12:ロストロイ魔術伯爵家
旦那に枕を投げつけ、泣き出した旦那を一晩中抱っこして慰めるという初夜が終わると、めちゃくちゃ眠い。
新妻の務めとして出勤する旦那に「私を養うためにしっかり稼いでおいで」と言ってお見送りをしたので、寝よう。
旦那が出掛けたあとに二度寝するとか、最高に妻っぽいな? 私、結婚に向いているタイプだったのかもしれない。
徹夜明けだから厳密には二度寝ではないけど……スヤァ……。
▽
『バーベナ。私です。ヴァルハラのおばあちゃんです』
『ばーちゃん!』
私の夢の中に、たま~に御告げに来るばーちゃんがやって来た。
今回もまた何かの爆破指令だろうか。
私は首を傾げながら、ばーちゃんを見つめる。ばーちゃんはどこかソワソワした様子だった。
『ええと、まずは結婚おめでとうございます、バーベナ』
『ありがとう、ばーちゃん』
『その、……どうですか、旦那さんとは? 私が団長だった頃には居なかった子なので、貴女の旦那さんについてよく知らないのですが……』
『ああ、そうだね。ばーちゃんが亡くなった後に最年少で入団した子だから、知らないよねぇ。ギルは良い子だよ』
『実は他の団員達から、「バーベナに本気になる男は皆面倒くさい性格の者ばかりですの」「私と魔術決闘をしろギル・ロストロイィィィ!!!! あのクソガキ、バーベナの弟子でしかない分際で私の邪魔ばかりして昔からムカついていたんだっ!!!! この私を出し抜いてバーベナと結婚だなんてぇぇぇ!!!!」「ジェンキンズが憐れで見てられないから、俺様ノーコメント」などと聞きまして』
『ジェンキンズの奴、一体どうしたんだ……』
『私としては、皆の話はともかく、ギル君本人は信頼に値する方だと思いますし……。バーベナも彼のことを憎からず思っているみたいですし……』
『歯切れが悪いよ、ばーちゃん。いつものハキハキしたばーちゃんはどこに行ってしまったんですか?』
『……ああ、もうっ、私は!』
ばーちゃんが元気いっぱいに叫び出した。
『私は曾孫が見たいのです……!!』
『ひまご……?』
バーベナはばーちゃんの孫だが、オーレリアはばーちゃんと血の繋がりがまったくない。魂は同じだが、オーレリアが生んだ子はばーちゃんの曾孫になるのだろうか?
非常に難解なことを考えていると、『それなのに、貴女ときたら!』と、ばーちゃんが踵十二cmのブーツで地団駄し始める。
『白い結婚を続行するなんて、なんということを! いいですか、バーベナ。男など馬鹿な生き物です。貴女のおじいちゃんも家のことはちっとも手伝わないし、突然高額な買い物をしてくるし、大酒飲みでちゃらんぽらんで、でもいつも私のことが大好きで、結婚記念日には毎年新しいプロポーズを考えてくるような人でしたけど!』
『愚痴に見せかける気など更々ない惚気ですね』
『ギル君が馬鹿なことをしたからって、白い結婚を続行することはないでしょうが! いいですか、バーベナ、結婚というのは諦めが肝心……』
『ばーちゃん、新婚夫婦の初夜を覗くのはさすがにどうなんですか?』
私達の白い結婚うんぬんを叱ろうとするが、それ、寝室の会話なんですけど、ばーちゃん。
どんなに私が心配だとしてもアカンやつですよ。
私の指摘にばーちゃんは黙り込んだ。
『……とにかく。おばあちゃんは白い結婚は反対です。早く曾孫の顔を見せてくださいね!!』
ばーちゃんはそう言い残すと、ヴァルハラへ帰っていった。
▽
「昨日結婚したばかりなのに、次の日には曾孫の話だなんて。ばーちゃんは古い考えの人間だからなぁ。ロストロイ家の跡取りが欲しかったら養子で十分なんだし、もっと気長に構えていればいいものを」
あんまり眠った気はしなかったが、時計の針を確認するとすでに正午近くになっている。侍女を呼んで着替えをし、ご飯を食べよう。お昼ご飯はなんだろうなぁ。
