116:伯爵夫人オーレリア・バーベナ・ロストロイ
ばーちゃんたちにお別れの挨拶をする。
「今回も助けに来てくれてありがとうございました!!! 夫婦ともども助かりました!!! 大神様に不具合を治していただいたから、もうそう簡単には死に呼ばれないとは思うけれど。また何かあったら助けてください!!!」
『いいですか、オーレリア。大神様のおかげで『死者の国』との繋がりは消えましたが、それでも危険なことに首を突っ込めば死んでしまうのが人間です。危ないことはしてはいけません。日々善い行いをして、人の道に外れず、そしてそろそろ曾孫のほうも……』
『いいですの、みそっかす。先輩であるわたくしの忠告をよぉーくお聞きなさいですの。オーレリアが爆破魔術しか使えないのはよく分かっておりますけれど、爆破魔術でとにかく押し切ろうという貴女の日頃の考え方が自分の身に危険を招いているのですの。爆破魔術を頼る前に、周囲を頼りなさいですの。貴女は今はギルという夫がいるのですから、まずはギルによく相談をして……』
『俺としてはたまにお前がピンチだと地上で遊べて最高だけれどなー。まぁ、気を付けるに越したことはないけどよ。あ、そうそう、命の危険といえば、お前、ギルと結婚してから飲み過ぎだ! 酒を飲むときはもっとつまみも食えよ! いくら酒に強いからって、空きっ腹にガバガバ飲むようなまねをしてれば、健康を損ねるからな!? だいたいお前は昔から……』
『大神様のおかげでオーレリアの魂は『死者の国』に繋がりが断ち切れたということは、病死や勇敢に闘った末の戦死ならヴァルハラへ来れるんだから、君は今すぐ傭兵にでもなるべきでは??? 私のこのアイディアすごくいいよね???』
『ジェンキンズの奴は儂らが責任を持ってヴァルハラへ連れて変えるから、聞き流してよいからの、オーレリア。儂らはいつでもお前さんを見守っておるから、またいつでも駆けつけてやるが、あんまり羽目を外し過ぎんようにな』
『オーレリア!!! 夫婦ともども華麗に息災でな!!! あと、ギルに伝えておいてくれ。『継承者の資料室』にあるジェンキンズの本には誰かさんへの恋文が挟まっていることが多いが、処分しても問題ないと。じゃ、よろしく頼む!!!』
守護霊っていうか、もはや保護者じゃないかな……と思いつつ、私は皆の言葉にありがたく頷き、最後に大神様にもう一度お礼を言ってから、異空間を後にする。
光の教会を出ると、私とギルは岸辺に並んで立っていた。
目の前には湖が広がっていて、ちょうど差し込んだ朝日で教会が黄金に染まっている瞬間だった。どうやら無事にロストロイ領へ戻れたらしい。
光の教会はすっかり消え失せていた。きっとまた深夜の干潮時になれば、ひっそりと現れるのだろう。
「では帰りましょうか、僕たちの領主館へ」
「うん! フレッドたちが心配してるだろうから、急がないと! あっちの木のほうに馬を留めてあるよ!」
「そういえば僕、夜着姿なんですけれど。ローブか何かありませんか?」
「……あー、ごめん。用意してないわ」
「いえ、オーレリアのせいではまったくないのですが……。夜着姿の領主が外にいるところを領民に見られてしまうのか……」
「出来るだけ人目に付かないよう、気を付けて帰らなくちゃね~」
頭を抱えているギルの背中を押して、馬を繋いでいた木のところへ行くと。
なんと、馬が二頭に増えていた。
一瞬びっくりしたが、なんてことはない。狡知の神がギルを領主館から攫った時に使った、商会の馬だった。
こうして私たちは二頭の馬で領主館まで戻ると、なんと、フレッドたちから「おや、領主様。奥様と早朝のデートに出掛けられていたのですね?」と不思議そうに迎えられた。
どうやら私とギル以外の人間は、リィーエさんの記憶を失ってしまったらしい。
一緒に泊まった御者も『自分一人で隣村へ商会の仕事に行って、その帰りに車輪が壊れたから領主館に泊めてもらった』と記憶が書き換えられていた。リィーエさんの養父であった商人も、彼女のことをすっかり忘れてしまっていた。
なんだか狐に化かされたみたいな気分だったが、文句を言って狡知の神が再び現れても厄介である。
この件は追及することは止めて、私とギルは王都へと帰ることにした。
▽
狡知の神の悪だくみから、一年後。
私とギルは再びロストロイ領を訪れていた。
今回はペイジさんやメルさんを始めとした魔術師団員も何人か来ており、相談役に就任したミランダ先輩も同行している。
ついに『大型結界魔道具』が完成したので、ロストロイ領にある丘に設置して、試運転をする予定なのだ。本格始動する際には、ガイルズ国王陛下や国の上層部の方々もこの地へ来て、記念式典を行うらしい。その時はチルトン家も遊びに来てくれると言っていたので、非常に楽しみだ。
「きゃー♡ ついに魔道具を設置しちゃったわ♡ 夢にまで見た瞬間がついにいよいよよー!!!」
「良かったですね、ペイジ様! メルもドキドキです!」
「本当に本当にありがとうね、オーレリアちゃん!! 貴女のおかげでリザ元団長の研究資料がたんまり手に入ったし、ミランダ様たちOBとも繋がれたし、おまけに魔道具の動力になる『黄金の林檎』まで!!! 私の夢が叶うのは貴女のおかげよ!!!」
「いやぁ、どういたしまして。そんなに褒められると、照れちゃうなぁ。嬉しいけれど」
「オーレリアさん、メルもとっても感謝しております! これからも末永くペイジ様とメルをよろしくお願いいたします!」
