104:芋煮会
「全員に飲み物は回ったかしら~!? じゃあギル団長、芋煮会開催の挨拶をお願いね!」
屋外訓練場の一角で火を起こし、大鍋で作られた芋煮がぐつぐつと煮えている。すっかり味の染みた里芋がゴロゴロ、茸もたっぷり。牛肉から出た甘い脂が浮かんでいて、とても美味しそうだ。
芋煮の大鍋を囲む現役魔術師団員に混ざって、私はしっかりとエールを持った。落としても大丈夫な木製のカップも、ミランダ先輩が用意してくださった。ありがたや。
司会進行役を勤めるペイジさんの隣にギルが立ち、乾杯の挨拶をする。
「皆さんのご協力のお陰で、無事に『継承者の資料室』を手に入れることが出来ました。感謝申し上げます。過去の偉大な団員たちの研究資料を手に入れたことで、我々の魔術研究も飛躍的に向上するでしょう。では今回の成果を祝して、芋煮会を始めましょう。乾杯!」
「「「かんぱーい!!!!」」」
金色のエールを喉に流し込めば、炭酸がシュワシュワと弾けて美味しい~!
頑張ったあとのお酒はやっぱり最高だなぁ。今回爆破しなかったけれども。
大鍋へ近づくと、メルさんが木の器に芋煮を盛り付けて配っていた。
メルさんはピンクメイド服を普段着にする猛者なだけあって、家事が大好きなようだ。
「はい、オーレリアさんの分ですっ。大きめのお肉をたっぷり入れておきましたよっ」
「わーい! ありがとう、メルさん!」
「オーレリアさんのお陰で資料室を発見出来ましたから。恩には食事で報いるものです!」
メルさんはそう言って可愛らしくウィンクをした。もしかするとウィンクもペイジさんの影響なのかもしれない。
テーブルに戻ると、ちょうどギルとペイジさんとミランダ先輩が話していた。
「ギル坊、また魔術師団になにかあったら呼んでちょうだい。相談くらいは聞くわよ。私、他に退団した人たちと連絡を取ってるから、紹介してあげられると思う。皆まだ魔術を続けていて、自営で魔術師やってたり、弟子を育ててたりするのよ」
「それはとても助かります、ミランダ先輩。僕が他の退団者に手紙を送っても、宛先不明で送り返されてくるのが多かったので」
「『防壁のミランダ』様、とってもお優しいぃぃ~♡ アタシ、退団されたベンジャミン様の魔術理論に興味があってぇ、いくつか質問があるんですけれど、連絡って取れます!?」
「ええ。ベンジャミンね。大丈夫よ。彼は今、山の空中古代都市の攻略中だから、ちょっと時間がかかるけれど」
「キャー! ありがとうございます、ミランダ様♡」
なんだか、まだまだこの先も魔術師団が元気になっていきそうで、私まで嬉しくなってきた。
その後は今の団員たちとも楽しくお喋りをして……いたら魔術談義が白熱し、皆お酒が入っているものだから魔術決闘に発展し、最終的にトーナメント戦でギルが優勝した。
さすがは私の夫! 格好良いぞ、ギルー!
でも、魔術決闘に勝ったところで肝心の魔術談義『土魔術で改良した土壌で育てた野菜と、植物魔術で改良した野菜のどちらが美味しいか』の答えはわからないけれどな。
「あれ、奥さん、どこへ行くんスか?」
「ちょっとエールの追加を取ってきます!」
「まだ飲むんスか!? 奥さん、すごいっスね!」
「ブラッドリー君もおかわり要りますかね?」
「俺はもういいっス! お気持ちだけで!」
ブラッドリー君に見送られてテーブルを離れ、私はすっかり閑散とした雰囲気のエール樽の元まで移動する。
お酒に酔わないタイプなので足取りはしっかりしているけれど、私はすっかり浮かれていた。
懐かしい魔術師団の建物で、また宴会が出来るだなんて、とても嬉しい。
かつて笑い合った人たちの姿がほとんどないことに切ない気持ちがよぎるけれど、歳を重ねたギルやミランダ先輩が笑っていて、現役の団員たちも仲が良さそうで。
その輪の中にいる私もまた、オーレリアとしてこの時間を心から楽しんでいる。それがとても嬉しい。
それに、久しぶりにおじいちゃん先輩のゴーレムに触れ合えたし、グラン元団長の声も聞けたし、今日は素敵な一日だったなぁ……。
私は「ふふふ~ん」と鼻歌を歌いながらエールを注いでいると、突然、上空から声が聞こえた。
『久しぶりだな、オーレリア!!! 何やら華麗に鼻歌を歌っていて、ご機嫌だな!!!』
『ふぉっふぉっふぉっ、生まれ変わっても相変わらず飲んだくれとるようじゃのう。まぁ、儂らもヴァルハラで毎晩宴会じゃがのぉ』
「ふああああ!!? グラン元団長に、おじいちゃん先輩!!? なんで急に地上に!!?」
慌てて声のする方角へ、首をぐりんと回して見上げると、半透明なグラン元団長とおじいちゃん先輩が宙に浮いていた。
二人は私の問いかけに嬉しそうに頷くと、
『私はついに守護霊検定を受けてな!!! 一発合格だ!!!』
『儂は八度目の受験でようやく受かったのじゃよ。不屈の精神こそが人間を成長させるものじゃて。ふぉっふぉっふぉっ』
と笑った。
「わぁっ、二人とも合格おめでとうございます!! これから私の守護をお願いしまーす!!」
そっかー!
