111:やり直しの結婚の誓い
「わぁー! 見て、ギル! すっごい綺麗な教会! 景色が最高だね~!」
「建物に黄金の林檎のモチーフを多く取り入れているので、探すと面白いですよ」
「そうなんだ。農家の人が教えてくれた黄金の林檎の伝説って、教会発祥なのかもね」
「さぁ、オーレリア。干潮時刻になったので湖の底に道が現れましたよ。教会へ渡りましょう」
「うん!」
たぶんこの場所は、山から下ってくる川がちょうど海に繋がる地点で、地形の問題で『湖』の形になっているから人々にそう呼ばれているだけであって、実際は河口なんだろう。もうほとんど海水の匂いがする。
海面の影響を受けるため半日周期で湖の水が上下し、本日はお昼ごろに最も低い干潮が訪れて、教会がある小さな島への道が現れた。
一応夜中にも干潮があるはずだが、その時はここまで海面は低くならず、道は出来ないだろう。
観光客の多い日中に道が出来るレベルの干潮が来るのはラッキーだなぁ。
湿った砂地を歩き、島へ辿り着く。
長い階段が、湖の底から教会の入り口まで続いており、私とギルはひたすら石段を登った。
教会の周囲は春の緑が溢れて美しい。小さな島全体が教会の庭園となっているようだ。結婚式場として人気なわけだなぁ。
今の時間帯は私とギルが貸し切っているため、結婚式をしているカップルはいないけれど。
教会の大きな扉の前では、すでに神父様やシスターたちが待ち構えており、歓迎の表情を浮かべていた。
「ようこそおいでくださいました、ロストロイ魔術伯爵様。奥方様」
「本日はよろしくお願いいたします、神父様。僕たちの結婚の誓いのために本堂を貸し切ってくださったこと、深く感謝いたします」
「司式者を務めてくださると聞きしました。神父様、お忙しいところ本当にありがとうございます!」
ギルと一緒に挨拶をすれば、神父様の笑みがより一層キラキラと輝き出した。
「ええ、勿論でございますとも。ロストロイ魔術伯爵様からは毎年多額の寄付金をいただいておりますので。天界にいらっしゃる大神様もお喜びでしょう」
なるほど。大歓迎なわけだ。チルトン領の教会の百倍豪華な建物だし、在籍する神職者の数も多そうだし、維持費もかなりかかるよねぇ。
というわけで、私とギルは神父様に案内されて、建物の中へと入った。
▽
シスターたちに手伝ってもらい、控室でウェディングドレスに着替える。
この純白で華やかなドレスを着るのも三回目だ。一回目はチルトン領のお別れパーティーで、二回目は王都の大教会での結婚式で。
まさか三回目があるとは思わなかったけれど、侍女のミミリーがしっかりと保管していてくれたおかげで、まだまだ綺麗なままだ。体型も変わっていなかったから、無事に着ることが出来た。
……私がこの一年飲みまくったお酒はどこに消えたのだろう? すべて爆破魔術のエネルギーになったのか?
まぁ、いいか。
シスターに案内されて、本堂の扉の前に立つ。
……ちょっと緊張してきたな。去年の式とは違って参列者もいないし、誓いの宣言をするだけの、本当に簡易的なものなんだけれど。
入場の曲が流れると、シスターが扉を開けてくれた。
ゆっくりとした足取りでヴァージンロードを歩いていくと、白い燕尾服に身を包んだギルがいた。
黄金の林檎をモチーフにしたスタンドグラスから、金色や緑の光がキラキラと降り注ぎ、ギルの姿を明るく染める。
夫は私を見て、頬を火照らせ、本当に愛おしくてたまらないというように眼鏡の奥の瞳を細めた。
同時に、私の胸の奥がぽかぽかと熱を持つ。ギルの隣に新婦として立てることが嬉しくて、自然と口元がほころんだ。
あぁ、ギルも、私も、一年前とは全然違う。
お父様を喜ばせるためとかチルトン領のためとかじゃなく、自分たちのために。夫婦になりたいから、夫婦になるのだ。
「オーレリア、とても綺麗です」
「ありがとう。ギルも世界一かっこいいよ」
ギルの隣に並んでから、気が付いた。私の夫がすでに感動で涙を浮かべていることに。
泣き崩れるのはせめて誓いが終わってからにしてほしいのだが、この厳かな雰囲気の中で夫をどうあやせばいいんだ。
「貴女の姿形がどれほど変わろうとも、ただ貴女が貴女の魂を持っているだけで、僕にとって世界でいちばん大切で愛しい人になる」
「……ギル」
得体のしれないリィーエさんに対するどうしようもない恐怖が、今この瞬間だけはすべて手放せるような気がした。
「私も、ギルの魂が世界でいちばん大切で大好きだよ!」
私とギルが笑い合っていると、司式者を務めてくださる神父様が「おっほん。では、始めましょう」と、こちらの会話を打ち切った。
そして結婚の誓いの言葉を読み上げる。
「新郎ギル・ロストロイ。オーレリア・バーベナ・ロストロイを妻として敬い、生涯愛することを大神様に誓いますか?」
「誓います」
「新婦オーレリア・バーベナ・ロストロイ。ギル・ロストロイを夫として支え、生涯愛することを大神様に誓いますか?」
「誓います」
私たちは真心を込めて誓い、いよいよ指輪の交換となった。
ギルが私のレースの手袋を外して、左手の薬指に結婚指輪を嵌める。
カボションカットにされたクリュスタルムの分身は艶々で、その中心に高濃度の魔力が虹色の靄となってキラキラと輝いていた。
あと百年は自我を持たないはずだけれど、確か、豊穣の宝玉として農作物の成長を促すことが出来るんだよね? 王都に帰る前にちょっと試してみたいな。
続いて私もギルの絹の手袋を外し、彼の左手の薬指に指輪を嵌める。
「オーレリアから嵌めていただいた結婚指輪、僕は一生外しません……!!!!!」
「じゃあ、指輪のサイズが変わらないように気を付けてね」
「はい!!!!!」
指輪のサイズが変わらないようにするのって、なかなか大変だが、頑張ってくれ。
私は自分の指が太ったり痩せたりしたら、普通にお直しに出すつもりだ。
そして誓いの口付けの時間に移る。
一度目の結婚式では顔を寄せてフリをするだけだったけれど、今回はちゃんとギルの唇が私のそれにしっとりと重なった。
こうして私とギルは、本当の夫婦になったのだ。