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107:領地視察



 翌日、どうにかキリの良いところまで領主の仕事が進んだギルと、案内役のフレッドと一緒に領地の視察に向かうことになった。領主として領地の様子を確認しつつ、魔術師団長として大規模結界魔道具の設置場所に相応しいかの調査である。


 領主館から街の中心部へ向かって行く途中では、広大な林檎畑が続いていた。

 これがたぶん、ロストロイ領名産の黄金の林檎だろう。


「わぁ~! 見て、ギル! ちょうど林檎の花が満開なんだね! 甘い良い香りがする~!」

「あぁ、春らしい景色ですね。この時期にオーレリアと領地に来れて良かったです」


 まるい蕾は濃いピンク色だけれど、開花した花弁は白く愛らしい。馬車の中まで林檎の香りが漂ってきて、思わずうっとりとした気分になる。

 ギルも林檎畑と私を交互に見ては、穏やかな表情になった。


 そんな私たちを見て、フレッドが声をかけてくる。


「領主様、奥様、林檎畑も視察なさいますか? 今はちょうど領民たちが花摘みや受粉作業を行っているはずです」

「えっ、すごく見たい! 林檎の受粉ってどうやるの?」

「飼育している蜂も放しますが、並行して、綿を使って人の手で受粉作業を行っております」

「へぇ~。面白そう!」

「では、林檎畑も視察しましょう。白い花に囲まれたオーレリアの姿は絶対に絵になりますから、楽しみです。……そろそろ僕も念写魔術を覚えたほうがいいな。王都に戻り次第、調べるか」


 後半は何やらブツブツ言っていたギルだが、馬車から降りて林檎畑を歩き始めると、私を見て、感動の涙を浮かべ始めた。そうか。そんなに私が大好きか。ほら、手を繋いであげるから、妻との林檎畑散策を満喫していいよ。ロマンチックだろ。


 ロマンチストなギルの心が満足するまで林檎の花を堪能すると、フレッドがこのあたりの林檎農家を連れて来てくれて、受粉体験をさせてもらえることになった。


 棒の先に綿が取り付けられた道具で、花に花粉をぽんぽんと着けていく。なかなか楽しい。


 ギルは浮遊魔術を使って綿棒を操り、木の枝の高いところにある花に難なく受粉させるので、農家の方々から「さすがは領主様! おみごとです!」「領主様、高めの日給を出すので、受粉作業のバイトに来ませんか!?」などと褒められたり、副業のオファーを貰ったりした。


「私も爆破魔術を上手く使えば、花粉を辺り一面に拡散させたり出来ないかなぁ……」

「粉塵爆発の可能性があるのでは?」


 爆破魔術を使うのは諦めて、地道に受粉作業を続けていく。

 私は林檎の木々を見上げて、ほぅっと溜息を吐いた。


「秋になると、この木に黄金の林檎が実るのかぁ。ぜひ見てみたいな。今年は収穫の時期にも領地に来れるといいんだけれど」

「ぜひいらっしゃってください、奥様。黄金の実がたわわに実る光景は、本当に絶景ですよ。林檎狩り目当てに観光客も増える時期ですし」


 隣で作業をしている農家のおばちゃんが、にっこりと笑う。


「ロストロイ領の林檎は、聖書に出てくる、神々の不老不死の源となる黄金の林檎にそっくりなので、『神の食べ物』と呼ばれておりますが、実はこの地がリドギア王国になる遥か昔に、大神様から贈られたものが元になっているという伝説があるのですよ」

「大神様から贈られた?」

「はい。なんでも、大昔に善い行いをした若者がいて、大神様が褒美を与えることになったのだとか。若者は褒美にヴァルハラに生える黄金の林檎を望み、大神様が快く応えてくださったそうです。そして地上にやってきた黄金の林檎を若者が育てて増やし、この地に根ざしたのだそうですよ。今の林檎は代を重ねたので、もう不老不死の力はありませんが、最初のオリジナルは本当に『神の食べ物』だったのです」

「……へぇ~。面白い伝説だね」


 私はなんとか相槌を打ったが、たぶんそれ、伝説じゃなくてほぼ実話に近いんだろうなぁ……という気持ちになった。

 その若者とやらも、遥か昔にフェンリルの封印並みのことをしたのだろう。

 つまり、ロストロイ領の黄金の林檎は、ヴァルハラにある黄金の林檎を人の手で品種改良していった結果生まれたものなんだろうな。


 なんか責任重大な気がしてきたぞ、この受粉作業。

 私は妙な緊張感を持って、次の花に綿棒をそっと押しつけた。





 ギルのおかげで、数日掛かりの受粉作業がたった数時間で終わってしまった。これには農家の方々も大喜びである。

 そのまま林檎の木の下で簡単な打ち上げパーティーが開かれ、農家の方々が持ち寄ってくれたお茶や手料理をごちそうになった。去年収穫した林檎で作られたジャムや、キャラメル煮、赤ワインで煮たコンポートなど、疲れた体に甘さが染み渡る。


「オーレリア、明日は酒造所に行ってみますか? 林檎を使ったお酒をいろいろ作っているんです」

「あっ。前にジョージが林檎のエールを飲ませてくれたんだよね。ホットエールにしてくれたんだけれど、すっごく美味しかった! 造ってるところもせひ見たいな!」


 ギルとそんな話をしていると、フレッドが近付いてきた。


「領主様、奥様。出入りの商人がご挨拶に参りました。いかがいたしましょうか?」


 どうやら領主が珍しく領地に帰ってきたので、商人がご機嫌伺いに来たようだ。

 普段から領主館に出入りしているみたいだし、身元も安心なんだろう。

 ギルが「どうしますか、オーレリア? 今は僕と貴女の美しいひとときなので、後日改めさせますよ」などと言う。


「せっかく来てくれたんだから、会えばいいじゃん」

「……そうですか。仕方がありませんね。フレッド、商人をここへ連れて来て下さい」

「かしこまりました」


 やって来たのは年配の男性と、その娘だという二十代前半くらいの女性だった。


 彼女が帽子を取って顔を上げると――……。


「初めまして、領主様。いつも我が商会を御贔屓いただき、誠にありがとうございます。娘のリィーエと申します」


 茶色く短い髪に、アッシュグレーの大きな瞳。平凡な顔つきだけれど、笑うと愛嬌があって、我ながらなかなかイケている気がする。


 私は思わず絶句し、ギルのほうを見た。

 ギルは両手で口を押さえようとしたが、駄目だった。低く掠れた声が、意思より先に零れてしまった。


「バーベナ……」


 私の前世であるバーベナと瓜二つの顔をした女性が、そこに立っていた。


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