113:行方不明のギル
フレッドや住み込みの使用人たちを起こしてギルの捜索を手伝ってもらったが、領主館の敷地内のどこにも、夫の姿はなかった。
さらに最悪なことに、別館に泊まっていたはずのリィーエさんの姿もない。
彼女に同行していた御者は他の客室にちゃんといたが、壊れた馬車から回収したはずの馬の姿がなかった。領主館の馬小屋で休ませていたはずなのに。
ギルの失踪にリィーエさんが関わっていることを、私はほとんど確信していた。
二人は別々に居なくなったんじゃない。ギルはリィーエさんに連れ攫われたのだ。
ギルが攫われたと思う理由は単純だ。ギルがなんらかの理由でこんな深夜に出掛けることになったら、絶対に私に説明する。私が熟睡し過ぎて起きなかったら、伝言を残すだろう。
ギルがそうしなかった時点で、『出来る状況ではなかった』のだ。
リィーエさんは本当に何者なのだろう?
やはり、あれほどバーベナに似ていることはおかしい。それに彼女の経歴も不自然だ。
私が転生していなかったら、リィーエさんはまるでギルを誘惑するためだけに創られた存在みたいに思える。
……トルスマン皇国の実質的支配者がまだアドリアン大祭司のままだったら、他国の工作員の線も疑ったが。今はクリュスタルムとクラウス君が頑張ってるしなぁ。他の周辺国もリドギア王国に友好的だし。
「リィーエさんの正体も気になるけれど、まずはギルの居場所を特定しないと。何か手がかりがあるといいんだが……」
照明を点した寝室をもう一度見回す。
「私もギルに『居場所探知魔術』を仕掛けておけたら良かったんだけれど、爆破魔術しか使えないかならぁ……」
両手で頭を抱えていると、ふと、髪が左手の指に引っ掛かる。
「痛っ! なんで左手に髪が引っ掛かって……って、結婚指輪か」
普段指輪なんてしないから、扱いが難しいな。服とかにも引っ掛からないように気を付けないと……。
暫し私はピカピカの結婚指輪を見つめ、……ハッとする。
「そういえばギルが結婚指輪に『居場所探知魔術』を仕掛けていたっけ!? ギルの指輪の魔力を追いかけるだけなら、私にも出来るぞ!! これでギルの居場所が分かる!!」
まさかギルの粘着気質がここで生きるとは!!! すごいぞ、ギル!!!
私は急いで出掛ける準備をして、フレッドに馬の準備をお願いする。
フレッドは「こんな深夜に外出されるのは危険です!!」と至極真っ当なことを言っていたが、どうにか説得して、馬に鞍を付けてもらった。
リィーエさんの魂胆はわからないけれど、ギルの無事な様子を見るまでは決して怖気づいて逃げ出したりなんかしない。
今行くよ、ギル!!
▽
月明かりだけを頼りに黄金の林檎畑を馬で走り抜け、街灯もすっかり消えた街中を進み、貴族の別荘地を通りすぎると――目の前に湖が現れた。
「ここがギルの魔力を示す場所か」
『居場所探知の魔術』は、まっすぐに教会を示していた。
昼間の干潮時とは打って変わり、教会のある島の周囲は水で満たされている。どこかで船を手に入れないと、島には渡れなさそうだ。
私は馬から下りて適当な木の枝に手綱を結びつけると、「あとで必ず迎えに来るからね。ここまで走ってくれてありがとう」と声をかけ、湖の周辺を歩き始めた。
「確か、こっちのほうに船着場があったよね。あとで絶対にお金を払いに来るので船を貸してもらおう……」
道が出来る時間帯以外は観光客は小船で島に渡るので、船着場があり、その近くに船を貸し出している小屋があるのだ。
そこに向かおうと歩いていると、ふと、湖のほうに異変を感じた。
湖の上に、キラキラと白い光が舞っている。とっても強大な魔力のようだ。
昼間の干潮時に道が出来ていた場所と同じところに、魔力で出来た架け橋が見えた。白く輝く橋は、教会へと続いていた。
じっと教会を見つめると、突然、建物が二重にブレて見えた。昼間ギルとやり直しの結婚式をした石造りの教会の上に、魔力で造られたもう一つの教会がキラキラと重なっている。まるで教会の形をした光を投影したかのような光景で、畏ろしさもあるのに、神秘的で美しかった。
「……そっか。夜の干潮時に、もう一つの教会が現れるんだ。魔力持ちにしか見えないし、こんな深夜に出歩くような危機感の足りない人間も少ないだろうから、伝承されてないけれど」
そういえば、農家の人が言っていたっけ。大昔に若者が大神様からヴァルハラに生える黄金の林檎をもらって、地上にやってきた黄金の林檎を若者が育てて増やした、とか。
最初のオリジナルはどこにあるのか不思議だった。
だって、神の不老不死の源となるような木が枯れるはずもない。少なくとも地上の生き物の影響でダメになるような軟弱な木ではないだろう。
きっと、最初の黄金の林檎の木は、この光の教会の中にある。
そしてギルとリィーエさんも、そこにいるんだろう。
ふと、私は、ギルが私の魂を追いかけて『死者の国』へ向かった時のことを思い出す。
あの時ギルは、どんな気持ちで異界に向かったのだろう?
すごく怖かっただろうなぁ。
でも、その恐怖に蓋をして、私の元まで堕ちてくれたんだろうなぁ……。
「私も、怖いなんて言ってらんないよね、ギル」
震える足を叱咤して、私は白い架け橋を駆け抜け、光の教会の中へと突入した。