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112:深夜の来訪者



 やり直し結婚式が終わって領主館に戻ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。

 王都と違って街灯が少なく、領主館は街中から離れて林檎畑を超えた先にあるので、周囲に民家の灯りがあるわけでもない。フレッドたち住み込みの使用人たちが点してくれる灯りのおかげで、屋敷だけがぽつんと明るかった。


「あとはもう夕食を食べたら、お風呂に入って寝るだけだね~」


 馬車から降りて玄関に入りながら言うと、ギルは何やら覚悟を決めた顔で「いいえ」と首を横に振る。


「僕たちは本日、改めて結婚式をしました。これに合わせて、初夜のやり直しもしませんか……!?」

「すでに何度も初夜に挑戦している気はするんだが、まぁいいよ」


 お父様が出した条件『二年の間に子供が出来なかったら離縁』は、すでに撤回されている。焦る必要はまったくないのだけれど。

 ただ単純にギルとイチャイチャする時間を取るのは、嬉しくて幸せだもんな。


 そういうわけで夕食を済ませ、領主館の侍女に手伝ってもらって入浴と肌と髪の手入れを済ませると、寝室でギルを待つ。

 サイドテーブルにはお酒とフルーツの盛り合わせが用意されてあって、思わずクスッと笑ってしまった。

 今日は飲む気はないけれど、なんだか懐かしいな~。


「失礼します、オーレリア」


 ガッチガチに緊張した表情のギルが入室してきた。

 一年前の初夜とは本当に何もかもが違うなぁ。


 ギルは、ベッドに腰かけている私の前までやって来ると、床に跪いた。


「一番最初の初夜で、僕は貴女にとても最低なことを言いました。『僕が貴女を愛することはありません。そして貴女も、僕を愛する必要はない』と」

「そんなこともあったね。マジで新婦に言う台詞じゃないぞ」

「はい。あのあと、深く後悔しましたし、今も変わらず反省し続けております……」


 暫しギルは黒歴史に苛まれた表情をしたが、自責の念を振り切るようにして顔を上げた。


「オーレリア・バーベナ・ロストロイ。僕は貴女しか愛しません。なので貴女も、どうか僕を愛して、夫婦として共に生きてください」

「……はい」


『貴女を愛することはない』から始まった私たちの結婚は、『貴女しか愛さない』という熱烈な愛の言葉に変化し、これからも夫婦として共に歩んでいくことの約束に繋がった。

 この先もまだまだいろんな苦楽があると思うけれど、私はギルと生きて、一緒に幸せな最期を目指したい。


「愛しているよ、ギル」

「僕もです、オーレリア。……もう、黙って」


 床から立ち上がったギルが、私の体をゆっくりとベッドへ押し倒していく。

 熱っぽい眼差しでこちらをじっと見つめるギルに促されて、私は目を閉じる。

 柔らかな口付けが額や瞼、頬や唇へと降っていき、そのまま耳朶から首筋へと移動する。まだ緊張で微かに震えているギルの手が、私の寝衣を脱がそうとリボンに触れる――……。


「領主様、奥様!! お休みのところ申し訳ございません!! フレッドでございます!! 玄関のほうに、急な来客がございまして……!!」

「……ねぇ、ギル。じつは『純潔の呪い』とか掛けられてたりする???」

「うわぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」


 ガチ泣きする三十三歳児を宥めつつ(ちなみに私もロストロイ領に来る前に誕生日を迎えて、無事に十七歳になった)、来客に対応するために私は身支度を整えることにした。





 こんな夜分遅くに領主館を訪ねてくるなんて、余程の事態が起きたのだろうか?

 急いで人前に出られる姿になり、ギルと一緒に応接室へ向かうと――何故かリィーエさんがいた。


 ギルは訝しげに彼女を見つめ、私は私で、前世の自分と同じ姿をしたリィーエさんへの恐怖で固まってしまう。


 リィーエさんはソファーからサッと立ち上がり、ハキハキした口調で話し出す。


「領主様、奥様、お邪魔しています! 夜分遅くにお訪ねしちゃって、本当に申し訳ございません! じつは、隣の村まで商会の仕事で出掛けていたのですが、街へ帰る途中で馬車の車輪が壊れてしまいまして! もう真っ暗で街まで助けを求めることも出来ず……。せめて民家に一晩の宿をお願いしようと周囲を探したら、ありがたいことに領主館に辿り着きました。どうか一晩だけ私と御者を泊めてください。お願いします!!」


 リィーエさんはそう言って、深く頭を下げた。


 馬車の故障か……。

 領主館から街まで、馬車で三十分はかかる距離がある。この真っ暗な夜道を徒歩で進むのは厳しいだろう。広大な林檎畑には街灯など一つもないのだから。

 他に宿泊先を探そうにも、領主館の周囲に民家はない。


「……いいよ、ギル。リィーエさんを領主館に泊めてあげて」

「……本当によろしいのですか?」


 リィーエさんのことはまだまだ怖いが、若い女性を放っておくわけにはいかない。

 同じ女性だからこそ、配慮してあげるべきだと思った。


「わかりました。では、別館にある客室に泊めましょう」


 ギルは私たちが滞在している本館ではなく、離れた場所にある別館を指定する。

 夫の気遣いにホッとして、私は「ありがとう」と小声でお礼を伝えた。


 フレッドの手ですぐさま別館の客室の準備が整えられ、リィーエさんは「本当にありがとうございます!!」と何度もお礼を言って、本館から移動していった。

 私とギルは寝室に戻ったが、リィーエさんの顔を見たあとでは、初夜をやり直す雰囲気は戻らなかった。


「ごめんね、ギル。せっかく童貞卒業間近だったのに……」

「それはいいですよ。僕たちは何度だってやり直せるんです。お互いを想い合う夫婦ですから」

「ありがとう……」


 私はギルに布団をかけられ、ポンポンと頭を撫でてもらい、リィーエさんに対する恐怖を押し込めて眠った。





 日付変更線をとうに過ぎた頃、私はふと目が覚めてしまった。

 リィーエさんへの不安感で眠りが浅かったのかもしれない。

 喉が渇いたからお酒でも飲もうかな。サイドテーブルに、ロストロイ領ご自慢の黄金の林檎のお酒が何本も用意されていたし……。


 ベッドから上体を起こすと、違和感を感じた。

 私は慌てて照明に灯りを点し、周囲を確認する。


「……ギル、どこへ行ったの?」


 同じベッドで眠っていたはずのギルの姿が、寝室のどこにも見えなかった。


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