102:継承者の鍵
ギルは目の前に置かれた『鍵のような物』に少々警戒心を現していたが、ゆっくりと手に取った。どうせこのまま悩んでいても答えは出ない、と思ったのだろう。
私はギルの横から『鍵のような物』を覗き込み、「あっ」と声を漏らしてしまった。
ギルだけでなく、ミランダ先輩たちも不思議そうに私を見る。
「どうしたのですか、オーレリア? 何か気になることでも?」
「それ、魔術式が施されているよ」
〈おっと。早々に気付かれてしまったか!〉
本来鍵の凹凸がある部分に、魔術式の痕跡が見えた。たぶん鍵の継承者が魔力を流し込むと式が発動して、鍵が完成するのだろう。
私がそんな推測を話すと、小型ゴーレムが頷いた。
〈やり方は正解だ。だがしかし、簡単に鍵を完成することは出来ないぞ。自身の魔力を最大限まで注ぎ込まなければならんからな!〉
つまり、魔力が枯渇する寸前まで頑張れということか。何という脳筋な試験なんだ……。
「分かりました。やりましょう」
ギルはそう言って、鍵を完成させるために魔力を流し始めた。
持ち手の先の金属部分から魔術式がハッキリと浮かびあがる。そこから少しずつ氷が生まれて、鍵の凹凸を作っていく。
どうやら凹凸は、継承者の得意魔術に変換されるらしい。ギルなら氷、グラン前団長なら植物魔術が得意だったから木だろうか? これだと、バーベナは最初から資料室の継承者にはなれなかっただろう。何せ爆破魔術しか扱えないからね。鍵を破壊することしか出来ない。
最初は涼しい表情で魔力を流していたギルだが、段々眉間にしわが寄るようになってきた。無理もない。魔力枯渇寸前まで流し込めと言われているのだから。
私が今ギルにしてあげられることは応援くらいのものである。
「ギル、頑張って! この後、芋煮とエールが待ってるよ! 疲れた後に最高だから!」
「ありがとうございます、オーレリア。貴女を早く宴会へ参加させるためにも、頑張って魔力を……」
「あ、そうだ。お疲れ様のチューもいっぱいしてあげる! いつもより凄いやつ!」
「すぐに鍵を完成させますっっっ!!!!」
ギルは私の応援にやる気を出し、額に汗を流しながら魔力を流し続け、ついに鍵を完成させた。完成させたと同時に床に頽れたが。お疲れ様。
「凄い! 凄いぞ、ギル! 流石は天才魔術師団長だね!」
「まぁ、こんなものですよ……」
私も一緒に床にしゃがみ込み、声までヘロヘロになっているギルの頭をわしゃわしゃと撫でていると。
ペイジさんたちが頭上でひそひそと会話を始める。
「ギル団長ったら、オーレリアちゃんの手のひらの上でコロンコロンねぇ。どう思いますぅ、ミランダ様?」
「私としてはギル坊が幸せそうで何よりよ。ギル坊なんて、こんなちっちゃい頃からバーベナに惚れてたんだから」
「メルもオーレリアさんを見習わなくては。いずれペイジ様を翻弄するくらいのレディーになるために」
「メルはそのままで十分可愛いわよぉ~」
「ペイジ様……っ♡♡♡」
小型ゴーレムは完成した鍵を拾いあげ、〈ふむふむ。華麗な出来だな!〉と満足そうだ。
〈ギル・ロストロイ魔術師団長、君は覚悟を証明し、無事に鍵を完成させた。君を新たな継承者に認めよう。資料室を引継ぎ、過去の偉大な仲間たちの知識をリドギア王国のために役立ててくれ〉
「一つ聞きたいのですが。この鍵は完成された形のまま保存が出来るのですか? まさか、毎回魔力を流さなければならないのですか?」
〈安心するがいい。このまま所持することが出来るぞ。そして資料室への行き方だが、その鍵に魔力を少し流せば、団長室の北側の壁に扉が現れるようになっている。ちなみに資料室は普段、地下室よりさらに下で眠っているんだ。建物が覚醒された時にしか表層に現れない〉
じゃあ、あの時魔術師団の建物を起動させなかったら、『継承者の資料室』の存在に永遠に気付かないままだったのかぁ。
起動スイッチが壊れた時は焦ったけれど、まぁ、結果オーライってことで。
〈では、私は資料室に戻るが、君はどうする? 一緒に行くかい?〉
「ええ。勿論」
小型ゴーレムの問いかけに、ギルはすぐに頷く。
「ギル、大丈夫? 休んでから行った方がいいんじゃない? 資料室には、もういつでも行けるし」
「ですが、気になるじゃないですか。資料室の中がどの様になっているのか」
「それはそうだけれど……」
ギルは『心配ありません』と言うように微笑むと、気力を振り絞って立ち上がった。
「行きましょう、オーレリア。『継承者の資料室』へ」
「……うん! そうだね」
まぁ、ギルが倒れたら私が運んで帰ればいっか。
差し出されたギルの手を掴んで立ち上がり、周囲を見回せば、ペイジさんもメルさんもミランダ先輩も好奇心いっぱいの表情をしている。資料室にどんな研究資料が保管されているのか、皆気になって仕方がないのだ。
私たちはペイジさんの研究室から、ギルの団長室へと移動することにした。