97:ミランダ先輩
「確かに貴女は、私が覚えているバーベナね……」
「この場でミランダ先輩に私の爆破魔術をお見せすることが出来たら、もっと分かりやすいと思うんですけどね」
「その性格だけで十分よ。ラジヴィウ公爵家で暴れるのはやめた方がいいと思うわ」
侍女が運んできてくれた熱々のカスタードパイと、特別にブランデーをたっぷりと垂らしてもらった紅茶(もはやブランデーの紅茶割り)を楽しむ私を見て、ミランダ先輩は引きつった笑みを浮かべた。
やはりラジヴィウ公爵家で爆破魔術を使うのは、色々と問題があるらしい。
もうとっくの昔にこの屋敷の庭を爆破してクレーターを作ったことがあることは、黙っておこうと思う。人助けだったんだけれど。
「それにしても、バーベナが貴族に生まれ変わって、ギル坊と結婚かぁ。運命とは分からないものね」
「私もまさかヴァルハラから追い返される事態になるとは思いもしなかったですよ。まぁ、オーレリアの人生をギルと一緒に超絶楽しむって決めたんで、そのことはもういいんですけれど」
「そう、貴女らしいわね……」
ミランダ先輩は私の話に一つ頷いた後、静かに涙を流し始めた。
私は思わず、ぎょっとしてしまう。
えぇぇー!? 私、何かミランダ先輩の気に障ることをしてしまっただろうか……!?
先輩が泣き出した理由が分からず、私はおろおろとしてしまう。
ミランダ先輩は眼鏡のレンズまで涙で濡らしながら、私の手を両手でぎゅっと掴んだ。
「もう一度貴女に会えて嬉しいわ、バーベナ……!! 貴女からヴァルハラの仲間たちの話も聞くことが出来て、本当に、良かった……っ!! 私、ずっと苦しかったのよ……。戦争で生き延びてしまったことが申し訳なかった……。本当は、後輩のギル坊に魔術師団を押し付ける訳にはいかないって分かっていたのに、また戦争に参加させられたらと思うと怖くて……。もう守りたい仲間たちもいないのにって……。結局退団してしまったの。貴女はあんなに勇敢な最期でリドギア王国を守ってくれたのに、生き残った私が魔術師団を守らなくてごめんなさい、バーベナ……」
「ミランダ先輩……」
再会したミランダ先輩の雰囲気に影が差していたのは、そういうことだったのかと、腑に落ちた。
「ミランダ先輩に悪いところなんか、一つもないですよ」
私はミランダ先輩の手をしっかりと握り返す。
「ミランダ先輩が戦争から生き延びてくださって、私、本当にほんとうに嬉しいです! ヴァルハラの皆も絶対に同じ気持ちです! 魔術師団を退団したのだって、ミランダ先輩の当然の権利じゃないですか。私だって今は国家魔術師じゃなくてギルの奥さんをやっていて、新しい生活を大事にしてますし。ミランダ先輩ももっと胸を張って、第二の人生を謳歌して良いんですよ! 私みたいに!」
「……ありがとう、バーベナ。貴女らしいわね」
ミランダ先輩はようやく笑顔になると、「貴女にそう言ってもらえて、少し気が楽になったわ」と涙を指で拭った。
私はミランダ先輩にハンカチを差し出しながら、ようやく、ラジヴィウ公爵家のお茶会に来てまで彼女と再び縁を繋ごうとした理由を話すことにした。
「国家魔術師を辞めても、まだ魔術は大好きですよね、ミランダ先輩?」
「ええ、もちろんよ。今は婚家の領地で、土魔術による土壌開発の研究をしてみたりしているの。でも、私の知識だけだとちょっと難しくて……。おじいちゃん師匠の論文や研究資料をまた読み返せたらいいのだけれど、全部消失してしまったし……」
「そんなミランダ先輩に朗報です! 実はこの間、魔術師団へ行った時に見つけちゃったんですよ。おじいちゃん先輩が残した、とある小型ゴーレムを」
「え、おじいちゃん師匠のゴーレム!?」
「『継承者の資料室』という秘密の部屋が魔術師団に隠されていて、そこの管理ゴーレムらしいんです。そしてその資料室には、殉職者たちの研究資料が眠っているみたいなんですよ」
「何それ!? 最初から詳しく聞かせてちょうだい、バーベナ!」
ミランダ先輩はテーブルから前のめりになり、私の話に食いついた。
私は近くにいた侍女にブランデーの紅茶割りのお代わりを頼んでから、ミランダ先輩に先日の出来事を説明し始めた。
▽
「というわけで、『継承者の資料室』を攻略するために、ミランダ先輩をお呼びいたしましたー!! 皆の者、控えおろ~!!」
「……ちょっとお待ちください、オーレリア。いや、この場合はミランダ先輩に問いかけるべきか?」
ミランダ先輩と無事に再会を果たした私は、魔術師団を来訪した。
すると、団長室に快く迎え入れてくれたはずのギルが、頭が痛そうな表情でこちらを指差している。
