コミック3巻発売記念SS(チルトン家の昼下がりのダンス)
本日コミック3巻発売です!
お手にとっていただけると嬉しいです!!!
ギルと一緒にチルトン領に里帰り中、私はクリュスタルムの接待ついでに弟妹たちの勉強を見ていた。
十一歳の長男アシルはお父様に似て、しっかり者なので、跡継ぎ教育はとても順調だ。元王国軍少将だったお父様に憧れて剣術の授業にも力を入れているらしく、私はまぁ剣はあんまり扱えないけれど、基礎の体力作りなら爆破魔術を使う上でも通じるものがあるので、一緒に庭を走ったりして付き合っている。
五歳の双子のマリウスとルチルは文字の読み書きの練習中らしく、「おねえさまにご本をよんであげます!」「僕はおねえさまにお手紙をかきました!」と、本や紙を持ってやって来る。
愛くるしい弟妹の様子に、クリュスタルムが〈なんと尊き童たちなのじゃ……!!!〉と感激の涙を流していた。うん、うん。私もその気持ちはわかるよ。私の弟妹たちは本当に可愛くて、見ているだけで笑顔になってしまう。
ギルはギルで、「これがチルトン領で暮らしていた頃のオーレリアの日常……!!!」と大喜びしていた。まぁ、ギルも楽しんでいるようで何よりだ。
そして、十歳の次女ライラと八歳の三女エメリーヌはというと、最近はダンスのレッスンに熱中しているらしい。
「オーレリアおねえさま、私たちにダンスをご指導ください!」
「どうしてもここのステップにキレがたりないんです! これでは立派な淑女になれません!」
「え~? ライラもエメリーヌもとっても上手に踊れてるよ?」
ライラとエメリーヌのダンスはすでに十分上手だ。ステップも本人たちが言うほどおかしなものでもない。
一生懸命頑張ることは素晴らしいが、『これでは立派な淑女になれない』なんて、自分を追い詰めるほど努力する必要もないと思うのだが。
二人の夜会デビューまではまだまだ時間はあるのだし、もっと心にゆとりを持って、ダンスの練習を続けてみては……。的なことを、私は妹たちに言おうと思ったのだが。
「だって、私もギルお義兄さまみたいにかっこいい殿方と結婚したいですもの!」
「そうです! そのためにはすてきな淑女にならなくちゃいけないんです!」
「……あー。なるほど?」
ライラとエメリーヌはどうやらギルに会って、結婚したい欲が刺激されたらしい。
恋愛にアグレッシブなところはお母様に似たんだねぇ。
ただ、ダンスのステップがどれだけ完璧だろうと、イコール立派な淑女ではない。
貴族のダンスはその場その場の相手と上手く調和出来てこそなので、相手の技量に合わせることとか、そつのない会話とかのほうが重要だ。
そしてぶっちゃけてしまうと、立派な淑女になればかっこいい相手と結婚出来るわけでもない。家同士の関係や思惑もあるだろうし、運要素も大きい。
ただ、今の二人に必要なのは、思い詰めてダンスの練習をすることではないことだけはハッキリしていた。
「あ。じゃあ、二人とも、ギルとダンスしてみたらどうだろう? いいよね、ギル?」
「はい。もちろん構いませんよ。僕の義妹ですから」
近くのテーブルにいたギルは、ちょうどアシルに歴史の勉強を教えていたが、こちらの会話もきちんと把握していたらしく、あっさりと頷いた。
「えっ、ギルお義兄さまと!?」
「わたしとライラおねえさまが、ダンスを!?」
「うん」
実際にギルと踊れば、ダンスで大事なのはステップのキレとかではないことを理解出来るだろう。
私がそう思って頷くと、ライラとエメリーヌは「きゃー!!」と飛び跳ねて喜んだ。
