14:親族撃退
ギルがまだ帰ってこないので、ロストロイ家の庭や建物を観察することにした私。
魔術の痕跡を辿り、ギルが施した魔術式を探し出して解析する。
屋敷自体には強力な結界魔術が仕掛けられている。
試しに私の爆破魔術をぶつけてみたが、屋根の先端に付いている天使の像が砕けただけだった。これはすごい。私の魔術何回ぶつけたら、この屋敷は破壊出来るのだろう? 私の最大爆破魔術ならどれだけ原型を留めていられる? 想像するだけでとても楽しい。
執事のジョージが後ろで「お止めくださいぃぃ、オーレリア奥様ぁぁぁ!!」って泣き出したから、想像に留めておくけれど。
庭を眺めていると庭師が来て、「植物の説明をいたしましょうか、奥様」と尋ねてくれる。優しいなぁ。
「いや、植物を見ているんじゃなくて、敷地に施された『盗人呪いの魔術式』の解析をしているの。ロストロイ家の小石一つ盗めば、顔から緑色の吹き出物が出てきて一生治らない呪いが掛けられてるのは分かったんだけど。あと二つくらい呪いがあるみたいで」
「旦那様がそんな恐ろしい魔術を仕掛けていらっしゃるとは、知りませんでした……」
「ギルは良い子なんだけど、性格がネチネチしてるからねぇ」
ギルにドン引きしている庭師に、同感の気持ちで頷いておく。
他にも、すべての門や柵に『許可なき者の侵入を禁じる魔術式』を見つけた。つまり敷地内にあった『盗人呪いの魔術式』は、使用人向けなのか。
ギル、人間嫌いだなぁ。ジョージとかいいやつなのに。
そうやって庭をうろうろしていると、正門の方でジョージが誰かと押し問答している声が聞こえてきた。
「だから! ギルの奴を出せと言っているんだ!」
「あいにく、旦那様は不在にしております。魔術師団の方へ行かれた方がよろしいかと」
「誰があんな変人の巣窟などに行くものか!! 昔あそこに行ったお陰で、俺とお母様は大切なものを失ってしまったのだ!! そうですよねぇ、お母様?」
「ええ。あれは恐ろしい出来事でしたわ。すべてはあの悪魔のような女魔術師のせいで……」
「どうかしたの、ジョージ?」
会話を聞く限り、めんどくさそうな来客のようだ。ギルの仕掛けた魔術のお陰でロストロイ家の門から入れないようだが、怒鳴られているジョージが可哀想なので助太刀に行く。
ジョージは困ったように眉毛を八の字に垂らしていたが、私の声にハッとして、「こちらに来てはいけません、屋敷にお戻りください!」と私を追い払おうとする。
ああ、ごめん、私では戦力にならなかったか。
「お前がギルの妻になったという女だな!?」
声をかけられたのできちんと来客の顔を見ると。……なんか見覚えがあるスキンヘッドの中年男性が居た。何故かボロボロの燕尾服を着ている。
隣のボロボロのドレスを着たお婆さんも、スキンヘッドである。なんなら眉毛もない。はて……?
「俺はギルの異母兄だ!」
「私は義母ですわ」
「あああああ!!!!」
思わず、すごい声で叫んでしまった私。
いや、でも、だって、ギルのお義母さんとお義兄さんって、確か私が『毛という毛を根絶させる爆破魔術』をぶつけてしまった被害者ではないか!! どうりで、毛がないと思った!
私はギル経由で示談金を支払いたかったのだけど、ギルが橋渡ししてくれなくて。そうしているうちに戦争が来て。確か出兵命令に逆らったのでギルの父親の男爵家はお取り潰しになったのである。
それっきりお二人の消息は知らなかったけど、生まれ変わってやっと示談金を渡せる~!! いやぁ、良かった良かった。
「初めまして。ギルの妻のオーレリア・バーベナ・ロストロイです。ギルは不在にしておりますが、どうぞ屋敷に入ってください」
「オーレリア奥様!?」
ジョージが止めようとするが、こっちだって前世から示談金を渡したかったんだ。こういうことはきちんとしなさいと、うちのばーちゃんが言ってたから早く解決したいんだ。
私が許可したのでギルの魔術が解除され、お義兄さんとお義母さんが無事正門を潜れるようになった。そのままそそくさと屋敷へご案内する。
お二人は上機嫌に「話せば分かる女じゃないか」「さっさと屋敷に案内して私達にご馳走なさい。今まで路上暮らしで草臥れましたわ」と言う。
だからボロボロの燕尾服とドレスを着ているのか~。男爵家が取り潰されてから十六年以上は経ってるけど、ずっと着てたの? むしろすごく丈夫な服だなぁ。
私が二人を連れて玄関ホールに入れば、お義兄さんとお義母さんが絶叫した。
「なっ、なんだ、あの熊は!!!?」
「あの目玉、あの体格! 間違いないわ、『山の死神』一ツ目羆よ!!!!」
「あ、それ、剥製です」
玄関ホールに飾った一ツ目羆の剥製を見て真っ青な顔をしている二人に、『ちゃんと死んでるから大丈夫だよ』と説明しようと思って、私は口を開いた。
「私が十歳のときに仕留めたんです。即席の魔銃を作って、目玉から魔弾を打ち込み、脳だけ爆破しました。だから体には傷がほとんど無いんですよ。あまりに立派だから、私のお父様が記念に剥製にしてくださったんです。目玉はガラスですけど、本物みたいで綺麗でしょう? ふふふ」
せっかくだから嫁入り道具として持ってきたのだ。
一ツ目羆よ、ぜひロストロイ家の守り神になっておくれ。
私の説明を聞いたお義兄さんとお義母さんは、ガタガタと震え始めた。
「即席の魔銃!? 魔弾!? この女、魔術師なのか!?」
「一ツ目羆を十歳で仕留めた、ですって!?」
「お、お母様、に、逃げましょう……!! この嫁はヤバイ!! 色々とヤバイですよ!!」
「え、ええ、ギルなど恐ろしくはないけれど、この嫁はネジが何本もぶっ飛んでいるわ……!! 関わったら大変なことになりますわ……!!」
「え? まだ来たばかりなのに、帰っちゃうんですか?」
帰るといっても、どこに帰るのだろう? 路上か?
「誰がこんな恐ろしい嫁の居る家を乗っ取れるか!! 俺達は失礼する!!」
「恐ろしい女! もう二度と私達の前に現れないでちょうだい!」
二人はそう大声で叫ぶと、ロストロイ家から急いで去っていってしまった。
事の成り行きを見守っていたジョージや侍女達が、大喜びで拍手してくる。
「お見事でした、オーレリア奥様! あのお二人はもう十六年もこのロストロイ魔術伯爵家を乗っ取ろうと、執念深く屋敷を訪ねてきていたのです! それをあんなに簡単に追い払ってしまうとは、さすがはチルトン侯爵家のお血筋です!」
「お見それいたしましたわ、奥様!!」
いや、褒めて貰えるのは嬉しいのだが。二人を禿げさせた示談金が支払いたかった……。