109:謎の女性リィーエ②
翌日は約束どおりに酒造所の見学をした。
以前飲んだエールのほかにも、林檎を使ったお酒がいろいろあって、面白いものでは瓶の中に林檎が丸ごと入っている蒸留酒もあった。
「どうやって林檎を丸ごと瓶の中に入れるんですか!? 酒造所に専属の魔術師でも雇ってるんです???」
「いえいえ~、違いますよロストロイ夫人~。林檎の実が小さいうちに瓶に入れて、そのまま枝に瓶を括りつけて育てるんですよ~」
「あぁ、そういうことか!!!」
私は目をまるくして驚いたが、酒造所の方の説明に納得する。
人は魔術に頼らなくても知恵を絞って美味しいお酒が作れるものだなぁ。
瓶入り林檎のお酒に感動する私を見て、ギルが「では、このお酒も王都に持ち帰るので、在庫あるだけください」と注文してくれた。
ありがとう、ギル! 相変わらず世界一最高の旦那様だよ!
▽
酒造所は林檎畑と街に続く道の中間にあったので、見学が終わるとそのまま街へ向かう。
貴族や富裕層の別荘地が近いらしく、街中にはたくさんのお店が並び、多くの観光客で溢れていた。
「すごい活気だねぇ~。名物が石像群だけのチルトン領とは全然比べ物にならないね」
「チルトン領は今はあれで十分ではないでしょうか? 観光客を受け入れるキャパがまだまだ少ないですし。ロストロイ領はもともと観光地としての歴史が長いので」
「それもそっか。観光客がたくさん押し寄せてきても、宿屋の数をすぐに増やせるわけじゃないしね」
馬車を降りた私たちは、人混みに紛れて領地視察をする。
領地にほとんど来たことのないギルと、初めて訪れる私では、領民から身分がバレることもなかった。
むしろ案内役のフレッドを見て、「代官様がいらっしゃっているな」「お客人を案内しているようね。街のいいところを見せましょう」と、皆一様に気を引き締めた表情をする。どうやらフレッドは領民たちからとても尊敬されているらしい。安心だ。
時折、屋台の食べ物を買い食いしつつ、私は周囲を見回す。
「普段からこれだけ人が多いと、治安も気になるね」
私の言葉に、フレッドが暗い表情をする。
「じつは奥様……。最近、有名なスリがロストロイ領へやって来まして。スリや万引きの被害が増えて困っているのです。騎士の巡回を増やしているのですが、なかなか捕まらず……」
「ええっ!? それは困るね。そのスリの見た目とか、犯罪手口とかってわかる?」
「見た目は富裕層の紳士のようだと聞いております。『シルバーセカンド』と名乗っており、数人の子分を囮に使い、被害者の意識が他へ向いている隙に金目の物を盗むのだとか。先日も、観光にいらした男爵様の金時計が盗まれてしまい、カンカンにお怒りになられました。領主様のお力添えでなんとか留飲を下げていただきました……」
「男爵が持っていた物よりもグレードの高い金時計をお贈りしたら、大喜びの手紙が届きましたね」
「たいへんだったねぇ……」
乾いた笑いをもらすギルと、胃の辺りを押さえて顔を青くするフレッドに、私は同情の眼差しを注ぐ。
「じゃあ、スリの『シルバーセカンド』とやらを見つけたら、私が即刻爆破して捕まえるよ」
そう言った途端、人混みの奥から「キャー! 誰か、スリよ! 私の財布が盗まれたわー!」という叫びが聞こえてくる。
私は慌てて悲鳴のするほうへ向かおうとしたが、両手が屋台の食べ物で塞がっていた。定番の黄金林檎飴やカスタードたっぷりの半円型のアップルパイ、黄金林檎のソースがたっぷり乗ったホットドッグ。
「わっ、ど、どうしよう!? 美味しそうだから目についたものをどんどん買ってたら、こんなことに……っ!」
「オーレリア、寄越してください。僕が持ちましょう」
「いや、そう言うギルも、二人分の飲み物で両手が塞がってるじゃん!?」
「領主様、奥様、では私めが……!」
「フレッドはフレッドで紙袋で両手が塞がってるから!」
三人でワタワタシている間に、『シルバーセカンド』と思われるお洒落で粋な服装をした男が、数人の子分を連れて、横を走り抜けていく。
このままでは『シルバーセカンド』を取り逃がしてしまう。
これはもう、地べたに食べ物を置くしかない。
大丈夫、砂まみれになっても食べられるから! 戦時中のひもじさを思い出せば全然大したことないから!
私が涙を呑んで覚悟を決めた時、女性の高い声が聞こえた。
「待てぇぇぇ!!! 他人の財布を盗むなんて最低なことしちゃ駄目でしょーが!!! いけ、爆破魔術!!!」
ドッカーーーン!!!!!
……バーベナによく似た姿で、両手を翳して爆破魔術を発動するリィーエさんが、目の前にいた。
『シルバーセカンド』とその子分たちは、派手な爆破に巻き込まれ、地面にすっかり伸びていた。
騒ぎを聞きつけた騎士が数人やって来て、スリの一派を捕らえている。
リィーエさんは被害に遭ったご婦人に「これがお姉さんのお財布であってる?」と尋ね、「ええ、そうよ、このお財布だわ! ありがとう、勇敢な魔術師様!」とお礼を言われている。
「貴女って、戦争の英雄のバーベナ元魔術師団長みたいだわ! お顔も似ているし、何より、悪者を一発で倒しちゃうところが! とっても素敵だったわ!」
「えへへ、ありがとう~! じつは結構そう言われるんだ~。じゃ、もうスリに遭わないように気を付けてね!」
「ええ。本当にありがとう!」
私とギルは、たぶん似たように呆けた表情を浮かべて、リィーエさんを見つめていたのだと思う。
ご婦人と別れたリィーエさんは強い視線に気付いたようにこちらを振り返り、
「あれ? 領主様と奥様だ! 奇遇ですねぇ」
と、愛嬌たっぷりに笑った。