グラン元団長はずっと試験勉強しているって聞いてたし、おじいちゃん先輩は試験を五回落ちたところまで聞いてたけれど、二人ともついに受かって私の守護霊になってくれたんだね!
わーい! すっごく嬉しいー!
「……いや、でも、守護霊って、私の命の危険に駆けつけてくれるんじゃなかったっけ?」
喜んでいたが、私はハタと気付く。
「もしかしてこれから、私の命のピンチが訪れるんですか!? ただ宴会しているだけなのに!?」
『いや。今回は大神様からの特例で地上に降りることになったのだ。大神様からオーレリアに伝言がある』
『リザさんやおひぃさんも来たがっていたが、オーレリアの守護霊になった記念に儂らに譲ってくれたんじゃよ』
「命の危険じゃなくて良かった~……!」
安堵の溜息を吐く。
死者の国に未だ魂が紐づけられている私は、なにかとピンチに陥りやすいので。
「それで、大神様からの伝言ってなんですか?」
ヴァルハラの門を潜れなかった私は、まだ一度も大神様にお会いしたことがないのだが、この世界にまた転生させてくれたり、ばーちゃんたちに守護霊検定を勧めてくれたりと、とてもお世話になっている御方だ。
そんな恩人から伝言があるなら、しっかりと聞かなくちゃね。
……それにしても大神様って、どうして私を転生させてくれたんだろう?
私の魂が死者の国へ行かずに済むように、ばーちゃんたちが集団でお願いしたからだと単純に思っていたけれど。
それだけで魂を転生させてくれるなら、この世界には転生者がもっといてもよさそうなのに。
何か他にも理由があったのかな?
『このあいだ、フェンリルを再封印しただろう? その件でお前に褒美を渡したいと大神様がおっしゃっていてな』
「あぁ、はい、しました! でも、あれって別に私一人で再封印したわけじゃないですよ? ギルやペイジさんやメルさん、それにリーナとウィルの協力があってこそです。あとボブ先輩も」
『そもそもオーレリアという過剰戦力がなければ話にならなかったと、大神様はお考えだ』
『ボブが地上に降りれたのも、オーレリアの守護霊だからじゃ。お前がおらんと、どうにもならなかったんじゃよ』
「はぁ……」
そう言われても、自分では『皆の協力のおかげ』としか思えないんだけれどなぁ。
『それで、オーレリアに褒美だ。また聞きに来るから、それまでに考えておくようにとのことだ!』
「褒美ですか……」
どうせ貰えるなら、皆で楽しめるお酒かな? ヴァルハラの蜂蜜酒は地上でも有名だし。
でも、それだとまだ幼いリーナやウィルに分けられないしな。
さっそく悩む私に、おじいちゃん先輩が声をかけてくる。
『オーレリア、ここは迷わずに、死者の国との絆を断ち切ってくれるよう、大神様にお願いするべきじゃろう』
「え? そういうのもありなんですか?」
『もちろん、ありじゃよ』
それは、ものすっっっごく魅力的だ。
でも、自分のためだけに褒美の機会を使っちゃうのも、やっぱり引っ掛かっちゃうんだよねぇ……。
うんうん唸る私を見て、グラン元団長が『まだ時間はある!!! 好きなように悩むがいいさ!!!』と励ましてくれた。
『では、我々はそろそろヴァルハラへ戻る。達者で暮らせよ、オーレリア!!! 華麗にな!!!』
『ふぉっふぉっふぉっ。久しぶりに会えて嬉しかったぞ、オーレリア』
「大神様からの伝言ありがとうございました! グラン元団長もおじいちゃん先輩も、お元気でー!」
消えていく二人に手を振りながら、ふと気が付いた。
二人があと二時間早く地上に来てくれたら、『継承者の資料室』の件がもっと簡単に解決したのでは?
……まっ、いいか。もうギルが継承したんだし。
視線をずらせば、継承した資料をテーブルに広げて、団員たちに囲まれている楽しそうなギルの姿が見えた。