「ねぇ、エメリーヌ!! おかあさまに、おとうさまの若いころの夜会服を持って来ていただきましょう!! ギルお義兄さまに着ていただくの!!」
「ライラおねえさま、わたし、ギルお義兄さまにはあの、内側が赤いのマントのお洋服がいいと思います!!」
「刺繍がキラキラしたやつでしょう!? わかるわ!!」
ただのダンスの練習のはずだったのに、なんだかギルを着飾らせることになってしまったようだ。
「なんかごめん、ギル」
「いいですよ。着替えくらい。僕もオーレリアを着飾らせるのが好きなので、義妹たちの気持ちもわかりますから」
「はやくはやく、ギルお義兄さま!!」
「王子さまみたいにしましょう!!」
ライラとエメリーヌに背を押されて去っていくギルを、私は半笑いになりつつも見送った。
▽
「さぁ見てください、オーレリアおねえさま!!」
「ギルお義兄さま、王子さまみたいです!!」
着替え終わったギルがライラとエメリーヌ、そしてお母様と共に現れた。
すでに午後のお茶の時間になっていたので、執務の合間に訪れたお父様とアシルとマリウスとルチルでおやつを食べていた私は、登場したギルの姿にぽかんと口を開けてしまった。
「……どうでしょうか、オーレリア? お義父様の若い頃の夜会服をお借りいたしましたが、普段着ない系統の衣装なので、少々恥ずかしいのですが……」
普段のギルは魔術師向けのドレスローブや、貴族としておかしくない三つ揃えのスーツが多いのだけれど。
軍服に着慣れたお父様の夜会服は、詰襟タイプのものが多い。
ギルが今着ているのも軍服に似た詰襟の黒いジャケットに、外側が黒で内側が緋色のマント、細身の黒いスラックスだ。襟や袖部分に入った蔦のような刺繍は、華美ではないけれど、小さな宝石がいくつも縫い付けられていて、動く度にキラキラと輝く。
このまま帯剣でもすれば、ギルは王国軍の上層部の人間に見えた。
「かっっっこいいよ、ギル!!!!!」
思わず力んで言えば、ギルは頬を赤く染めて、照れ笑いを浮かべた。
私の旦那様、格好良い上に可愛いなぁ!!!
〈ほほう ギルの奴 なかなか様になってるのじゃ〉
「オズウェル様の昔の衣装を取っておいて良かったです」
「こうして見ると、ギル君も一端の軍人のようだな」
「ギルお義兄さま、とてもよくお似合いです!」
「すてきです、ギルおにいさま!」
「かっこいいです!」
すっかりメロメロになってギルを見上げていると、横からライラとエメリーヌが手を引っ張ってくる。
「ねぇ、オーレリアおねえさま。ギルお義兄さまとダンスを踊ってください!」
「王子さまみたいなギルお義兄さまとおねえさまが踊っているところ、わたしも見たいです!」
「え? でも、ライラとエメリーヌが踊るんじゃなかったの?」
私が首を横に傾げれば、二人は「だってギルお義兄さまがかっこよすぎて、はずかしいんです」「おねえさまが先にお手本を見せてください!」などと、もじもじしながら言う。
かっこいい殿方との結婚への道のりは、まだまだ長そうだ。
「一曲踊っていただけますか、僕の愛しい妻よ?」
銀縁眼鏡の奥の黒い瞳が優しく細められて、私をじっと見つめる。
優しいだけじゃなく、熾火のように燃え盛る熱がある。
「何曲でもどうぞ、私の愛する旦那様!」
私はギルの手を取り、ダンスを踊った。
いつの間にかお父様やお母様もダンスを踊っていて、アシルはライラとエメリーヌと交互に踊り、マリウスとルチルはクリュスタルムをボールのように転がして、もはやダンスでも何でもないけれど、とにかく参加していた。
そのうち全員が相手を変えて踊り出し、ライラとエメリーヌも無事にギルと踊ることが出来た。
楽しいたのしい、チルトン家の昼下がりの出来事だった。