくれる人はこの世にたくさん居るけれど、バーベナが生まれ変わったことをこんなに喜んでくれるのは、この世でギルただ一人だけなのだろう。

 私自身ですらこの生まれ変わりの人生を愛しながらも、未だヴァルハラを恋しく想い、どうしても断ち切れないでいるのに。ギルだけが、ただひたすら。


「おはよう、ギル。体調はどう? 熱は下がった?」


 ベッドの中はお互いの体温が移って温かく、寝起きの体は力が抜けきっていて起き上がるのが億劫だ。このままずっとゴロゴロしていたい。でも日課の爆破もしないといけないし、朝食も食べたい。なんという贅沢な悩み。


「おはよう、ございます、バーベナ」


 鼻を啜りながら、ギルが挨拶を返す。


「僕、熱なんて出しましたか……?」

「ベッドに運び込んだあとで発熱したんだよ」

「それは、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「嫁の仕事だから別に謝んなくていいよ。解熱剤は飲ませたから、下がったとは思うんだけど」


 ギルの額に自分の額を押し付け、熱を測ったが、すっっっごく熱い。高熱だ。

 額を離し、手のひらでもギルの体温を測ったが、彼の体温がどんどん上昇してよくわからない。顔どころか首や鎖骨まで真っ赤に染まっているし。


「ギルが私を好き過ぎて、まともに体温が測れない……」

「分かっているなら急に『嫁』とか言ったり、ベタベタ接触するのやめてください……!! しかもベッドの中で! 僕に襲われたいのですか!?」

「ギルごときに襲われる私じゃないですよ。爆破するぞ」

「……それは、そうですね」


 ギルが施した『国一番の結界魔術』とやらが仕掛けられたこの屋敷、私の爆破で一部欠けたぞ。

 やっぱ結界魔術最強はうちのばーちゃんなんだよなぁ。


「とにかく、体調が良くなったのなら朝食にしようよ。うちの料理人、腕は確かだからさ。なんでも美味しいよ」

「嫁に来てたった数日で、僕よりこの家の主人顔をしている貴女がすごいです」


 ギルがのそのそと起き上がり、サイドテーブルに置かれた眼鏡を取る。

 私もがばりとベッドから跳ね起きて、朝の支度を手伝ってくれる侍女を呼ぶため、呼び鈴を鳴らした。


「ギル、ちなみに今日の仕事は?」

「休みをもぎ取りました」

「やった。じゃあ今日はギルと遊べるじゃん。屋敷の中を色々と模様替えしたから、見てよ! あ、これってギルの許可を取るべきだった?」

「別に破壊していないのなら、この屋敷のことは何でも好きにしてください。ここは僕とバーベナの愛の巣。模様替えだろうと、増築だろうと」

「わーい、ありがとう!」


 侍女が来たので、寝室からドアで繋がっている私の部屋に入り、朝の身支度をすることにした。


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