101:ゴーレムからの試験
グラン前団長は明るい暖色の髪をした男前で、魔術師団員の中で一番背が高く、体格の良い人だった。胸元の筋肉の厚さや脚や腕の太さだけを見れば、王国軍の英雄たちに見劣りしなかったと思う。
性格もすごく男前だった。
私が歴代王族の銅像をうっかり爆破しちゃって、不敬罪で衛兵に捕まってしまった時も、牢屋まで迎えに来てくれた。
「グラン団長ぉぉぉ!!!! 私、わざと銅像を壊したんじゃないんですぅぅぅ!!!! ちょっと爆破の向きがイマイチだっただけなんですぅぅぅ!!!! 王家への反逆の意思はないんで助けてくださいぃぃぃ!!!! 牢屋から出してぇぇー!!!! じめじめして黴臭いし、食事も美味しくないし、お酒禁止なんてつらいですぅぅぅ!!!!」
「はっはっはっ! 元気そうだな、バーベナ! 私が来たからにはもう大丈夫だ! すでに私からガイルズ陛下に、華麗に謝罪と経緯を説明してきたぞ!」
「本当ですか!!!? 私、釈放されますか!!!?」
「ああ。だが三か月の減給だ。銅像の修理費も請求されるからな!」
「仕方がないことだけれど、うわぁぁーん!!!!」
王国軍の訓練場の外壁をうっかり爆破しちゃった時に、外壁修理を手伝ってくれたのもグラン前団長一人だけだった。
おひぃ先輩とボブ先輩なんかは「あら、バーベナ。なかなか様になっておりますの。段々モルタルを練るのが上手くなってきましたの」とか「ここでしっかり煉瓦の積み方を習得しておけば、またどっかの壁を爆破しちまった時に修理出来るぜ。良かったな、バーベナ!」などと囃し立てながら、野次馬しているだけだったし。
ジェンキンズに至っては「だからバーベナは魔術師に向いてないって再三言ってるでしょ。君はさっさと退団して、家庭に入った方が……」と、毎度のごとく暴言を放っていたので、後半は聞き流した。
集中力を削いでくる先輩や同僚とは違い、グラン前団長はすごく優しかった。
「モルタルの袋を持ってきたぞ、華麗にな!」とか「ここの煉瓦は私が華麗に積んでおこう!」と、ニコニコ笑顔を浮かべて手伝ってくれた。
もしお兄ちゃんがいたらこんな感じかもしれない。バーベナはグラン前団長の面倒見の良さに懐いていた。
そんなグラン前団長の低い声が、小型ゴーレムから聞こえてくる。
一体どういうことなんだ。グラン前団長はヴァルハラにいるというのに……。
私が驚いていると、ミランダ先輩は感心した様子で小型ゴーレムを眺めている。
「おじいちゃん師匠の伝言ゴーレムの応用なのね。あらかじめ録音していたグラン団長の音声を使って、自己学習機能で状況に応じた適切な台詞を組み立てて発するようにしているんだわ。さすがは師匠だわ」
どうやらグラン団長の魂が小型ゴーレムに乗り移ったとかではないらしい。
ペイジさんやメルさんも「これが学習機能なのねぇ。素晴らしいわぁ~!」「小型ゴーレムの解析が出来たら、いろいろ応用出来そうですね、ペイジ様!」と感動している。
ギルも興味津々のようだ。
「それにしても、グラン団長の声を聞けるなんて嬉しいわ。とっても懐かしい……」
ミランダ先輩はそう言って、小型ゴーレムの顔を覗き込む。
「初めまして、管理ゴーレム。ちょっと貴方に聞きたいことがあるのだけれど」
〈ああ、いいとも!〉
わぁ、小型ゴーレムがちゃんと答えた!
自己学習機能って本当に画期的だなぁ。
それにグラン前団長の声を聞いたら、なんだかこう……頼っても大丈夫って気持ちになるな。グラン前団長の包容力が凄かった影響で。
「ギル坊を『継承者の資料室』の継承者にしたいの。方法を教えてちょうだい」
〈継承者はグラン団長である。変更は不可能だ〉
小型ゴーレムはミランダ先輩の問いかけにバッサリと答えた。
今度は私が尋ねてみる。
「グラン前団長はもう亡くなっているんだよ。それでも継承者の変更は出来ないの?」
〈そうか、前任者はすでに不在か! では、プログラムを検索してみよう。華麗にな!〉
意外と融通が利くようだ。良かった。
小型ゴーレムは胸元の赤い核をピカピカと点滅させ、暫くするとまた言葉を発した。
〈こういった非常事態のために、オルステッドが設定していたプログラムがある〉
お忘れだろうが、〝オルステッド〟はおじいちゃん先輩のファーストネームである。
〈継承者の変更が行われないまま前任者がいなくなった場合、管理ゴーレムが用意した試験に合格することが出来た魔術師団長を後任者と認める、……とのことだ! さぁ、覚悟は良いか、緑色の髪の少女よ!〉
「あ、私は団長じゃないです。ギル、こっちにおいで!」
〈むむっ、そちらの黒髪の男性か〉
「僕が現団長のギル・ロストロイです」
〈ではギル・ロストロイ。まずは魔術師団長である証を見せよ! 華麗にな!〉
小型ゴーレムに問いかけられたギルは、「これでよろしいでしょうか?」とローブの胸元についた魔術師団長のエンブレムを見せた。
団長のエンブレムは上層部用のエンブレムより飾りが多くて豪華なのである。
〈確かに団長のエンブレムだな! では君が継承者に相応しいか、試験を始めよう〉
「試験……? 一体僕に何をさせるつもりですか?」
〈何、じつに簡単なものさ。すぐに結果が出てしまう。継承者に相応しい者はどうしたってなってしまうし、なれない者はどんなに足掻いてもなれはしない。そういうものだ。
さて。この国家魔術師団は、かつて王城勤めの魔術師であったリザという女性が設立させたことを、君は知っているかな?〉
ギルは小型ゴーレムに対し、頷く。
「ええ、それは勿論。バーベナの偉大なるお祖母様の話ですから」
魔術師団が出来る前は王城お抱えの魔術師が何人かいたが、それぞれ別の場所で魔術研究をしていて効率が悪かったらしい。これではリドギア王国の魔術分野の発展が進まないと思ったばーちゃんは、功績を立てて、先代国王陛下から魔術師団設立の許可を貰うことにした。
その功績というのが、かつてリドギア王国国境沿いに張られていた大規模結界魔術なのである。
〈彼女はこの魔術師団を使って、リドギア王国を発展させ、国民の生活をより良いものにしたいと願っていた。彼女の崇高なる意志を引き継ぐ覚悟が、君にはあるかい?〉
「覚悟は勿論ありますが……。それが一体、試験にどう関係があるというのですか?」
〈君の覚悟が本物であることを証明してくれ。それが私から君への試験だ〉
小型ゴーレムはそう言うと、一本の『鍵のような物』をどこからか取り出した。
それは本当に、『鍵のような物』や『未完成の鍵』としか言いようがなかった。
持ち手部分には豪華な飾りがついているのだが、その先はただの金属の棒なのである。普通の鍵ならば、鍵穴に合わせた凹凸や溝があるはずなのだが。
ゴーレムはグラン前団長の声で、ギルに促した。
〈さぁ、鍵に触るんだ。君の覚悟が本物ならば、『継承者の資料室』の鍵を完成させられるだろう。華麗にな!〉
じつは本日、前世魔術でデビューさせていただいてから2周年の節目となります。
お読みくださる皆さまのお陰です。本当にありがとうございます!!!
3年目も何卒よろしくお願いいたします!!