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98:ジュエリーショップ



 ミランダ先輩が助っ人に来てくれたお陰で希望が見えてきたとともに、計画の練り直しが行われた。


 私がミランダ先輩を探していた頃、ギルは魔術師団の建物内を改めて調べ直し、『継承者の資料室』の捜索したそうだ。

 だが、それらしい入り口は見つからなかったらしい。

 ギル曰く「資料室の扉を見つけることが出来るのは、鍵の継承者だけなのかもしれません」とのこと。あの時あの扉を見つけることが出来たのは、本当に奇跡的なことだったのだ。


 というわけで、もう一度『継承者の資料室』を見つけるために、魔術師団の建物を起動させ、大規模なシャッフルを行うことになった。

 その予定のために現在魔術師団員は大急ぎで仕事を行い、ミランダ先輩もその日は時間を空けてくれることになった。


「資料室の扉を発見するまでシャッフルしないといけないけれど、どれくらい時間くらいかかるだろうねぇ、ギル? シャッフル中はずっと建物内の探索をしないと……」

「いえ、探索の必要はありません」

「えっ?」


 馬車での移動中、何とはなしにギルに尋ねたら、彼はきっぱりと答えた。

 私はびっくりして、ギルの顔をまじまじと見つめる。


「前回建物がシャッフルされた時、一定の規則性が見られました。廊下と団長室だけは固定のままだったんです。その他にもいろいろ、決まりがあるようでした。待機していれば、前回と同じ場所に『継承者の資料室』は必ず現れます」

「すごいね、ギル! よくあのシャッフルに規則性を見つけられたね~。さすがは天才!」

「お褒めに預かり大変光栄です、オーレリア。他の誰からの誉め言葉よりも貴女からの一言の方がこの世で最も心地良いですね」


 ギルはドヤァっとした表情でそう言った。

 私の夫、頭は良いのに私に関してはあほになってしまって可愛いなぁ。


「オーレリア、そろそろ店に着くみたいですよ」


 馬車が到着したのは貴族向けの高級店街で、もはやお馴染みのジュエリーショップだ。今日も二階建ての白亜の建物が光り輝いている。

 今朝、ちょうどジュエリーショップから、制作を依頼していた結婚指輪が完成したと手紙が届いたので、指輪を受け取りに来たのだ。

 計画の練り直しの影響で、ギルも予定が空いていたし。


 ギルにエスコートされて店内に入ると、壮年のオーナーと、二階の工房で働いているベテランの職人さんが出迎えてくれた。

 オーナーも職人さんもすでに晴れやかな笑顔である。


 いつもの応接室に案内してもらう。

 以前会った時よりも妙に日に焼けた職人さんが、ずずいっと勢い良く、顔を近付いてきた。


「ついに『豊穣の宝玉の指輪』が完成しましたよ、奥様!! いや~、もう本当に大変でした!! 『豊穣の宝玉』を研磨するのに隣国トルスマン皇国の秘境にある湧水が必要だと分かり、旅に出たりもしました。ワシももう五十代なんで、山道ばかりを歩く旅は本当につらかったですが……」


