コミック2巻発売記念SS(侍女ミミリーの願い)
本日、コミック2巻発売です! 何卒よろしくお願いいたします!
私ミミリーは、リドギア王国に所属する兵士だった父が、私の物心つく前に起きたトルスマン皇国との戦争で亡くなったため、幼少期は母と兄と慎ましやかに暮らしていた。
そして十二、三歳になると奉公先を探すことになった。戦後なので国中が人手不足ということもあるけれど、亡父の伝手がまだ残っていたお陰で、ロストロイ魔術伯爵家での職を斡旋してもらえることが出来た。
ロストロイ魔術伯爵様といえば、戦争を終戦に導いた、この国の英雄である。誰も彼もがロストロイ魔術伯爵様を褒め称え、彼に感謝し、崇める存在だった。
私の父の死も、この御方の活躍のお陰で無駄にはならずに済んだのだ。
そんな凄い御方に仕えることが出来るなんて、私はとても幸運だと思った。
私は張り切ってロストロイ魔術伯爵家へと上がった。
けれど、そこでの暮らしは、とても寂しいものだった。
旦那様は戦後の後始末に追われ、屋敷に帰ることは殆どなかった。
たまにお帰りになっても、領地からの収支報告書や嘆願書などの大量の書類を捌き、領主としての仕事が終わると同時に、目の下に黒ずんだ隈が目立つ表情のまま王城へと戻っていく。
旦那様にとってこの屋敷は、落ち着いて休めるところではないようだった。
執事のジョージさんや料理長を始め、使用人たちは皆、この屋敷が旦那様にとって休める場所になるよう、精一杯気を配ったけれど、旦那様本人がそれを望んではいないようだった。
まるで、休んだり、落ち着いたり、楽になったり、――……ほんの少しでも幸福になることを、自分自身に許すことが出来ないかのように。
旦那様は英雄のはずなのに、とても寂しく孤独な方だった。
▽
「ギル~? こんなところで寝落ちしていると、風邪を引いちゃうよ~?」
洗濯物を運んでいると、テラスのほうからオーレリア奥様の困惑した声が聞こえてくる。
覗いて見ると、テラスに出した椅子で転寝をしている旦那様の姿があった。
こんな光景が見られる日が来るなんて、本当に驚きだ。もしも去年の私に今のロストロイ魔術伯爵家の様子を伝えても、決して信じないだろう。
「オーレリア奥様、他の使用人を呼んで、旦那様を運んでもらいましょうか?」
私が声を掛けると、オーレリア奥様が「いいよいいよ、ミミリー。私が運んじゃうから」と言って首を横に振る。それに合わせて奥様のオリーブグリーンの長い髪が揺れ、旦那様を見つめる瞳は慈愛に溢れていて、とても美しかった。
奥様は腕まくりをして、軽々と旦那様をお姫様抱っこする。
「あれ? ギル、前より重くなったかも?」
「大丈夫ですか、奥様? やはり、力のある使用人を……」
「心配しなくても大丈夫。この程度の重さなら、まだまだ平気だよ。けれど、成長期でもないのに体重が増えて大丈夫なのか、ギルは……」
奥様が旦那様のことを心配して、表情を曇らせる。
けれど、奥様の腕の中で眠っている旦那様は、血色が良く、隈もなく、なんなら肌荒れさえ見えない。艶々ピカピカだった。
「大丈夫だと思いますよ、奥様。むしろ、旦那様は去年に比べてぐっと健康になられたと思います」
「そう? なら良かった。今までがげっそりし過ぎていたんだねぇ」
オーレリア奥様は納得すると、旦那様を抱えたまま寝室へと向かう。
私も扉の開け閉めのために同行しつつ、『旦那様が幸せになられて良かったな』と思う。
自罰的だった旦那様が、こんなふうに屋敷のテラスで転寝を出来るくらいに、ご自分が幸せになることを受け入れられるようになって、本当に良かった。
それは絶対に、オーレリア奥様が嫁いできてくれたお陰だ。自分よりも大きな成人男性を軽々と抱えてしまえるくらい包容力の高い人だからこそ、旦那様も安心することが出来るのだろう。
これからもずっとお二人が幸せで、ロストロイ魔術伯爵家がもう二度と寂しい場所にならないといいなと、私は思った。