呼び鈴を鳴らすと侍女が二人やって来て、一人が私の支度をしてくれてる。もう一人は部屋中に散らばった枕とクッションを回収してくれた。ふっ飛ばしすぎてごめんよ。
あと、困惑した表情で染み一つないシーツも回収していった。
身支度が終わると食堂へ案内され、朝昼兼用のボリュームたっぷりなパンケーキが運ばれて来た。サラダにカリカリのベーコン、とろりとしたスクランブルエッグ。
おいしい、おいしい。ロストロイ家の料理人も、チルトン家の料理人並みにおいしいじゃないか。私、このおうちの子になっても大丈夫そうだな。子っていうか嫁だけど。
食事が終わると、執事が使用人達を連れて来た。
「オーレリア奥様。改めまして。私、執事のジョージと申します。旦那様がロストロイ魔術伯爵の爵位を国王陛下から賜り、旦那様がこのお屋敷に移り住んでからずっと執事として勤めております。何卒よろしくお願い致します」
じゃあジョージは、十六年近くギルの生活を支えてくれた人かぁ。
未だ私への誤解が解けていない疑い深い奴だけれど、私は寛大な心で許そう。
ジョージは従僕や侍女、料理人や庭師や御者など、ロストロイ家に勤める十五人ほどの使用人を紹介してくれた。それで全部だとか。
貧乏なチルトン家でさえ三十人は使用人が居たぞ。家庭教師や子守り担当の侍女も居たからだけど、お針子などはロストロイ家は外注なのか?
「パーティーを開く時とかは臨時に使用人を雇っていたの?」
「ロストロイ家でそういった催し事は開いたことがございません」
社交活動が死んでるぞ、ロストロイ家。だからギルはお父様に借りがあったのか。お父様、周囲に人が集まってくる人格者だから。
「ねぇジョージ。普段の生活では使用人の数は足りてる?」
「……普段は、その、旦那様があまりご帰宅されないので」
「ちなみにギル、今までは何日間隔でうちに帰ってきた?」
「一週間に一度はご帰宅されることが多いです……」
「つまり二、三週間留守にすることもそこそこあった、と」
そんなに家に帰らないなんて。住む場所が無い団員には寮が用意されていたけれど、ギルにはこの屋敷があるから研究室の床で寝るしかないだろうに。バーベナはよくやってたけど。
ギルのやつ、今はなんの魔術研究してるんだろ?
「これからは私も暮らすし、ギルも普通に帰ってくるから。使用人が足りないと思ったらすぐ新しい人を雇っていいよ」
ギルの許可などいらん。私が許可する。屋敷の平和を守るのが妻の務めである。
「しかし奥様……」
ジョージが非常に申し訳なさそうな顔をする。
「御新婚の奥様にこんなことを申し上げるのは、非常に心苦しいのですが……。旦那様の帰宅頻度が変わることは難しいでしょう」
「なんで? 私がここに居るのに?」
私は自信を持って言った。
「愛する奥さんに会いたくて頑張って帰ってくるよ、ギルは」
ジョージはぽかんと口を開け、他の使用人達もきょとんとした表情をしていたけど。
▽
その後はジョージに屋敷の案内をして貰い、チルトン家から私の嫁入り道具も届いたので整理することにした。
ロストロイ家はとても殺風景なので、私が持ってきたものを好きなだけ並べられそうだ。
チルトン領で撮ってもらったウェディングドレス姿の私と家族の集合念写や、領民との念写。お父様によく似ていて気に入っている魔除けのお面、弟妹達がくれた変な形の小石、お母様がこっそり同封してきた媚薬は胡散くさいので捨てる。
「オーレリア奥様、こちらは……?」
「ああ、それ、玄関先にでも飾っておこう」
ジョージに指示を出せば、従僕たちが運んでいく。
あらかた片付くと、私は思いっきり伸びをした。
「さぁて、これからロストロイ夫人として頑張るぞ~」
ブクマ評価本当にありがとうございます!
ストックの関係で明日あさっては朝晩の2回更新、その後は一日1回更新になる予定です。
不治の遅筆を患っており治療は絶望的ですが、頑張って完結まで書いていこうと思います。




