SS(カクテル)
データ整理していたら見つけたSS②
時間軸、結婚したばかりの頃。
バーベナだった頃、たまの休みは昼から飲み歩くという優雅な趣味を私は持っていた。
その時に培った知識だが、花に花言葉があるように、カクテルにもカクテル語という秘められた意味を持つものがあるらしい。
そんなことを思い出したのは、深夜二時に仕事から帰って来たギルが、あきらかに壊れたテンションで「シェーカーを手に入れました!」と言ったからである。
「バーベナはカクテルもお好きですから、ジョージに頼んで道具を一式注文しておいたのです。ようやく届きましたので、バーベナのためにシェーカーを振ります!」
「寝た方がいいぞ、ギル」
「いいえっ、まだ深夜一時を過ぎたばかりですから! 魔術師団で二徹、三徹も珍しくない僕にとって、こんなの昼みたいなものですよ!」
「その台詞に疑問を持たない時点でアウトなんだよ、ギル。ほら、お姫様抱っこしてあげるから寝室に行こう? ね?」
「嫌です! せめて一杯だけでもご馳走させてください! 僕はバーベナにカクテルが作りたいんです!」
「仕方がないな~。一杯だけだからね、ギル?」
「ありがとうございます、バーベナ!」
場所を食堂に移動すると、ジョージがすでにお酒の瓶や氷、シェーカーやマドラーなど、カクテルの準備を完璧に整えていた。
私はそっとジョージに近付き、「一杯だけ飲んだら即行でギルを寝かしつけるから、ジョージはもう寝てて。ていうか、ギルの甘やかし方を間違えていると思う」と言っておく。
いくらロストロイ家の当主自身が望んだからとはいえ、これ以上ギルから睡眠時間を削らせたら駄目でしょう。
ジョージは優雅に微笑み、
「オーレリア奥様がお疲れの旦那様を思いやり、一杯で済まそうとしてくださることは分かっておりましたので。旦那様のご要望が叶えられ、かつ、睡眠時間も奥様が気を配ってくださるので、特に問題はないかと思いました」
と言った。すべて計算済みであった。
「ジョージ、なんて恐ろしい男……!」
「お褒めいただき恐縮でございます、奥様」
「さぁ、バーベナ、ジョージとばかり喋っていないで、席に座って待っていてください!」
というわけで、ギルがカクテルを作り始めた。
魔術師団のローブを脱いだギルは白いシャツの上から黒いエプロンを身に着け、メジャーカップでお酒の量をはかる。
几帳面な顔つきで水面を見ているギルは、バーテンダーというより薬師っぽいな、と私は思った。
だがシェーカーを振り出すと、なかなかどうして色っぽく見えた。捲り上げられたシャツの袖から覗く腕の筋肉や、シェーカーを振る手の大きさは、ギルがすっかり大人の男性になっていることを私に教えていた。
氷で冷やしておいたグラスに、白く透き通ったカクテルが注がれる。
レモンの香りがふわりと私の席まで漂ってきた。
「大陸由来のカクテル、XYZです。どうぞご賞味ください、バーベナ」
ギルは私の前にグラスを一つ置き、自分も隣の席に座ると自分の分のグラスには手も付けずにこちらを見守る体勢に入る。
「作っているところを見ていたけれど、材料はホワイトラムとホワイトキュラソー、レモンジュースだったね」
ギルが寝不足を押してまで私にご馳走したかったカクテルは、そんなに特別な材料を使ったものではなかった。
一口飲んでみるとレモンのおかげでさっぱりとした口当たりで、ほんのり甘いけれどけっこう辛口で、度数の高いカクテルだった。
「おいしい! このカクテル、飲んだことなかったけれどとってもおいしいよ、ギル! 作ってくれてありがとう!」
「バーベナのお口に合って良かったです」
ギルは照れたように頬を紅潮させながら、話し続ける。
「このカクテルには『永遠にあなたのもの』という、美しい意味が秘められているのですよ。……バーベナ、僕は永遠に貴女のものです」
「ギル……」
「ふふ、照れてしまいますね……」
ギルは恥ずかしさを誤魔化すように、自分の目の前に置かれたカクテルに手を伸ばし、グイっと飲み始めた。
「あ。ギル、このカクテル、けっこう度数が高めだから、そんなに一気に飲むと……」
ザルどころか枠の私と違って、ギルのお酒の許容量はごくふつうだ。その上いまは、仕事で疲れてテンションがおかしい状態である。
そんなギルの体に度数二十五~二十八度くらいのアルコールを流し込んでしまったら――……。
ガツンッ!!
ギルはグラスを持ったままテーブルに額を打ちつけ、そのまま熟睡してしまった。
「……ギルったら、途中までは格好良かったのにねぇ」
最後のさいごで格好付かずに終わってしまった。残念な夫である。
「ちょっとはドキッとしたのに」
私は宣言通りギルをお姫様抱っこで寝室まで運び、ベッドに寝かしつけた。
こうして今夜も、私とギルの白い夜が更けていくのである。スヤァ……。