 夏でもないのに日焼けとは妙だな、と思ったら。私とギルの結婚指輪のために大変な旅をしてくれたらしい。すごい職人根性である。


 そしてオーナーの方も誇らしげな表情で会話に参加した。


「原石が信じられないくらい硬かったので、極東の国から特注の回転刃を輸入し、どうにかカットすることが出来ました。やはり『豊穣の宝玉』は伊達ではないです」


 トルスマン皇国の秘境の湧水が必要だったり、極東の国の特注の回転刃が必要だったり。とんでもない石である。さすがは頑固でわがままで甘えん坊なクリュスタルムの分身だ。

 私の耳に、クリュスタルムの〈わはははは!! 妾はそう易々と人間の手には扱えぬのじゃ!! 妾は希少な宝玉じゃからなー!!〉という幻聴が聞こえたような気がした。


 そんなわけで苦労の末に制作してもらった結婚指輪が、テーブルの上に並べられた。


 別名『山の銅』といわれているオリハルコンを地金に制作してもらったので、指輪部分は赤みの強いピンクゴールドみたいな可愛い色合いである。

 そこにカボションカットされた、艶々のクリュスタルムの分身が爪留めされていた。中心の靄がオーロラのようにキラキラと輝き、分身もご機嫌な様子である。


「すっごく可愛い指輪! 分身も研磨されるとさらに美人だね!」

「この結婚指輪なら焔玉のピアス同様に、オーレリアの愛らしさを十全に彩ることが出来ますね。素晴らしい出来栄えです」


 ギルは指輪と私を交互に眺め、満足げに頷いた。

 私の爆破魔術に耐えられる素材を選んだだけなのだが、ギルの言う通り、赤いハートのピアスとも合いそうだ。

 ギルも「オーレリアとお揃いが付けたい」という理由で、時折焔玉のハートのブレスレットをしているので、結婚指輪と合わせたらなんか可愛い手元になるんじゃなかろうか。

 三十代男性の手元が可愛らしい必要性などべつにないのだが、うちの旦那様が可愛い人なので、可愛くてもいい気がしてきた。


 あれ、これってギルが私にフリフリの可愛い格好をさせたがることに似ているような気が……?

 ど、どうしよう。私、いつの間にかギルに毒されてる?

 夫婦が似て来るって、こういうことなのだろうか?


 まぁ、それはともかく。

 さっそく結婚指輪を付けようと思い、私は自分の左手の薬指に指輪を近付けた。


「ちょっと待ってください、オーレリアっっっ!!!!」

「ああ。ギルが私の指に指輪をはめたい系?」


 君は夢見る乙女系男子だもんな。好きにするがいいさ。


 そう思ってギルに指輪を渡し、私は左手を差し出して待ち構える。

 だが夫は指輪を持ったまま、もじもじし始めた。


「……オーレリア、この結婚指輪をはめるのは、もう少し待っていただけないでしょうか?」

「え? なんで?」


 この結婚指輪にまだ修正したいところがあるのか?

 指輪の内側に愛の言葉を彫り込みたいとか?


 言葉の意図をはかりかねて首を傾げる私に、ギルは想定以上の乙女チック発言をし始めた。


「貴女との結婚式の時、僕はとてもいい加減な態度でした。本当に最低なことをしたと思っています」

「ああ、うん。そうだったね」

「ですから、もう一度、貴女と結婚式をやり直したいです。大袈裟なものじゃなくていいのです! 教会で貴女と二人で、永遠の愛を誓い直せたらと……っ! 結婚指輪もその時に、僕の手で貴女の指にはめたいのです! どうかお願いです、オーレリア! もう一度僕と結婚式を挙げてください……!!」


 ギルはそう言って、深く頭を下げた。


「いいよ。もう一回、式を挙げようか」


 私はギルの頭にぽんと手を置き、優しく撫でる。

 ギルは驚いたように顔を上げた。勢い良く顔を上げたせいで銀縁眼鏡の位置がずれてしまい、私は笑いながら眼鏡を掛け直してあげる。


「いっ、いいのですか!? 結婚式のことは全部、僕の自業自得で……」

「ギルが結婚以来ずーっと後悔していて、すっごく反省してることはちゃんと分かってるから」


 ギルと結婚したのが春頃だったから、もう半年以上一緒に過ごしてきた。その間、ギルがどれほど私に惚れこんでいてメロメロなのか、呆れるほどに知ってしまった。

 そんなギルが私との結婚式をいい加減な態度で挙げてしまったことは、もう人生の汚点の一つともいうべきことなんだろう。

 もう一度やり直すことでギルの気持ちが軽くなるのなら、やってあげたいと思う。


「それに私も、結婚式を挙げた時とは、気持ちが変化しているんだよね」


 ギルと結婚式を挙げた時、私の気持ちは『かつての部下を今度こそ支えてやろうと願う上司』のものだった。そこには色めいた恋なんてなかった。


「今度は『魔術師団長だったバーベナ』としてではなく、『ギルに恋をしたオーレリア』として、誓いを立てたい」

「おっ、オーレリア……!!」


 感極まったギルはそのまま私を抱きしめ、ちょっとだけ泣いた。

 ジュエリーショップのオーナーと職人さんはわざとらしく両手で目元を覆い、「我々は何も見ておりません」「ええ、ええ、新婚さんのラブシーンなど何も」と楽し気に言い合っている。


 そういうわけで、ジュエリーショップに結婚指輪を受け取りに来たというのに、私の左手の薬指には何もはまっていないけれど。二人とも満ち足りた気分で、屋敷に帰った。


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