おいこらギル、人を指差したら駄目だろ。
ちなみに、ギルの後ろにはペイジさんやメルさんがいて、「あの御方って、もしや、戦時中に大活躍した『防壁のミランダ』様じゃないかしら!?」「メルも聞いたことがあります。土魔術で大規模な塹壕を作るスペシャリストがいらっしゃったって」と、二人でキャッキャッとはしゃいでいる。
そんなペイジさんたちとは正反対に、真っ青な表情のギルが叫んだ。
「僕があれほど魔術師団に残ってほしいと引き止めても駄目だったのに!! 退団後に手紙を何度送っても碌に返信のなかった貴女が、何故今になって魔術師団を訪れる気になったのですか!?」
……もしかしたら、ミランダ先輩を連れて来たのは失敗だったかもしれない。
私はギルの手助けがしたくて、元仲間の力を借りちゃおう! と安易にミランダ先輩と縁を繋ぎ直したが。ギルにとっては色々と思うところがある相手だったのかも……。
上層部が殉職し、それでも魔術師団を存続させようと頑張り続けたギルと、退団を選んだミランダ先輩。両者は相容れない立場なのかもしれなかった。
しくじったかも……、とハラハラする私の目の前に、ミランダ先輩が進み出た。
「ギル坊に魔術師団を押し付けて、退団したことは悪かったと思っているわ。本当にごめんなさい」
ミランダ先輩が申し訳なさそうな表情で、ギルに頭を下げる。
「ギル坊は亡くなったバーベナが大切にしていた魔術師団を、どうにか守ろうと必死だったわね……。でも、あの頃の私にはもう無理だったの。師匠や仲間たちがいた頃の魔術師団はどうせもう戻れない。また戦争に駆り出されるかもしれないなら、もう国家魔術師を辞めようって思ったわ。そしてもう二度と魔術師団と関わる気もなかった」
ミランダ先輩がそう言った後、私の方にチラリと視線を向けた。
「でもバーベナに……。いいえ、今の貴女はもうオーレリアとしての人生を謳歌しているのよね」
「はい、ミランダ先輩!」
「……オーレリアが私に会いに来てくれて、気持ちに変化があったのよ。国家魔術師に戻る気はないけれど、師匠や仲間たちが愛した、そして私自身も心から大好きだった魔術師団のために、何かしてあげたいって。今の私ならきっと投げ出さずに頑張れるって。それに、大好きなオーレリアの頼みを断れるわけがないじゃない?」
晴れやかな笑みを浮かべるミランダ先輩に、ギルは「なるほど」と呟くと、深い溜息を吐いた。
ギルは溜息一つで、色んな気持ちを飲み込んだのだろう。こういう面を見ると、やはりギルはもうすっかり三十代の大人なのだ。
その後、ギルはいつも通りの表情でミランダ先輩と向き合った。
「ミランダ先輩のお気持ちは分かりました。もう一度魔術師団のためにお力を貸していただけるなら、願ってもないことです。ご協力の程よろしくお願いいたします」
「そんなに堅苦しいお礼は要らないよ、ギル坊。私も師匠の残した論文を読み返したいって利益があるんだから」
その後、ミランダ先輩はペイジさんたちと挨拶をし、現団員たちと会話を楽しんでいた。
私はそれを尻目に、ギルのもとへ向かう。
「あの~、ギル、ごめんね……」
「え? 何がですか、オーレリア」
「ミランダ先輩のこと。ギルにわだかまりがあるってことを考えもせずに、連れて来ちゃって……」
「ああ。そんなことですか」
ギルは銀縁眼鏡を指で掛け直しながら、微笑んだ。
「あの頃の僕はまだ十代だったので、退団を選んだ方々に見捨てられたような気になったのは本当です。ですが、ミランダ先輩の気持ちも分からなくはなかったんです。僕だって何か一つ違えば、退団を選んだかもしれません。それほどにこの場所には楽しい思い出がありましたから」
「ギル……」
死んでいった仲間たちの意思や思い出を守り、引き継ごうとしたギルと。
もう守るべき相手などいない、思い出を直視することもつらいと、去って行ったミランダ先輩。
どちらも魔術師団が好きだったからこその決断で、どちらがどの選択をするかは本当に紙一重のものだったのだ。
「むしろ僕は、貴女の行動力に感謝しています。ミランダ先輩はもう僕と連絡を取る気もなさそうでしたから。そんな先輩ともう一度会って話すことが出来、わだかまりを解消出来て、僕は本当に嬉しいです。ミランダ先輩がOGとして力を貸してくださることを決意してくれたのも、オーレリアのお陰です。本当にありがとうございます」
肩の力が抜けたギルの様子に私も嬉しくなり、つられて微笑んだ。
「ギルのお役に立てて良かったよ! ギルが喜んでくれて、私も嬉しい!」
というわけで、無事に強力な助っ人が参戦することになった。
皆で頑張って、ギルを資料室の継承者にするぞー!!




