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108:謎の女性リィーエ①



 父親である商人とリィーエさんは「お近づきのしるしに」と様々な品を贈ってくれた。

 その場にいる農家の方々とも良い取引をしているらしく、お茶をすすめられていて、こちらもお近付きの品をいただいたせいで反対しづらい。リィーエさんと父親はそのまま打ち上げに参加することになった。


 リィーエさんは明るく物怖じしない性格らしく、その場にいる人々にどんどん話しかけては盛り上げ役を買って出ていた。


 そんなリィーエさんの様子を見ながら、……正直、私はこの女性が恐ろしかった。


 一体どうして、こんなにもバーベナに似た女性が存在するのだろう?

 自分によく似た顔の人間が世界には三人いる、という話は聞いたことがあるけれど、同じ顔どころか、髪や瞳の色、髪型も同じで、身に着けている衣類さえ、バーベナが好みそうな(爆破魔術の邪魔にならない)シンプルなパンツスタイルだった。

 笑い方までそっくりで、この女性にはたいへん失礼だが、なんだか体がゾワゾワしてしまう。


「……ねぇ、ギル」

「…………」


 心細くてたまらなくなって、私は隣にいるギルに声をかけた。

 だがギルも目の前のリィーエさんに驚愕したままだ。微動だにせず彼女を見つめ、私の声かけに気付かないらしい。


 ギルは今、何を考えているのだろう?

 いつもはギルの考えが簡単に読めるのに、今回ばかりはちっともわからない。

 バーベナにそっくりの人が現れて、ギルはどう思うのだろう?

 ギルは今の私を、オーレリアを愛すると言ってくれて、行動で示してくれて、私も疑わずにギルを愛したけれど。こうして目の前にバーベナと瓜二つの人間が現れてしまったら、ギルの心はどう揺れ動いてしまうのか……。


 私はふと、『もしかしたらあったかもしれない一つの可能性』に気が付いた。

 もしもバーベナがあのまま死者の国へ行っていたら。

 ばーちゃんたちが大神様に直訴してくれなかったら。

 オーレリアとして生まれ変わっていなかったら。

 ――ギルはどんな人生を送ったのだろう?


 バーベナの肖像画で作った暗黒祭壇に泣き縋りながら、人手不足で激務な魔術師団を抱えて、寂しい屋敷に帰っては領主の仕事をする。

 そんな日々の中、ギルが何かの理由で領地に行き、バーベナそっくりのリィーエさんに出会ってしまったら?

 ……あ~、もう、なんだかその後の展開が想像つき過ぎてモヤモヤしてきた!


 バーベナとしてきちんと死んでなくて良かったと、今ほど思うこともない。

 ギルに群がる恋敵たちはいろいろいたけれど、かつての自分の姿をした強敵に出会うとはなぁ。

 オーレリアとして生まれ変わって、さっさとギルの奥さんになって良かった。


「ねぇ、フレッド」

「はい。なんでしょうか、奥様」


 私はフレッドを手招きして、「あのリィーエさんっていう人、どんな女性なの?」と尋ねた。

 もしかしたらギルが溺れた可能性があった女性だからな。念のため情報を集めておかないと。


「いえ、私もあの女性には今日初めてお会いいたしました」

「え? そうなんだ?」

「まぁ、あの商人は子供が多いので、初めてお会いする娘さんがいても不思議ではないのですが……」

「ふぅーん……」

「奥様、私のほうで彼女について調べておきましょうか?」

「ありがとう。お願いするね」

「かしこまりました」


 フレッドに任せれば、商人の娘一人の情報集くらい簡単だろう。ひとまず安堵する。


 さて、問題はギルだ。

 さすがにギルが浮気するとは思わないが、あの動揺っぷりはな……。いや、私も現在進行形で動揺しているし、リィーエさんの外見に驚くなというほうが無理がある。

 わかってるんだけれど、モヤモヤしちゃうんだよなぁ。


「あのさ、ギル……」


 なんて言おうか迷いつつも、ギルの肩を揺さぶる。


 すると、ようやくギルが思考の海から顔を上げ、私を見た。


「……オーレリア、あの女性の顔を見ましたか?」

「う、うん。びっくりしたよね。私も、こんなに似てる人がこの世にいるのかって、鳥肌が立っちゃったよ。前世のバーベナと……」

「はい。王都にある『バーベナ像』とそっくりでしたね」

「……うん?」


 バーベナ本人じゃなくて、『バーベナ像』???


「『バーベナ像』を作る際に僕も彫刻師に協力したのですが、ありのままのバーベナの姿ではなく、国民により愛されるようにと若干顔を修正することになってしまい……。あれはじつに無念でしたね」

「そういえば王都に来て初めて『バーベナ像』を見た時に、美化されてるなって思ったなぁ」


 そうか。リィーエさんはバーベナ似ではなく、『バーベナ像』似だったのか。

 私自身でさえ、前世の自分の顔を忘れていたんだなぁ。


「……じゃあギルは、リィーエさんにグラっときたとかではないんだね?」

「もしかして妬いてくださったんですか? オーレリアが?」


 リィーエさんに対して、恐怖とか不安とか、いろいろ感じたけれど。それを焼きもちだとか、独占欲とか、激重感情だとか、どんな言葉で表してもいいけれど、つまるところ、私はギルをどんな人にも奪われたくないと思ったのだった。


「うん」


 私が頷くと、ギルはパァッと喜色に満ちた笑顔を浮かべた。


「うっ、嬉しいです、オーレリア! いや、貴女を不安にさせてしまったことを喜ぶべきではないのですが! ですが、僕たちの愛の比重が均等に近づきつつあるようで、嬉しくて、顔が勝手に笑ってしまって……!」

「いいよ。人間の感情は複雑だからな」

「ありがとうございます、オーレリア!!!」


 嫉妬する側は大半はつらい思いをするけれど、嫉妬される側は喜んだりウザく感じたり様々だもんな。

 すでに私の不安も解消されているし、喜びを噛みしめたまえよ。


 私はそのままギルに肩を抱き寄せられ、顔中にキスされるはめになり、フレッドや農家の方々から「仲がよろしいことで」「まだまだ新婚さんだねぇ」と微笑ましい表情を向けられた。


 リィーエさんも私とギルに笑顔を向けていたが、その眼になんだか底知れぬものを感じて、ゾクリとする。


 私が勝手に彼女に怯えて警戒しているだけで、杞憂だといいんだけれど……。





 その後、打ち上げパーティーは無事に終わった。

 これでもうリィーエさんとは関わらなくて済むと私はホッとしたのだが、翌日の領地視察でまたバッタリ彼女に会ってしまうことになるとは、想像もしていなかった。


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