「あ~ん!! オーレリアちゃんが可愛くて仕方がないわ!! アタシ、ほっぺにキスしてあげちゃう!!」
「では、メルも! オーレリアさんの頬にキスします!」
「えぇぇ……」
美女(?)なペイジさんと美少女ピンクメイドなメルさんに両側からチュッチュされて困惑していると、呆れた表情のギルが二人を私からベリッと引き剥がした。
ギルの後ろには半笑いを浮かべたミランダ先輩がいて、「あんたたち、遊んでないの。ギル坊が最後の点検が終わったって言ってたから、あとは魔道具を動かすだけよ」と言って、ペイジさんとメルさんを連れて行った。
「相変わらず愉快だねぇ、ペイジさんとメルさん」
「二人だけじゃないですよ。今も昔も、魔術師団員は全員愉快な方々ばかりです」
「あはは、違いない」
私が笑って同意すると、ギルはこちらを心配そうに見つめる。
「本当に体調は大丈夫なのですか、オーレリア? 貴女は王都の屋敷にいても良かったんですよ?」
「大丈夫だって。私もばーちゃんの結界が復活するところを見たいし! あ、もうばーちゃんの結界じゃなくて、魔術師団の結界だね」
「ですが、貴女の身に何かあったら……」
「心配し過ぎだよ、ギル。安定期に入ったし、道中も妊婦の私のためにかなりゆっくりの移動だったし、ガイルズ陛下が王城の医師まで派遣してくれたし、それに〈豊穣の宝玉〉のクリュスタルムの分身まで肌身離さず付けてるんだからっ」
私はそう言って、結婚指輪を付けている左手で自分のお腹を撫でた。〈豊穣の宝玉〉は植物だけじゃなく、人や動物にも多大な影響を与えるので、子宝や安産の効果があるらしい。
まぁ、そうは言っても、ギルの不安は尽きないのだろう。何せ初めての妊娠だもんな。
私は母の獅子リーナが弟妹を五人も生んでくれたおかげで、妊娠中から出産、子育てを長年手伝ってきたから、かなり予習済みなのだ。だからギルほどの不安はない。
「もうちょっと気楽にいこうぜ、ギル。子育てが始まる前にギルがぶっ倒れちゃいそうだよ」
「そうですね、今から倒れるわけにはいきません。育休二年取得するために仕事を前倒ししていかなければ……!」
「気楽にいこうって言ったばかりなんですけど??」
ふいにペイジさんの声があがった。
「じゃあ、いよいよ魔道具を動かすわよ~♡ ギル団長もこっちに来て、アタシと一緒に起動スイッチを押してちょうだーい♡ 共同研究の成果なんだから♡」
「それもそうですね」
ギルはペイジさんの隣に立つと、大きな箱のような形をした『大型結界魔道具』の起動スイッチを二人で押した。魔道具の内部からブゥン……と低い音が聞こえて、試運転が始まる。
魔道具から白い光の柱が現れ、上空へと伸びていく。そしてそのまま上空に光がどんどん広がっていく。
ふつうに空を見上げれば青い空が見えるだけだが、角度によっては、赤や緑やピンクなどシャボン玉のような光の膜が見える。確かに結界魔術が張られていた。
少し時間が経てば、リドギア王国全土を覆うくらいの大きさに広がるのだろう。
「大規模結界、大成功だね、ギル!! おめでとう!!」
「ありがとうございます。オーレリアやペイジさんや、たくさんの方々のおかげです。これでリドギア王国の平和が守れますね」
「うん!」
これでこの国にまた抑止力が生まれたと思うと、胸の奥が熱くなるような喜びでいっぱいになる。
ペイジさんやメルさんたちが歓声を上げたり、感激の涙を流しているのが視界に入る。きっと皆も同じような気持ちなんだろう。
戦争なんて関わらずに済むのなら、それに越したことなんてないもんな。
生まれてくる子供には、戦争の苦しみなんて何一つ知らずに一生を過ごしてほしいし。
「これからもますます幸せになろうね、ギル!」
「ええ、もちろんです。そういえば、子供の名前をまたいくつか考えたのですが……」
「この前私に提出してきた『ハッピーエンジェルちゃん』とか『ラブリーセイントくん』とか『ラッキースターちゃん』から進歩しましたかね?」
ギルのポエムの勉強の成果がこんなところに出てきていて、私はさすがに却下するしかなかったことを思い出す。
ギルの気持ちは嬉しいが、生まれてくる子供のために私は心を鬼にしなければ。母は我が子を守るよ!
キリッとした表情で「今回はいい線をいっていると思います」などと自信満々に言うギルに、私は新たな子供の名前案を聞き、すべて却下した。『マイラブちゃん』はかなり危険だった。
「なかなかいいと思ったのですが……」としょんぼりするギルに、「時間はまだあるから。私も考えてるし」と慰める。
とはいえ、私も名付けのセンスがあるわけではないので、お父様を頼るのもいいかもしれない。
白い結婚は終わったが、これから生まれる我が子とともに新しい未来が続いていく。
私とギルの結婚生活はまだまだこれからだ!!!
完
最後までお読みいただきありがとうございました!!!
これにて無事に完結です。
1話目の『魔術師団長バーベナ』から始まり、最終話は『伯爵夫人オーレリア・バーベナ・ロストロイ』となり、ラストの一文は短編版のラストに寄せることにいたしました。
あとはたまに番外編を書きたいな~と思います。
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オーレリアとギルの物語にお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!!